もっと尺がほしい!
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わしのコラムも今回で2015年度突入となる。春めいた清々しい気持ちで臨みたいところではあるのだが、この先の展望がまったく見通せないということもあり、なかなか桜満開とはいかない。

2014年度について言えば、新たな主戦場とすべきホールの開拓、それと平行してマイホールでの貯玉を使った実戦がメインとなったが、これらがどちらも芳しくなかったのが非常に不安を大きくさせる。

まず開拓の旅についてだが、タダで行ける範囲、つまり自転車を使った範囲内での調べはあらかた済んでしまい、そこでは大きな手応えは得られていない。しかしさらにもっと範囲を広げるとなると…そろそろ限界感が漂い始めていた。

かといってこのままではジリ貧になるのが明々白々であるため、これからは交通費に上限を設けて遠方の開拓を開始していこうかと考えている。しかしそれは決して無制限のものではなく、期待値から交通費を差し引いた見積りをシビアに計算し、「どこまでが行動可能の範囲なのか」を適切に判断する必要があるだろう。


一方の貯玉を使った実戦は毎日の課題として君臨している。あっさり優秀台を打てた時は良いが、何かしらの「たられば」が前提条件になる場合が多いのが実情だ。

例えば、「貯玉の範囲で持ち玉になれば玉が尽きるまでは打つ」とか「貯玉プラス1万円まで投資」などで、それらはどんな条件下でも喜んで現金投資ができる状況ならば起こり得ない問題群である。"3円交換"で"貯玉再プレイ1000玉まで無料"という環境下で、かつ条件付きで打つということは、「現金投資時との差額である約1000円を取りに行っている」だけに過ぎないと言えるだろう。

しかし、少なくとも持ち玉ボーダーさえ上回っていれば1円以上の期待値は見込めるのだから何もしないよりはマシなのだ。そういう思いで、雨が降っても雪が降っても槍が降っても(最後はウソ)歯を食いしばって1000円を取りに行くわけだが、もちろん勝てるチャンスが到来した暁には持ち金全ツッパの心意気は捨てていない。

以上がわしの2015年度のパチンコに対する展望である。2015度はパチンコ打ちとして生き残りを賭けた戦いになりそうだ。



さて、実際に貯玉で打つ場合にだが、いくつかの候補台を比較したところ期待値的にどちらを打っても大差ないという場合がかなりある。こんな場合には最優先で「バラの儀式」を打つことにしているのだが、これが「お里が知れる」というか、人間の本性が現れるというのだろう。まあ、わしはホールでもコラムでも常に馬脚を現しているのだが(大爆笑)。

それはともかく、打つ前にある程度の優秀台だと判断できれば、推しメン選択は当然「ゆきりん」にする。これはゆきりんと1日中時間を共有できて涙が零れ落ち続けるほど素晴らしいことなのだが、残念ながら優秀台の可能性が見込めない試し打ちの場合は二推しである「峯岸みなみ」さん(みいちゃん)をセレクトすることにしている。


余談ながら、前作の宣伝ポスターで初めてチームサプライズ全員を見た時の第一印象で「超絶かわいい」と直感したのがみいちゃんだった。わしにチームサプライズという「蟻の一穴」を打ち込んだのはみいちゃんということになるだろう。常に馬脚を現す人間になってしまったという意味で、みいちゃんは罪作りな存在と言えるが、超絶かわいいから全て水に流しておこう。

しかしそんなわしでも、ゴシップ騒動による断髪後の姿はもちろんだが、それらを想起させるという意味で、パチンコにおいてさえ彼女を直視するのは耐え難かった。そんな時にわしの眼前にゆきりんが現れ、一推しの座を譲っていったという経緯がある。まぁ男絡みのゴシップということで、少なくない嫉妬心が二推しに格下げさせたというのが偽らざる本心であるのだが。


とはいえ、そんな中でもみいちゃんとの稼働は積み重なっていく。すると推しメンレベルも上がっていき「僕のみいちゃん」や「みいちゃん@レスください!」とランクアップしていったのだが、「トークの達人みいちゃん」という肩書に接し、これにはひどく共感した。

かつてあるテレビ番組で、秋元康氏が「指原と峯岸は芸能界で生き残る」と、トーク術を念頭においた発言をしていたが、わしもその通りだと思う。

これはみいちゃんがある大物の元プロ野球選手に噛み付いた発言からもうかがい知ることができるが、つまりは"タレント頭"が良いというか、対応力が並外れているということなのだろう。さらに発言の内容より噛み付く相手が計算高いと思わざるを得ない。そんなしたたかなところがゴシップの反省の見せ方に現れたのだろう。

自分が身を置いている世界で逞しく生き抜こうというみいちゃんを見習いたいし、そして尊敬の念すら抱いている。わしもつまらない弱音は吐けないということだ。


そんなしたたかさはバラの儀式においても感じられると思っている。それは、三推しである北原里英さんと他2名でユニットを組んだ「最後にアイスミルクを飲んだのはいつだろう?」のスペシャルMCにおいてだ。

このMCはみいちゃんのトークを中心に進むのだが、どうも他の3人とイマイチ噛み合っていないと思いながら聞いていた。すると主導権を握っていたみいちゃんが「わたしたちは"篠峯里樹"ということで…」とさり気なく締めくくると、それまでのグダグダな印象がガラっと変わってしまうのだ。こんなところがトークの達人と言われる所以で、やはり天賦の才が備わっているのだろうとしみじみ思った次第だ。

篠峯里樹という造語は、かつて小泉総理退陣後の総理総裁候補たちが「麻垣康三」と呼ばれていたのを思い出すため、このネーミングは多分に新聞社的だと思うが、しかしそんなノリまで自らのトークに組み込むみいちゃんの幅の広さには感心してしまった。


もう少し続けさせてもらいたい。バラの儀式は名演出だらけであるが、わしが何気に好きなのは、アンコールモード中に発展するファンによる推しメンコールだ。「みいちゃん、みいちゃん」と連呼の回数が増えて文字の色も次第にアツさを帯びていくのだが、この掛け声連呼がファンとしての気持ちを呼び覚まして台の素晴らしさを一層引き出していると思っている。

さらに推しメン連続予告では、実写版の指さしアクションで「尺がほしい!」(チャンスアップボイス)が聞ける時がある。何の尺がほしいのかは知らないが、たぶんテレビ出演時などで「もっと喋らせろ」的なニュアンスが含まれるみいちゃんの決めゼリフなのだろう。わしがアテもなくバラの儀式を打つ理由は、この「尺がほしい!」を聞きたいがためでもあるのだ。ほぼ期待値が見込めない状態でパチンコを打つことはムダの極みだと思っているわしだが、それでもこの「尺がほしい!」が聞けるのであれば、そこに投資する価値は充分にあると信じている。

これは最近の持論なのだが、パチンコは自分なりの楽しみ方を実践するのが一番いい。こう思うに至ったことこそまさに「みいちゃん効果」なのかもしれない。

そう思うが故に、握手会予告で「"もっと"尺がほしい!」と言って文字が表示される時があるのだが、実際の握手会で1人あたりの本人と接触する時間は知らないが、みいちゃんに「もっと尺がほしい!」と言われたファンがいたとするなら羨ましすぎる! などと悶えるわけだ。わしも金の続く限りCDを買いまくってみいちゃんに会いに行きたくなってしまう。


そして、バラの儀式における最大の見せ場といえば総選挙ゾーンでの挨拶のシーンであろう。これはゴシップ発覚後の総選挙時の映像を使用しているから、「認めてもらえるよう私なりにやっていきたいと思います」と、ショートカットでガチの決意表明をしているのだ。あの丸坊主事件は「若い女の子がここまでやるか!?」と大いに心を痛めたが、図らずも今となってはこの映像が涙を誘う名シーンになってしまっている。

この場面ではトークの達人としてのしたたかな一面は影を潜めており、1人のアイドルとして人間味あふれる姿が大写しになるのだが、わしのような魑魅魍魎の現実世界を生きる中年男にとっては、こんなピュアな一面をさらけだされるとますますファンになっていってしまう。

細かい所では、リーチ後にみいちゃんの「期待して!」や「激アツ!」の声が聞けるのも嬉しい。中でも「大好き!」と聞こえたら、わしも「みいちゃんが大好き!!」とつい返事をしてしまうほどである。また4と8のつく日の「推しキュインモード」で、みいちゃんの「キュインキュイン」が聞けた時は間違いなく人生最高の瞬間の1つだと言えるだろう。

さしあたって、みいちゃん推でバラの儀式を打って楽しむ時間がもっとほしい。わしも今まで以上に馬脚を現して「もっと尺がほしい!」と超絶叫びたい。