今年はスロースターターでいこう
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今年はスロースターターでいこう
※パチプロ必勝本2000年3月号に掲載されたものを加筆・修正しています
去年の暮れ、ある有名なパチンコ攻略軍団が出ているテレビ番組を見ていたら、そのリーダーがこう言っていた。
『パチンコは私にとって人生そのものです』
と。その一言は、実に羨ましいものであり、同時にヒラ打ちプロの私に引導を渡す決定的な言葉であった(少なくともあと5年はやるつもりだが…)。
この仕事を専業にしてちょうど2年になるが、分かったことが3つある。
1つ目は、必死になって働けばそれなりの収入は得られるということ(ただし、昔のように年収1千万オーバーはヒラ打ちでは無理)。2つ目は以前ほどパチンコが好きではなくなったということ。そして最後の3つ目が私にとって非常に重要なのだが、20万以上勝とうが、2千回ハマってボロ負けしようが、仕事で泣く可能性はほとんどないということである。少なくとも営業マン時代は年に1~2回、悔し涙、感動の涙を流していたものだ。
確かに生活費等を稼がせてもらっているパチンコには感謝している。しかし、10年頑張ろうと思った計画の下方修正をしているのが現状。要するに刺激の少ない人生は私にとって耐えられないのだ。
元々パチンコは好きだが、所詮将来やりたいことの資金繰りの手段でしかない。今後も体を壊さない範囲で頑張っていこうと思っている。
12月25日(日)曇のち雪
今日は記念すべき嬉しい出来事が2つ重なった。1つは待ちに待ったアウトドアとヤマハセローの解禁。
思えば2年前の今日、会社員を辞めての初打ち、パイナップルボンバーで5万負け、気合いを入れる意味で、その日以来大好きなオフロードバイクの乗車とアウトドア関連の趣味を2年間封印することを誓ったのだ。
そして今朝、長かった禁欲のご褒美として、2時間ほどではあるが太白山(仙台市民に親しまれている標高321mのハイキングに適した山で、オフロード走行に適した場所も沢山ある)の林道を思う存分走り回ってきた。久しくかかなかった大量の汗は、すぐに心地よい快感に変わった。
本当はもっと走りたかったのだが、もう1つの嬉しいことのために9時半に自宅へ戻り、友人のJ君のお迎えで一路、秋保温泉(仙台では作並と並ぶ有名な温泉。全国的にこけしの里としても名高い)へと向かった。
1ケ月ほど前に私が発起人となり、泊まりがけで同業の友人同士で忘年会を開くことを提案したのだ。普段ぜいたくとは無縁の生活をしている私たちが少しでも楽しく過ごそうと、あの手この手を使って温泉プール付きの高級リゾートホテルの宿泊券を割安で手に入れた。各人最後の追い込みの大事な時期にもかかわらず、9人もの男がなんとか集まることができた。
今回集まったのは、全員私から接近したパチプロ達であるが、前身は様々で波瀾万丈。板前さん、家電販売会社の管理職、長距離トラックの運転手、暴走族のアタマ、学校を出てパチプロ一直線、家業が倒産して就職(?)…と本当に種々雑多。
しかし、共通していることもある。それはこの仕事を始める動機が、経済的な理由があってということと、パチプロは人生の通過点であると考えていることだ。
夜明けまで飲んだり麻雀をしたりと実に楽しい一夜だった。今後、これをきっかけにより一層絆を深め、是非組合のようなものを作りたいものである。そしてまた、今後もこのような集まりを何度か持ちたいものだ。
12月30日(火)晴れ
岩手県南部某市のチェーン店M(換金率2.2円)に来ている。旅打ちは今年3度目で、この店は今日で4日目だ。時間は8時30分。
ところで私が今、なぜここにいるかというと、12月25日までに仙台において今月30万しか稼ぐことができず(決して悪い台を打っていたわけではないが、CR機によくある、確変引けない症候群に悩まされた)、釘もどんどん渋くなってきた。よって友人のJ君の地元M店での新台入替に一縷の望みを託してやってきたという次第なのだ。
目的の台はCRかましの金ちゃん2。J君が言うには、
「恐らく半分以上ダメだと思いますから、期待しないで来て下さい」
とのこと。
しかしその言葉とは裏腹に、初日千円ベース約53回、2日目約39回、3日目約46回という優秀台を打つことができた。初日はともかくとして、まさか同じシマで3日も良い台が打てるなんて全く予想外だった。これにはJ君もびっくりで、曰く今までであれば2日目以降は鬼のように釘を締めていたらしい。
どういう風の吹き回しか原因は不明だが、ひょっとして今日も釘が残っていたら…という淡い期待を持っていたのだ。もし釘が据え置きだったら、本年のノルマ700万達成の可能性が極めて高くなる(昨日までで698万9150円)。
8時45分。入場が始まったが、私の前に並んだ10人ほどの大半は、予想通りパチスロのサービス台目掛けて走っていった。そしてパチンコの新台には私とJ君だけ。さて…目当ての台の釘はどうか?
やった! ラッキーなことに据え置きだ。昨日2万発以上出たのに、今日もベース40回以上の釘で打てる。仮に結果が出なくても、今年の仕事納めに打つ台としては合格だ。
打ち始めて228回転目、桜予告が出現、図柄は四。どのスーパーリーチに移行するか見守っていたら赤頭巾にもならない。ということは鉄板! と思った直後、あっけなくノーマルリーチのまま当たってしまった。再抽選で確変図柄七に変わり、幸先良いスタート。
ここまでの投資5千円。昨日の回転率とさほど変わっていない。そしてこれが運良く5連チャン。即ヤメすれば見事年間ノルマ達成だが、唯一ヤメる理由があるとすれば、それはJ君の台が回らない時のみである(彼に台を譲るという意味で)。
しかし彼の台は私と同等かそれ以上に回っているので、要らぬ心配だった。この先仮にマイナスになろうとも、期待値4万オーバーの台を持ち玉1万発という現状で放棄するのは愚の骨頂だ。
以降、今年最後ということもあり、トイレに行く以外はブン回し。結局10時半まで打ってプラス6万7500円。今年のノルマ達成と同時に有終の美を飾ることができた。
'99年の総括をすると、記録面での波が非常に荒かった。まず、2千回オーバーのハマリが5回。
・3月6日 CRルパン三世K…2509回転
・6月15日 CRゴジラ2…2104回転
・6月17日 CRゴジラランド…2416回転
・6月23日 CRゴジラランド…2458回転
・12月2日 CRあっぱれ応援団Z2…2359回転
私の知るパチプロ仲間で、去年2千回転以上のハマリの頻度で私を超えたものはいない(ただしCR妖怪演芸FNで3000回オーバーの大ハマリを喰らったプロが1人いた)。ちなみにゴジラの集中大ハマリは同じ店である。この時はさすがに店を疑ったが、以前から信用している店なので偶然の出来事だったと思っている。
これにはオマケがあり、他に千回オーバーのハマリが間に3回も混じった。当然、負け記録もこの期間に樹立し、6月15日にマイナス7万2500円(※新基準機において)。
にもかかわらず、地獄の6月の収支は意外にもプラス60万を超えていた。それはゴジラの優秀台を頻繁に打てたからである。今思えばまさにゴジラ様々であった。
勝ちの方では10月21日、コンティニューの22万5千円(換金率3.97円)と8月19日のフルーツパッションでの21万9千円(換金率2.38円)が1位と2位。
どちらにしても記録ずくめの波の荒さで、そしてそのほとんどがCR機だった。これは単なる偶然ではなく、例年より圧倒的にCR機を打つ時間が多くなったからに他ならない(本当は3回権利物や一般電役をもっと打ちたかったが…)。とにかく日当期待値4万オーバーのほとんどがCR機だったことからも、明らかに稼ぎ指数で非CR機は劣っていたのだ。
このことは一部の例外(サンダースケルトン)を除き、通年変わらなかったように思う。この状況は2000年に入っても長らく続くであろう。
とにかく勝ちにこだわるなら、今年も嫌いなCR機を長時間打つ覚悟が必要だ。そしてもう一つの勝つ条件として、店の思惑に反する台を見つけ出すことも重要。
分かりやすく言うと、パチンコ台は所詮人間が作るモノ、機種によってはその何%かが普通の釘調整でも1回交換のボーダーを超えてしまう場合があるのだ。最新の機種ではあまりないが、私の経験では昨年はがきデカシリーズ、ゴジラシリーズ等がこれに該当した。これからもきっと前述のような機種が登場するはずだ。
肝に銘ずべきは、ハングリー精神で何にでも挑戦すること(ゴト等の違反行為はもちろん除く)。例えば去年のサンダースケルトン。同業の友人に、出入り禁止を喰らいながらも1ケ月で131万も稼いだ猛者がいた。
ちょうどその頃の私は、他の機種での止め打ちに関するトラブル続きで辟易し、サンスケにはほとんど手を出さなかった。今にして思えば根性なしだったのだ。勝ち続けるためにはより一層の努力が必要。サンスケに関しては私がそれを怠ったとも言える。
さて、何はともあれ、新しい1年が始まったわけだが、私のプロとしての基本的なスタンスは変わらない。家族とその生活のため、仕事としてのパチンコをひたすら頑張るだけである。
【初出:パチプロ必勝本2000年3月号】
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