21年前の台とは…
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21年前の1993年、わしは高校2年生だった。今ではお茶の間で鬼嫁ぶりを発揮している北斗晶さんを筆頭に女子プロレスブームが巻き起こっていたのもこの頃。わしも当時の大熱狂に血が騒いだ口だ。

わしはすぐに、マイクパフォーマンスが絶品で、しかも滑舌が恐ろしく良い(聞き取りやすい)北斗選手と、相手を思いやり心温まるマイクパフォーマンスをするブル中野選手のファンになった。


そんなわしだから、我が田舎町で試合が開催されるとあらば小躍りしながら会場へ足を運んだものだ。しかも嬉しいことに、お楽しみは試合だけではなかった。試合後、売店で買ったグッズに選手自らがサインをしてくれるというサービスが行なわれていたのだ。

わしは見た目や必殺技のギロチンドロップが恐ろしかったブル選手のキーホルダーを購入。緊張の面持ちでブル選手にサインしてもらい、握手を果たしたのだが…その温かくふっくらとした手の感触が今でも忘れられない。普通のお姉さんと握手するのとは違った、何とも形容しがたい感情が巻き起こり心乱された。淡い恋心みたいなものだろう。

ブル選手の現役時代を知る人間からすると首をかしげるかもしれない。確かにブル選手は凶器攻撃も厭わないヒールのトップレスラー、対戦相手と観客を恐れさせる極悪非道のイメージが強いだろう。だがリングを降りた時の言動は、さりげない優しさに溢れるステキな女性だったのだ。今でも人柄が素晴らしいブル選手が大好きだったりもする。

当時はインターネットなどあるはずもなく、携帯電話すら普及前の時代。大場所の試合結果は、専門誌の増刊号を手に入れることが最も早く詳しい情報を得る手段だった(翌日の東スポなら簡単な結果は知り得たが…)。今では考えられないスローな時代で、専門誌の原稿と写真で試合内容を想像することを喜びとする活字プロレスが全盛期であった。



そんな1993年に豊丸産業から発売された「ピカイチ天国1」を先ごろ試打する機会があった。もちろんホールでの話ではなく、どこかの倉庫に眠っていたであろう新古台に通電させて試打する機会に恵まれたわけだ。

現行機種同様、盤面中央に液晶が配されている。ただしそのサイズはICカードほどで、現行機液晶の6分の1か8分の1ほどだろうか?

液晶領域が小さいためゲージ構成は現行機に比べ複雑(打ち込まれている釘の本数が多い)なのだが、しかしよくよく見てみると、ヘソ入賞ルートはほぼ一本道であり、風車部分の振り分けを液晶方向に突破した玉以外にヘソ入賞はない。この風車部分の調整が回転率に最も大きな影響を与えそうだと、試打した限りではそう感じた。


この台には、現在のような玉が動きをもってスタートを狙うようなステージなどは存在しない。当たり前だが、ステージがないためワープも存在しない。だがいまのステージに近い存在の"でっぱり部分"に玉がそれなりに自力で乗り上げるため、そこからの落下玉入賞に期待はできた。その程度の玉の遊びはある。

現在と違うという部分では、液晶が小さいせいもあって道釘が少ない(距離が短い)というのも特筆すべきか。これは正確に数えたが、6本で構成されている道釘にこぼしポイント(すき間)はない。しかも驚いたことに、ジャンプ釘がなかった。当時のゲージ構成ではヘソ入賞の王道ルートだけで充分回転率を維持できたのかもしれない。

ちなみに、ヘソ入賞ルートを逸れた玉はハカマ状の釘に導かれる左右の入賞口を目指すことになるのだが、ここに入賞した時の戻しの多さと、錆びた鈴の音のような効果音が懐かしかった。


とまあ感慨もいろいろあるのだが、現行機以上に釘師の力量が問われる機種に思えた。わしが一見するだけでも、ある部分(複数)の釘の調整(玉の流れ)を変えると、打ち込まれた玉を様々なルートへ誘導できるゲージ構成をしていたからだ。こういった台は釘を見る楽しみも増えそうだし、単純に釘の良さそうな台が高回転率を期待できる優秀台だっただろう。

わしのマイホールでは、ヘソ付近と寄り釘の風車付近を見れば、概ね前回との比較は可能。非常に単純で、まぁ言ってみれば面白味のかけらもないわけだ。ダメな調整の時は絶対ダメだから、釘師との化かし合い(試し打ちをそそる)状況にもならないくらいだ。

これはこれで見切りが簡単で良いのだが、釘を見て玉の流れを読む楽しみは存在しない。ここが、ギミック全盛で盤面に打ち込まれている釘の本数が少ない現代パチンコとの最大の違いだろう。


ちなみに液晶画面についてだが、現行機を見慣れた目で見ると"画面が粗く"見えた。しかし花札図柄が単純に上下動しているだけだから、その程度は直ぐに見慣れてしまって何とも思わない。

しかし液晶演出にまだ予告が存在しない時代の台だから、現代の目線で見ると1回転が恐ろしく長いのだ。ハズレ1回転の消化時間的には現行機と同じなのだろうが、繰り返される単調ぶりには泣けてきた。無用のように見える予告にも意味はあるのだなと、妙に納得したものだ。


余談ながら、高校を無事卒業しホールへの出入りが自由になった時、ピカイチ天国は現役機種として稼働していた。当時の液晶は長く使うと画面に黒いシミ(まりも)ができる台があったのだが、現行機のように画面の隅々まで注視が必要であれば(予告の見落とし予防)、まりもになっている部分(黒点)は、予告演出を見ることが不可能だからクレームの嵐だろう。しかし当時は図柄が揃うか否かだけだし、当時の液晶技術レベルはそんなもんだろうと誰もが問題視しなかった大らかな時代であった。


ともかく、予告演出は搭載されていなかった。ただし、その代わりというわけではないが、リーチ時に「運の強さメーター」という演出が発生し、その上がり方によって信頼度を表示するというシステムを取り入れていた。

しかし、運の強さメーターで期待度を示唆するというゲーム性が売りではあったが、間もなく「リーチ時の中図柄がスロー回転になった時の図柄が最終的な停止図柄」ということが判明してしまい、ゲーム性が台無しとなったのだ。

当時この情報を聞き、この点のみに全神経を集中して打った記憶がある。このデタラメなシステムはともかく、「大当たりを見切れる」ということは、パチンコ素人だったわしにとっては素晴らしいことに思えたものだ。


そんな当時の記憶も甦り、ふたたびあの感動を味わおうと50回転ほど回してみる。時間の関係で当てることはできなかったが、束の間の素晴らしい時間を過ごすことができた。

昨今の機種はほとんどが最後に大当たりを告知するというタイプであるが、ピカイチ天国のように、打って画面を見ている人だけが「大当たり判別が可能」という台があってもいいと思う。これは単純な仕掛けではあるが、誰にでも分かりやすく、案外好評を得るかもしれない。