毒を食らわば皿まで
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僭越ながら、今回から執筆させていただく阿川です。

当年44歳、生まれも育ちも仙台です。地元で学生時代を過ごした後、大阪に本社のある製薬会社に就職。7年間関西で暮らした後帰仙、昨年の12月、サラリーマン生活(殆ど営業畑)と訣別しました。
家族構成は妻、中学生1人、小学生2人。

余計なことですが、5年前に新築した家のローンが月々約10万ほどあり、来年からの残り20年は約14万の支払いにアップします。

性格は楽天的でロマンチストだと自分では思ってますが、友人に言わせれば良く言うと粘り強く、悪く言うとしつこい(パチンコにも反映している)とのことです。

自分の名誉のために言っておくと、律儀で義侠心が強く(母方のルーツは海賊らしい)公共性を大事にするナイスガイです(褒めすぎてすいません)。

一番の趣味は野山を歩き回りながらの自然観察。特に昆虫類には深い思い入れがある。

ちなみに、現在まだこの職業において新米なので、アウトドア関係の趣味は全て封印している。僅かな名残は3年前に採集したクワガタムシの二世を数匹飼っていることだけである。

そして、2番目の趣味が現在の仕事であるパチンコだ。

出会いは26年前、大学1年の時、機種は憶えていないが、手動の立台であった。当時童顔の、いかにもビギナーの私に、200発ほど玉をプレゼントしてくれた、強面の優しい任侠道のおじさんがいて、おかげで2千円勝たせてもらった。

当時は手動と電動の過渡期であり、大学を卒業する頃は、私の知る範囲では全て電動で、椅子に腰掛けて遊技するタイプの台に代わっていた。


それから15年、場所は仙台。私の人生を変えるパチンコ地獄が始まった。

きっかけは、会社帰りに同僚とやる麻雀の待ち合わせに、近くのパチンコ屋を利用したことからである。
最初の頃はパチンコにさほど興味がなかったので、全員が揃うまで30分程の時間があっても絶対手を出さなかった。
しかし、ある日1人だけ集合時間に1時間遅れた時、同僚の勧めもあって、とうとう手を出してしまった。

その運命の機種は「それ行け銀平」。

今思うと千円ベース21~22回くらいの、今ならまず手を出さないクソ台だったに違いない。

ところが運悪く500円で当たってしまい、あろうことか3連チャンもしてしまったのだ。

仮に、この時当たらなかったら(投資金額は千円と決めていた)現在の私はなかったかもしれない。ものの20分くらいの出来事である。

実はこれが地獄への招待状だった。

後で分かったが、銀平は1ヶ月程前に入ったとのことで、半月ほど出まくっていたらしく、パチンコ好きな会社の同僚達も大分稼いだらしい。恐らく千円ベースで30回くらいはあったのだろう。

因みに私が手を出した頃から、この店はボッタクリと化したのである。
だから当然のごとく毎日店内はガラガラで、たとえ新台入替の日でも台全体の稼働率は半分もなかったように思う。

何事ものめり込むタイプの私は、ビギナーズラックを契機に、パチンコに対処するマニュアルを殆ど知らずして、連日アフターファイブを散財に費やしていた。

この時、パチンコ仲間に1人でも基本を知っていて常勝の者がいたら、以降現在までの金銭上の展開は、かなり違ったものになったであろう。
周りは、オヤジ打ちを平気でやらかしたり、オカルトを100%信用している輩がその多くを占めていた。

私のスタイルは、銀平からCRフルスペックへと移行し、1台に時間のある限り当たりがくるまで現金投資を延々と続けるというものだった。

それにボーダーラインの存在すら知らないほど無知だったので、当然のごとく毎月負け続けた。悪いことにフルスペック特有の大爆発がたまにあるから手がつけられない。

月々のパチンコ出費は平均25万くらいだった。
実際のところ、月に自由に使える金は6~7万なので、行き着く先は、やはりカードローンということになった。

始末の悪いことに、負けず嫌いな私は本気で投資分を取り戻そうと、今度は藁をも掴む思いで某攻略情報会社のガセ情報に計百万も使ってしまう。
もちろん、また借金である。

賢明な読者の方は引っかからないと思うが、ガセ情報の内容はこうである。

例えば体感器攻略で超有名なCR◯◯◯◯2においては、右デジタルが止まる直前に2~3発打ち出すだけ。
これを繰り返すだけで初当たりが平均5~6千円でくるという。

そして確変中は、指定された保留玉をキープして、なるべくミニアタッカーに数多く入賞させると確変当たりが出やすいとのこと。

もう一例だけ挙げると、これもフルスペックで有名な、前機種を凌駕する爆発力を持つ時短付きのCR◯◯◯◯さん。
確変を自力で引いた後、指定された2つのラウンドを8~9個しかアタッカーに入れないでフルオープンさせる。そしてなるべくアタッカー入賞の1個をVゾーンに入れる。そうすれば、また確変が出やすくなるんだと。

全く馬鹿げている。

正常な知識を身につけている人なら、この時点でガセと思うだろう。

ところが、泣き言をいったところで金が戻らないから、必死にマニュアル通りのオカルトを延々と繰り返す。

自分の場合たまたま前々述の機種で初回投資7千円で確変をゲット。これが10連チャンまで伸びた。

これで今までの借金を、身内に知られず密かに返済していけると思い、嬉し涙を止め処なく流した自分が滑稽で哀れである。

ちなみに前述2機種の攻略情報が各15万円。
似たような情報が他にも10近くあり、共に料金は同程度。

以降ボッタクリオカルト攻略法を10回以上試みたがマイナス収支はどんどん増していった。
その間何度も攻略情報会社に問い合わせたが、修行が足りない、やり方が拙いの一点張り。

これに火に油を注ぐかの如く、他の情報の紹介や、もっと精度の高い情報が手に入る特別会員にならないか、今入らないと人数枠がすぐいっぱいになるよ、などと煽ってくる。

この特別会員になるにはさらに60万の支払いが必要で、その上に各々の情報購入料が上乗せされる、という次第だ。

私はこちらの方にも60万支払って入会し、20万のプレミアム情報?をひとつ買って、今度こそ、という意気込みでホールに試しにいったが惨敗。

その攻略法は裏基盤を仕込んだ台に対するセット打法をもっと複雑にした類の物だった。
今度ばかりは怒り心頭に発し、猛烈に抗議したが、メーカーがすぐに対策を施したのでこの情報はもう販売中止にしました、という上手い逃げ口上を用意していた。

冷静に考えてみると、この手の情報が本物なら、一千万単位の金額で売買され、尚且つ特定の台に限られ、ごく一部の人間の間で命懸け?で取引されるべき物なのだ。

ここで私はまさに崖っぷちに立たされた。JAROに苦情を言ったって金が戻るわけでもなし。

そこで考えたのは某社と心中すること。

具体的には、身体にダイナマイトを巻き付け、銃とサバイバルナイフ持参で会社に乗り込むという計画だった。

今までキレると大概の事をやらかしてきた自分はこれまで3度生命の危機に直面してきたので、今度こそ終わりかな、と思った。

人間極限まで追い込まれると、通常では考えられない事を行動に移す場合がある。
自殺なんて、その最たるものなのであろう。


私は前述のとんでもない計画を実行するにあたり、会社に有給休暇を申請し、妻には長期出張と嘘をつき命の洗濯に、大好きな山形の山村に久しぶりに行くことにした。

もちろん片道切符覚悟だった。

時は6月上旬、梅雨前の新緑の真っ只中、都会の喧噪を離れ、独り冷静に考える事ができた。

結局、とんでもない事を行おうとしている自分の馬鹿さ加減に気付き、もう一度死んだつもりで一からやり直してみようと考え直した。

とにかく、毒を食らわば皿まで。

これが地獄から俗世への登竜門の旅となった。

旅の宿で、今まで落ち着いて読む余裕などなかったパチンコ関係の本や、著名人の人生訓、サクセスストーリー等、多数熟読できた。特にパチンコ関係の本は、目から鱗が落ちた思いで数回読み返した。

その内容はパチンコの基本的な事が殆どで、現在実践している事は大抵書いてある。

はっきり理解できた事は、長い時間やればやるほど大当たり確率に収束していくということ。

そして結局は台のデジタル回転率が収支を支配するという事であった。

要するにデジタル回転数の多い台で長時間打てば打つほど、ギャンブルどころか確実な投資(勿論、回収金額は投資額より多いという意味)になるのである。

但し、現在、パチンコは冬の時代なので良い台を探すのは並大抵ではない。


さて、前述の事があった96年6月を境に、カードローンのプレッシャーと戦いながらも月々の収支はプラスへと転じた。
そして現在まで月々のプラス収支は続いている。

一時300万程あった余計な借金も今年9月に完済できた。3年前からすればまさに奇跡である。

パチンコ以外の私生活では、3年間昇給がなく定年55歳の会社に嫌気がさし、2年前から辞めることを考え、予定通り去年の12月に辞めた。

その間有給休暇を使い切った他にも休みまくり、給与とは別に月平均30万以上の収入があった。

現在と比べると優秀な機種に恵まれていたので、プロになる前の方が時給は良かったと思う。

例えば千円ベース20回以上のアクダマンSP、スーパーカブキ3、パチパチバンク等、甘い3回権利物が結構多く、特にアクダマンSPは止め打ちにより、大当たり確率が格段にアップしたので、随分美味しい思いをさせてもらった。

但し、これは今でも変わらないが、決して楽には勝てない。

しかし、自由の身がこんなに楽しいものだとは思いもしなかった。
死ぬ程厭だった夜勤がなくなっただけでも天国である。

確かに毎日の収支は安定せず、今年になって4連敗なんて事もあったが、多くの同業と違い、負けパターン地獄からこの世界に入っているので、そんなことは屁とも思わない。

とにかく好きなパチンコを毎日好きなだけやれ、おまけに生活費まで調達できているのだから感謝以外の何ものでもない。


最後に、最近の私のスタイルを紹介すると、朝9時には前日狙っていた台に座っている(回転率が落ちていたら当然他の台を捜す)。
そして22時前後まで打ち切る。

但し現金投資が原則として3万5000円(3回権利の場合)に達したら午前中でもヤメる。

今年の8月までは、遊技中の台が後日も釘が変わらなく、且つ回る台であれば17時までは迷わず現金投資を続けていたが、得てしてこういう台は調子が悪いので早めに見切ることにした。

そして空いた時間をパソコン、読書、家庭サービスに充てることにした。

最近はだいたいこんな感じなので、決して一流ではないのである。
今後より一層精進し、勝ち続ける限り書いていこうと思っている。

次号からは日々の事柄を日記形式で書いていこうと思っているので、宜しくお付き合い願いたい。


【初出:パチプロ必勝本1999年1月号】