同じ土俵に立つ
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- 打チ人知ラズ。(わし)
同じ土俵に立つ
毎週日曜のお昼は、洗濯の乾燥機の待ち時間を潰すのに都合が良い"NHKのど自慢"を視聴するのが恒例となっている。家事を全て自分でこなさねばならない寂しすぎる"おひとり様"のわしには、この視聴者参加型番組には喜怒哀楽があって、つい見入ってしまう。とんでもない音痴の人や色物枠での出場者の度を超えたパフォーマンスに失笑したり。わしが歌ったほうがまだ上手いのでは? と感じる時もある。
ちなみにカラオケなど10年近く行った覚えはないが、甘い美声で感情を込めて歌うラブソングには少々の自信があるし、これで何人も口説いてきたものだ。わしに愛を囁かれ落ちた女は数え切れない。ちなみに十八番は少年隊の"君だけに"である。
のど自慢出場者の目的は概ね歌唱自慢、何かの記念、誰かへのメッセージに別れるようだ。ベテランの出場者による妻へのメッセージなども目につく。確かに周りでは銀婚式を行なったという話などはあまり聞かないし、25年連れ添った女房に突然改まって「今までありがとう」なんて言うキッカケすらないだろう。しかし銀婚記念にデュエットで出場して司会者に「今年結婚25周年だそうですが?」と言わせば、「今までありがとう」とさりげなく言える。
こんなことを公共の電波を使ってやるな! とも思うが、ほのぼのとした気分になるのもまた事実で、司会者の巧みな話術でその夫婦ならではの話を聞き出すことが番組の真骨頂だと感じている。これは愛情表現ベタな日本人気質を端的に現しており、この手のニーズが多いことの裏返しだと言えるかもしれない。わしなら毎日「愛しているよ」としつこく言い続けるが、言う相手がいないのだからお粗末な話である…。
歌うという共通の表現方法を使い、目的を異にしながらも1つの番組が成立する。そういう意味ではチャンピオン大会以外に勝負論はない。だから世代を超えて長年愛される長寿番組になっているのだろう。多種多様な人間が集まり"同じ土俵に立つ"。ここが素晴らしいと思っている。
その観点から我が日常を振り返ってみると、パチンコ屋とは不思議な土俵である。勝つことのみに主眼を置くパチプロから、3円交換にも関わらず出玉を使わず買い足しを続けてドル箱を積み上げて喜んでいる"ど養分"の輩まで多種多様な人間が集まっている。当然カネの価値観は人それぞれだし、カネを使いパチンコを打つ、ただそれだけの空間ではあるのだが。
余談ながら、わしの聞いた範囲では6万円分の玉(15000玉)を現金で借りていきなり積み上げたおじさんがいたそうだ。信じられない話だが、世の中いろんな考え方があるようにパチンコに対する考え方もまた十人十色。わしは勝つことしか考えないヒヨコだから、まだまだ人生学ぶべき点は多いと実感する。
いずれにせよパチンコ屋とは、勝ちたい人、時間を潰したい人、はたまたコミニュケーション目的の人などが同じ土俵で十人十色の考え方で立ち回る場所ではある。しかしパチンコにおける真実の1つは、ホールを介した客同士のカネの行き交いである。客の絶対数が増えればホールも割を低く設定できるし、客も長く遊べる"広く浅く"の構造が生み出される。つまり、どういう目的を持っていようが、人が集まればそれだけ共存共栄の理想形に近づくのだ。だが、そこに異空間が登場して久しい。
1パチ(低貸し玉営業)である。実際1パチも導入以来5年以上が経過し、マイホールの設置も約2割が1パチとなった。レートが違うということは、完全に同じ土俵でないことを意味している。相撲の土俵の円周の長さは知らないが、現状5年前に比べ2割小さい土俵に立たされているのだ。
この4月から消費税が8%に上がる。1玉の価値が実質的に4.32円になるのか1000円あたりの貸玉が減るのか先行きは見通せないが、パチプロ連中の間にもこの影響を懸念する声が聞こえてくる。これはもちろん厳しいのだが、わしにとっては凄まじい勢いで低貸し玉営業台が普及した時に比べたらまだマシな変化だとは思う。ある統計によれば、全国の総台数の約3割が低貸し玉営業台と化したとのことだ。選択肢が約7割になったという意味で、あまりにデカいビハインドだった。
しかし、この消費税増税のあおりでさらに低貸しの勢いが増すようであれば…これはさすがに厳しくなるだろう。果たして、パチンコ打ち受難の時代はいつまで続くのだろうか。
そんな状況であるからして、昨今パチンコの入り口が1パチだという若者も多くなってきた。彼らの言い分は「4パチは毎回カネが掛かり過ぎる。1パチの高稼働狙いで上手く立ち回れば勝てる」こんな感じだ。ここに勝ち額という論点はない。投資額も低いのだから、リターンもそれなりにと考えているようだ。彼らはパチンコで飯を食っているわけではないから当たり前の感覚で、わしらパチプロの方がパチンコに対する要求も高くなり世間的には異質なのだ。
この認識の違いが、"時代性"ということなのかもしれない。当面の稼働維持に主眼を置き1パチを推進したパチンココンサルは、「1パチで育った層がやがて4パチを打つ」という展開を想定していたのだろうが、結果としてそうはならなかった。
1パチであろうと4パチであろうとパチンコを打つという行為は同じ価値観なのだ。だから1パチで充分となる。パチンコというのがそもそも1パチと結びついているのであれば、そもそも4パチなどに興味を持つはずもないのだ。業界は典型的なデフレ商法を用いて、自分達で自分達のクビを締めたということになる。
子供時代が昭和末期だったわしには、未だに巨人軍の4番は原辰徳であり監督は王貞治のイメージがある。それ以前のV9時代など知らないから、少し負けると王監督が必要以上にボロカスに言われていたのが不思議だった。監督のほうは藤田監督の次の長嶋監督のインパクトが強烈で、現役時代を知らないわしにもスターだった。長嶋監督こそ世代を超えたスーパースターで国民栄誉賞に相応しい人物だ。
しかし今の若者にとって巨人の監督は原監督であり、4番は阿部?(最近のプロ野球は全く見ないから詳しくは分からない)であろう。そんな彼らに長嶋やら王貞治やらの素晴らしさを押し売りしたところでリアルには感じない。当たり前のことだ。育った環境とは、そんなもんだと思う。
育った環境の違いから同じ土俵に立てず住み分けがハッキリしているのがホールの現状。しかし本来であれば、パチンコは世代を超えて楽しめるジャンルだと思う。新たな大ヒット機種の登場やパチンコ自体の仕組みの変化でも何でも良いが、法整備の進みそうなカジノに負けない庶民の娯楽としての復権を切に願っている。でもこれ以上のレートの切り下げは嫌だ!
追記
初場所で綱取りに失敗した稀勢の里だが、11日目の怪我が原因で休場に追い込まれた。一旦、歯車が狂うと次々と悪い事に襲われるというのは誰でも同じようで思う所も多い。
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