紙一重の勝負
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紙一重の勝負
※パチンコ必勝本DREAMS2006年12月号に掲載されたものを加筆・修正しています
10月上旬某日(曇)
7時半過ぎ、今朝は久しぶりで私のパチプロ生活の原点ともいえるA店へやって来た。この店も数年前から開店前に入場抽選を行なっており、約30名程の人たちが並んでいた。
思い起こせば9年前の12月25日、私は当時勤めていた会社に朝イチで辞表を提出し、その足ですぐに駆け付けたのがこの店だった。要するに、パチプロになって初めて来た店なのだ。打った台はパイナップルボンバーで仕事量は4万円位だったが、結果はマイナス5万5千円だった。
今ならその日の結果よりも仕事量を重視しているので何という事はないが、当時は安定した会社員生活を捨て、しかも4人の家族と住宅ローンを抱えて精神的に余裕がなく、まさに崖っぷち状態だった。
このパチプロ初日の大敗は相当なショックで、帰りは電車にも乗らず自宅まで5キロ以上の距離を途方に暮れながら歩いたのは、今でも鮮明に覚えている。その後もこの店に毎日通うがなかなか結果が出ず、正月を返上したのはもちろんだが、2月下旬に過労で倒れるまで3日しか休まず必死で頑張った。
ちなみに去年の年間稼働時間が1661時間なのに対し、パチプロ初年度の平成10年では3827時間というとんでもない数字だった。今ではマネしようにも体力的にも精神的にも無理だし、それ以前に毎日打てる店などあるわけがない。
とにかく最初にこの店で苦労し、そこから一生懸命頑張ってきた経験があったからこそ何とか仕事を続けてこられたのだろう。それゆえA店には感謝しているし、パチプロの私にとって忘れられない店なのだ。ただその後、幸か不幸かA店の状況が厳しくなり、しばらく行けなくなっていた。
余談だが、当時の店長は私が知る限り宮城県で一番働き者の店長だったと思う。とにかく毎日夜中まで働き、たまの休日でも店に顔を出していた。またクリーンな事でも有名で、カバン屋(=裏ロムを販売・セットする業者)のような存在を嫌っており、閉店後は毎日主任以上の幹部クラスに全台仕込み(?)等の点検をさせていたらしい。
話を戻そう。それから6年経ち、当時の店長をはじめスタッフが全員変わり、一時は新しく出来たライバル店に客を奪われてしまった。しかし客も戻って来て状況が良くなった。それで満を持して今日、6年ぶりに終日稼働するつもりでやって来たのだ(偵察には時々来ており、試し打ちは何度か行なっていたが)。
8時前に入場抽選が始まった。予想よりは少なかったものの100名程の人たちが集まった。ピンポイントで狙うような札台がないにも関わらず、朝イチからこれだけの人が来ているということは、全体として割数がかなり高い証拠であろう。
しかし、私が打てる台と判断する基準は平均以上にクオリティが高くないとダメなので、実際店に入ってみるまで仕事になるかどうかはわからない。クジを引いてみると、私と息子が引いた番号はそれぞれ32人中で7番と11番だった(今年から会社員になった息子には、たまに休みの日は手伝ってもらっている)。
8時20分過ぎに入場。今日のイベントコーナーは羽根デジと大海、スーパー海物語の計4シマと台数が多く、特別凄い台はないがおかげでゆっくり選ぶことができる。ただ逆に焦点が絞りにくくなってしまった。このような場合、スペックが優秀な機種から見るのが常道なので、まずはスーパー海物語のシマへ入った。
しかし今日は前回偵察に来た時よりヘソ幅が狭く見受けられた。なので台取り券を手に持ったまま、大海、羽根デジコーナーを見て回ったが、やはりスーパー海同様あまり良い調整とは言えない。ただ、台の出来が良ければなんとかデッドラインをクリアする台は存在しそうであり、全体的に見ればボッタクリではなく、一般の人には優しい調整と言える。
一応今日も他に行く予定の店を決めてはいるが、多分良くてもせいぜいA店と同等くらいが関の山だろう。今更ピンポイントの札台がある店へ行っても空き台はないだろうし、ここで打てる台を探した方が手っ取り早いと判断した。
そしてスーパー海のシマへ戻り、私の選考基準で2台を選んだが、見た目には他の台とほとんど変わりはない。たとえ優秀台だとしても、今日の勝負ラインを大幅にクリアすることはないと思われた。
8時半、打ち出し開始。最初の1000円で24回転だったが、投資を重ねるうちに徐々に回転数が落ち、5000円では111回転だった。これが下ムラで実際はもっと回るのかもしれないが、台の出来もそれほど良くないと判断し、他の台へ移った。
そしてもう1台選んだ方は息子が打っているが、同じ投資額で140回転を超えていたのでひとまず安心だ。しかし私の方はなかなか打ち切れそうな台を見つけられず、しかも選ぶ台のほとんどが最初だけ回って徐々に回転数が落ちるという厄介なパターンなので始末が悪い。
12時前、息子の方は投資2万5000円で持ち玉になっていたが、私は7台目の台に見切りをつけたところだった。どれも計算上は一日打ち切れば2万あるかないかのレベルで、どうしても私の勝負ラインの回転率には達してくれない。このままではキリがないし空き台もあまりなくなってきたので、もう1台打ってダメなら息子を残して引き上げようと決意した。
そして最後に選んだのは、開店から2時間以上経っていたのにまだ221回転しか回っていない台だった。理由は、恐らく両隣が当たりまくってドル箱を山積みしていたからだろう。私は隣がいくら出ようとあまり気にしないので、その台に座り打ち出した。
1000円で26回転、最初の滑り出しは問題ないしステージグセも今までで一番良さそうだ。ひょっとしたら打ち切れるか? と思ったのも束の間、3000円を使った時点で68回転とまたも失速した。今までと同じ展開になってしまいしばし迷ったが、少なくともこれまでの台よりは出来が良いと感じられたので、5000円までは様子を見ようと決断した。
と、そこへ息子が私の所へやって来た。なんでも大当たり1回分の出玉で140回転も回らず持ち玉もなくなったらしい。現在は下ムラなのかもしれないが、これからベースが上がったとしても今日の勝負ラインを大幅に超えることはなさそうで、良くてもギリギリの台だと思い、リスクを考えてヤメさせる事にした。
この時点で私はまだ当たっていないので、投資は4万1000円。息子の分と合わせると負債額は6万6000円に達しており、下手をすると今日は5月のダイナマイトキング以来の10万負けがあるのかもなどと考えてしまった。
この台での投資5000円目、やはり危惧した通り回転数が落ちてきて、上皿の玉がほとんどなくなって112回転しか回っていない。不本意ながらこの時点でやっとヤメることを決意した。
…とその時、本日3回目の魚群が走った。保留玉に空きが3個あったが、残り玉を打ち込んで追加投資をするのも嫌だったので、ハンドルから指を離してじっと見守った。
このリーチは多分ハズれるのだろうが、こういう場合、はっきり言ってその方が良い。下手に当たると、またその後デジタルが回らない事で悩んでしまう。もう時間も時間だし、今日は早く帰って虫の世話でもした方が精神衛生上良さそうだ。
画面を見ると4と5のマリンちゃんリーチに発展し、4のサメが真ん中を通り過ぎエビの手前でハズれた。と思いきや、一瞬間を置きサメが中央へ戻ってきた。しかもそれで終わらず「それー」というマリンちゃんの掛け声と共に確変に昇格。相変わらず大当たりの女神は意地悪だ。得てしてこういう時に当たってしまうのだから。
そしてこの確変がなかなか終わらず、時短を挟んで何と18連チャンを達成。この手の機種では自己タイでウルトラセブンも真っ青の一撃3万発オーバーを記録。ここまでの総投資は4万3000円で、息子の分を差し引いても一気に3万円以上のプラスに転じた。
それからしばらく当たりは来なかったが、心配していた回転率は持ち玉になって安定し、1000円あたり25回転以上をキープしていたので何の不安もなくなった。
次の当たりは15時20分過ぎ、ちょうど700回転目の少し眠くなった所でノーマルダブルリーチがハズれた後、例の派手な音を伴って再始動が発生。これが5連チャンになった。そしてこの700回転が本日の最大ハマリとなり、その後は早い初当たりと連チャンで爆裂した。
22時20分過ぎ、4連チャン後の時短を終え、42回の大当たりを記録して仕事を終えた。A店では久し振りに打ったが、相変わらずハード面に余計な設備投資はしておらず、スタッフが変わっても「出玉で還元」という方針は同じようだ。
また、ずっと以前から知り合いだった常連も何人かが私の所へ来て声を掛けてくれたのは嬉しかった。どちらかというとA店は地元の年配の人が多く、お世辞にも洒落た店とは言えないが、私にとっては一番思い出深い、いつまでも頑張って欲しいと願う店だ。
それにしても今日はきわどかった。やめようと思った時に当たりが来なければマイナス6万8000円で終わっていたのだから。たまたま運よく大勝ちしたが、大敗と紙一重であった。
余談だが、スーパー海を終日打ったのは初めてである。また一つA店での忘れられない思い出が増えた。
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