ナミダが止まらない(藍川たお)
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ナミダが止まらない(藍川たお)
人は、どんなときに涙を流すのだろうか。
桜散る入学式、友と語り合う卒業式、苦労が報われた合格発表。あるいは、心を揺さぶられた映画やドラマ、本を見たときだろうか。

私は泣き虫だ。
例えば、ショート動画。スクロールするごとに、知らない人の結婚式やサプライズ、保護された犬が自分の足で飼い主を選ぶ姿、目も見えなかった捨て猫が成長して甘えてくる様子。さらには、戦争から帰ってきた息子がいつの間にか後ろに立っている動画など、次々と畳みかけてきて、そのたびに涙を流している。
"泣ける動画"の解像度が高いのは、頻繁に見ていて、律儀に「いいね」を押し、そのたびに泣いているからだ。YouTubeの優秀なアルゴリズムが私を涙へといざなう。
当然、昔テレビでよく放送されていた感動系の番組、アレも大体号泣しながら見ていた。お涙頂戴企画の大カモだ。
ドン・キホーテの水槽で窮屈そうにしている魚に同情して泣けるし、赤の他人の子供の発表会を見ようものなら、「頑張ってるねぇ。いっぱい練習したんだね! 真剣にやってて偉いよ~!」と、心の中で盛大にスタンディングオベーションを送りながら目頭を熱くしている。
また、テレビで活躍しているアイドルや芸能人たちが、ここへ上り詰めるまでの血のにじむような背景を勝手に想像して泣く。
だが、この「勝手に想像して泣く」という行為に関しては、ときに痛い目を見ることがある。
「どんな苦労をしてきたかも知らないくせに、同情するな」と言わんばかりの、冷ややかな視線が突き刺さるのを知っている。だから泣かないようにしているのだが、どうしても感極まって出ちゃう。私のバカバカ(ポカスカ)!
思い返せば、中学時代。バスケ部に途中入部した私は、ルールすらまだ全部理解していない分際で、3年生の引退試合を見てしっかりもらい泣きした。そのとき、2年生の先輩に小さい声で「なにも知らないくせに、てめぇが泣くなよ」と言われたのは、胸に残るほろ苦くていい思い出だ。
しかし同時に「まぁ確かに」と泣きながら思った。きっと、秦基博さんから歌詞に疑問符と感嘆符を付けて「どうして君が泣くの!?」とツッコまれるだろう。
そんな失敗を繰り返し、さすがの私も大人になった。
学生時代の頃のように、いつでもどこでも感情を垂れ流して泣くような真似はしない。TPOはわきまえているツモりだ。「あ、出そうかも」と思っても、外なら耐えるし、人前だったらグッと堪える。
自己肯定感を母親のお腹の中に置いてきた私だが、感受性の高さだけは誰にも負けていないと自負している。さらに、制御の仕方も手に入れた。
しかし、数年前そんな私の制御をいとも容易く突破してくる奴がいた。
そう、パチスロの「エンディング」だ。
ここまで幾千もの苦境を乗り越え、高い山を登り切った者だけがたどり着ける場所。そこでは、上り詰めた自分への労いの気持ちがこみ上げるとともに、映像では大体感動するアニメのシーンを使ってくる。非常にズルい。
私が初めて『スマスロモンキーターンV』のエンディングにたどり着いた日のこと。最後の枚数表示画面でウェディングドレスを着てお姫様抱っこをされている澄ちゃん。その手前で穏やかにほほ笑む青島ちゃんとアリサ。

これまでの数々の物語が交錯する。この子たちは今、どんなことを考えてこの光景を見ているんだろうか。そう思うと、視界が歪み、目から生暖かい水がにじみ出てきた。騒音に包まれた広いホールの片隅で、台に向かって1人そっと涙を流す大人の女。
自己肯定感を母親のお腹に忘れ、引退試合で「てめぇが泣くな」と睨まれ、TPOをわきまえることを覚えたハズの大人の女。その行き着く先が、パチスロのエンディングだったなんて。さすがに自分でもこれは"キモいな"と振り返った。
桜散る入学式、友と語り合う卒業式、苦労が報われた合格発表。あるいは、心を揺さぶられる映画やドラマ、本。世の中には、感動できる瞬間が数え切れないほど溢れている。
これを見ている方は、どんなときに涙を流すのだろうか。
もし、ホールの片隅で台に向かって泣いている私を見かけても、どうか温かい目で見守ってほしい。

――Congratulations!
(C)河合克敏・小学館/モンキーターンプロジェクト (C)YAMASA (C)YAMASA NEXT
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