台取りが厳しくとも品性は失いたくない
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※パチプロ必勝本2001年1月号に掲載されたものを加筆・修正しています

2000年も終盤にさしかかり、10月は今年3回目の大スランプに陥った。3週間休んだ8月を除き、今年2度目の50万以下の収入になってしまった。追い撃ちをかけるように、車検で20万、慶弔費で10万、トドメは知らず知らずのうちにスピードが出ていたようで、高速道路で覆面パトカーに捕まっての3万5千円也。


このコラムを担当して早2年になったが、不器用な私は未だに原稿書きが苦痛でしかたない。期限ギリギリに原稿を送って担当者を何度ハラハラさせたことか。おこがましいけれど、元々私は誌上プロで生計を立てようなどとは思っていないし、今後も月平均200時間以上の稼働を削ってまで執筆を増やそうとは考えていない。それに本業において仕事上のマイナス面が発生することも体験した。

それでも何故書いているかというと、自分のようなはみ出し者でもやる気にさえなれば何とかパチンコで食っていける(※あくまでもこの原稿を書いていた2000年頃の話だが)ということを以前の私のように困っている人に伝え、少しでもその人達の役に立てれば、と思っているからである。実際、パチンコに起因する借金地獄で家を売った人を何人か知っている。


私は7年前まで普通の会社員だったが、ひょんなことがきっかけで約10年ぶりにパチンコにのめり込んでしまった。しかし、恐ろしいことにパチンコに関する知識がほとんどなく、とんでもない打ち方をしていた。例えば、休日に2.38円交換の店で、千円で20回くらいしか回らないCRちんじゃらVなんかを、終日投資金額上限なしで打っていたのだ。

そして平日も仕事が早く終われば、6時頃から主に旧フルスペックを、持ち玉がなくても閉店近くまで打っていた。こんなことの連続だったので、当然のごとく月20万以上コンスタントに負け続けた。

当時1ケ月で自由に使えるお金はだいたい6万ほどだったので、不足分はサラ金(今は違う言い方だが、当時はそう言っていた)から調達していた。しかしあっという間に借入額が上限に達し、にっちもさっちもいかなくなってしまう。

しかし負けず嫌いな私は、パチンコで負けた金は意地でもパチンコで取り返してやろうと思い、よせばいいものを借金を重ね、パチンコ攻略情報会社のガセネタを買うために100万以上も注ぎ込み、ますます借金地獄へハマリ込んでいったのだ。


しかしその後パチンコに対する知識を身につけ、必死の努力を重ねることで何とか勝てるようになった。

有難かったのは、一人の優秀なパチンカーと出会えたことである。彼は人間的にも素晴しく、パチンコのハード面やソフト面はもちろん、大切なことをいろいろと教えてくれ、それらは今でも役に立っている。彼は他界してしまったが、私の手記が少しでも困っている人の心の支えになってくれれば、きっと彼も喜んでくれるだろう。


私が知っている限り、誌上プロにおいて、アマチュア時代を通じても過去にこれほど負けていたというのは自分以外にはいない。負けは決して自慢できることではないが、その当時苦労した経験は、現在いかなる逆境に陥っても、それに打ち勝つ強い精神力をもたらしてくれた(それと稼働時間の多さが自分の取り柄だと思っている)。

反面教師的な面が多い私ではあるが、少しでも読者の皆さんの役に立てれば幸いと思っている。



前回「初当たり7回連続確率オーバー」という自己ワースト記録のことを書いたが、約1ケ月後にそれを塗り替えてしまった。ちょっと信じがたいが、今度はなんと初当たり8回連続確率オーバーという大記録? を達成したのだ(もちろん不正をやっていないと思う店で)。

それも、またしても投資スピードが早い権利物のパイナップルボンバーだったので、ハマっている最中は久々に10万オーバーの現金投資を意識した。最終的に初当たり確率は1750分の12と最悪だったが、確変図柄が理論値より2回多かったのに救われ、負け額は4万8千円で済んだ。

都合よく考えると、この手の機種でハマリの記録を作りながら5万も負けなかったのは幸運の一言に尽きる。一流プロのS君曰く「う~ん、35%の8乗のハマリですね~」。

このことに象徴されるように、10月はいつもより数多く打った権利物でハマりまくった。特に中旬、4日間打ったミルキーバーにおいては千回オーバーのハマリを3回喰らい、そのうちの1回は1500回転以上を現金投資でハマった。その時は「今年初めての2千回オーバーのハマリが権利物の現金投資でか~」と覚悟したものだ(最終的には1854回転目で当たり、10万オーバーの現金投資は何とか回避できたが)。

そして、相変わらず頻繁に打っているCR新要件機の方では初当たりはほぼ確率通りだったが、確変突入率が2割ほど悪く、権利物での負債を穴埋めすることはできなかった。しかし、CR新要件基準機で千円あたり50回を超える超お宝台を平常営業で2度も打てたし、相変わらず厳しい状況の中、何とか仕事量だけは確保できたので満足している。



ところで、ここ半年ほど前から極度の自己嫌悪に陥っている。原因は朝の台取りの立ち回り。最近はほとんど毎日にように他の人達と台取りを競い合っている。

10月のある日、私はテレビでアフリカの飢餓地域の人々に食糧配給する映像を食い入るように見ていた。そこでは、大勢のやせ細った人達が、限られた少ない食糧を受け取るため、最初は行列を作っていたが、すぐに争奪戦の修羅場と化した。

当然力の強い者が食糧を持ち去った訳だが、そこには倫理の欠片は微塵もない。一度受け取った食糧を強奪された女性が、大勢の家族が待つ我が家へ何も持ち帰れず泣き喚いている姿が非常に印象的だった。

その数日後、イベント日に仙台で一番多くのプロが集まる店で、前述のことと程度の差こそあれ、似たような状況に自分自身が直面する事態となった。


10月30日(月)晴れ
今日の予定は仙台駅前某店(2.38円/ラッキーナンバー制)のイベント狙い。打ちたい台も既に絞り込んである。最近ますます市内他店のイベント信頼度が落ちてきたにもかかわらず、ここのそれは釘を開けた場合、私たちプロが打てるレベルの台が必ず何台かある。

2年前、私はこの店に頻繁に通い、ジグマならではの有利な立ち回りでかなり稼がせてもらった(普段からクセの良い台を把握していたので、平常営業でもあぶれることは珍しかった)。それになんといっても、がきデカのようなクセが強烈にものをいう台が数機種あったのが最大の強みだった。しかし日に日に同業の数が増大し、がきデカ等もなくなり、釘も渋くなったきたので行動拠点からはずしていたのである。

だが最近になってイベントにおいてのクオリティーは以前ほど良くないものの、何とか使える状態になったので復帰したのだ。しかし、明らかにプロ及びレベルの高い人達がはるかに多くなっている。要するに、前述した「少ない配給食糧に群がる大勢の難民」と似た状態になってきたのだ。

昨日も目当ての台にダッシュする若い同業にぶつかって突き飛ばしてしまい、それを謝ったばっかりに(その間約5秒)タッチの差で後から来た同業に先を越され、優秀台を持っていかれた。


断っておくが、優秀台に表示は一切ない。とにかくハイスピードで釘を識別せねばならないのだ。恐らく仙台で一番台取りが厳しい店かもしれない。まあ、先の女性のように泣き喚くことはないけれども、連日の絶不調に加え、プライベートでも多大な出費で懐具合は火の車。期待値3万オーバーの台を目の前にしての退散は痛かった。

そんな訳で今日はちょっと気合いが入っている。もしも昨日みたいに、自分よりあとから来た奴が先を越して目当ての台を取ろうものなら強引に奪い取ってやると本気で思っていた(今は反省しているが、人間窮地に追い込まれると先の飢餓地域の人々のように品性が失われやすくなるのは確かだ)。


8時30分、余裕を持って店に着いた。ん、例のマナーの悪い同業2人が目当てのシマの入口に腰掛けているぞ。1人はベテランのプロで、会えば挨拶を交わす程度の知り合いだが、どうも最近評判が悪い。何でもこの店で若い同業が見つけた優秀台を「俺の台だ、どけろ!」と脅かし、奪い取ったことがあるらしい。

その他にも営業前に目当てのシマに入り込み(ここは営業時間前に店に入れる。ただし、シマの中には入れない)、釘が開いている台に物を置いてキープすることを去年から頻繁にやっているらしい。これを他の同業も真似するようになったから始末が悪い。

2年前にはそのようなことは考えられなかったし、もしそんな奴がいたら、真っ先にジグマだった私が排除していただろう。悪習慣が常習化した今となってはもう手遅れだが…。


恐らく先にシマに入り込み何台かキープしているに違いない。今日は打ちたい台を2台決めてあったので、その台に物が置いてあるかどうか、タブーとは思いながらもシマに入って確認した。

ガーン。なんと目当ての2台のうち、釘が開いている方の1台にライターが置いてある。しかし都合の良い? 事に他の何台かにもライターが置いてあった。これは上手い口実になる。即座に私は自分が打ちたい台を指差し、2人に向かってこう言った。

「この台に誰がライター置いだのや!」

いかにも煩そうな私の怒り顔を見たせいか、犯人の若い兄ちゃんがすぐに名乗り出た。そこで「ほが(他)にもライター置いであっけど、あんだ(あんた)どの台やんのや」と問い詰めた。

本当は強引に私が打ちたい台を奪い取れば簡単なのだが、それをやってしまったら、食糧を強引に奪い取っていった人間と同じく品性ゼロになってしまう。台をぶんどりたい気持ちをグッと堪え、筋を通したつもりだったが、予想に反して私が打ちたい台ともう1台を指差し、「この台とその台の2台をやります」と言ってきた。

これにはムカついたので、さっき以上に語気荒く「ダメだ、1台に決めろ」と迫ったら、彼は今にも泣き出しそうな顔で、どうしても2台キープしなければいけない事情を私に説明してきた。

それによると、9時頃にやってくる彼の兄貴分の命令で、朝早く来て少なくとも3台はキープしなければならず、もし取り損なったらかなり怒られるらしい。しかも彼が打つ台は兄貴分が決めるという。

私は、自分の長男とほぼ同い年と思える彼が少し可哀想になってきたが、それでも語気を緩めず、「あんだの事情なんか俺に関係ねー、とにかぐ自分のやりでぇ台をどっちが早ぐ決めろ!」と最後通牒を突きつけた。複雑な心境でどの台を選ぶか見ていたら、やっぱり私が一番打ちたかった台をキープしたのには恐れ入った。

私は仕方なく彼が譲ってくれたもう1台の、一応今日のイベント用に釘を開けた台をまじまじと見たが、どう見たって日当2万円に達しそうもない。彼には悪かったが、結局その台はぶん投げてしまった。

その後、9時の営業開始後、事前の台取りが不可能だった奥の方のシマで千円あたり29.2~3回のCRワニワニパニックを打ったが、夜の7時過ぎに持ち玉を切らして退散。マイナス2万1千円で昨日に続き連敗してしまった。それでも「若い兄ちゃんから台をぶんどらなくて本当に良かったなぁ」と思いながら家路についたのであった。


この日打った店にはその後も週に2日ほど行っているが、その際少しでも親しい若い同業には、最低限のマナーの厳守を常にうるさく言ってきた。その甲斐あってか、朝イチで優秀台の掛け持ち遊技をする人間がほとんどいなくなったのは喜ばしい変化である。ただし、朝の台取りは相変わらず厳しい。3~4年前、期待値3万以上の台を平常営業で何台も見つけ、ローテーションを組んで重役出勤で打っていた頃から比べるとえらい様変わりである。



※CRパイナップルボンバー[大一]…大当たり確率1/65、1回ループの権利物。中図柄が赤で当たると16R+1回ループ。保留はない。

※CRミルキーバー[ニューギン]…大当たり確率1/329.5、確変突入率100%、3回セットの権利物。

※CRワニワニパニック[大一]…大当たり確率1/308.5、確変突入率1/2、1回ループのデジパチ。

【初出:パチプロ必勝本2001年1月号】