生き甲斐とは
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燦々と降り注ぐ陽光の下、南国の島で美女に囲まれ、超一流リゾートホテルでダイヤモンド・ヘッドを眺めつつ過ごしている。なんとハワイでの年末年始の休暇中なのだ。朝はホテルのビュッフェでアメリカンスタイルを満喫し、昼はワイキキビーチでもぎたてのココナッツを飲む。なんだか食べ物の話ばかりになってしまうのは、わしが食いしん坊だからであろうか。たまにはパチンコから離れこんな贅沢をしてもバチはあたらないだろう。

もちろんわしにとってパチンコとは生きるための糧を得る手段であり、残念ながら人生そのものと言えるだろう。強弁すれば、この件を書いたり悩んだりする時期はもう過ぎ去った。わしにはこの道しかないので、行けるところまで行くしかないと達観している。

それにしても、完全にパチンコと隔離されているのは素晴らしいひと時だ。ワイキキビーチでレイと贅肉を揺らしながらダンスを踊り、サーファー達が日本の波とは違うと言ってわざわざやって来るこのハワイの海で、わしは浮かぶこと(泳げない)しかできないが、多種多様な人種の人たちの笑顔を見ているだけで気分が晴れやかになってくる。


あ~マイホールで見慣れたツラばかり見ている日常とは大違いだ…などとぼんやりと思う。とはいえ常連仲間にも色んな人間がおり、これはこれで飽きないものなのだが。

例えば良く話す主婦パチンカー。冬ソナなどの台で隣り合えば、出た演出についてあーだこーだと言い合ったりするのが常だ。そんな時は時間の経過が早く感じるものだが、それはわしがそういう会話を楽しんでいるということなのだろうか。

もちろんライバルもいる。同業者っぽい人と優秀台を分けあった時、大当たりの回数などは神のみぞ知るところだから、せめて通常回転数だけは負けたくないと、トイレは見る価値もない長~いスーパーリーチ中に行くなどの工夫をして地味に張り合っている。

また、わしを敵視していると思われる女パチプロもいたりするから厄介だ。わしがハマって負けている時など、自分が出ていることをアピールする渾身の"ドヤ顔"には心底辟易するのだが…。よく見かけるだけで喋ったこともなく、彼女の素性については全く知らないのだが、端的に言えば…その存在自体が嫌いだ。どんな分野でも実力差に応じた格のようなものがあるように、わしはコイツを明らかな格下と思っているが、このバカはそうは思っていないようだ。この世界ではライバルが出してるとか負けてるとかを気にしているようでは話にならない。勝負するならもっと別の部分で戦うべきだ。今回はコイツの話ではないから、これ以上は控えるが思い出すだけでハラが立つ。


そんな日常を振り返っていたらもうメシ時だ。ジャパニーズレストランに入店してメニューを見てみると、カツカレーという文字が目に止まった。ここのところアメリカンスタイルの高カロリーなジャンクフードばかりだったのでひどくそそられるではないか。まあこれはこれでカロリーは高そうだが…などと自嘲気味な笑みを湛えつつオーダーしてみる。当然、オーダーは「This one」と言ってメニューのカツカレーの写真を指で差す。ヘタに「katsucurry please」と言っても「pardon?」(はぁ? の意、要するに聞き取れない)と言われることを織り込んでの指差しである。こうしたのは、日本で主に用いられている、いわゆる"カタカナ英語"(単語)など海外ではまったく通じないことが骨の髄まで染み込んでいるからだ。

そんなこんなで待望のカツカレーが出てきた。日本のそれと比べると見た目からして微妙であるが、ここはハワイなので気にせず食してみる。「カツはそこそこだがライスがやはりイマイチだ」と思いながらも、空腹なので余裕の完食と相成った。

付け合わせのスープは過剰に日本風を意識したのか、大根らしき物体が申し訳程度に浮かんでいるものの、色からして醤油を適当に薄めただけのように思われるが…。考えるのは邪魔臭いから気にせずゴクッと飲んでみる。すると松田優作ばりに「なんじゃこりゃーぁあー」と思わず叫んだのをキッカケに目覚め、飛び起きた。わしはハワイになど行っていなかった。しかも正月休みも寒風の隙間風が身に染みる木造長屋の我が家で、布団に包まり夢のまっただ中だったのだ。

なんだか急に虚しさが込み上げてきた。それはスープが"ざるそばのつゆ"がボケたような味で完全に意表を突かれ、あまりの不味さに夢が覚めたことに端を発しているばかりではない。南国の島で常夏を満喫しているつもりが、現実は寒風に身を震わせていたのだ。この夢と現実の落差がわしを一層虚しくした。


生き甲斐とは何なのだろう?


いきなりの現実感から思う。以前紹介したデイトレーダーの友人アキオは昨年の大納会での高値更新から来年も大いに期待できると意気込んでおり、アキオなりの皮算用があるらしく、聞いてもいないのに逐一その展望を知らせてよこす。しかしそのウザ過ぎるチャットからは、少なくとも彼なりに生き甲斐を感じていることは伝わってくる。

そこで、わしも布団の中で生き甲斐を考えてみる。







そうだ! わしが愛してやまない大関・稀勢の里がこの初場所で二回目の綱取りに挑むのだ! わしは二場所連続優勝という従来の内規をクリアし昇進してほしいと思っているが、報道等によると日本人横綱誕生へのファンの期待が大きいがゆえ、優勝に準ずる成績を残せば昇進との声もある。一方、優勝経験のない者が横綱になることに疑問の声も多い。

どちらかと言えば、わしは後者の意見で、先代横綱の日馬富士が連続全勝優勝で昇進した比較論から、仮に今場所全勝優勝したとしても、もう少し様子を見てからでもいい気がしている。大関昇進後、彼のように毎場所二桁勝利を安定的に収める大関止まりの力士なんて聞いたことがないし、あとは連続優勝を達成して誰にも文句を言わせず昇進してほしい。ただ、彼特有のポカだけが懸念材料であるが、もはや彼の実績や実力を疑うべき点は何もないと思っている。

大関取りの際には先代親方の急逝という不幸を乗り越えたし、今回も所属部屋変更からくる稽古不足等が心配されるが、彼はやってくれると信じている。別に今場所中でなくても良いが、彼の昇進が確定した暁には、テレビの前で万歳三唱するつもりだ。

この万歳三唱を夢見ることこそ、現在のわしの生き甲斐なのである。