部長の退職が告げられた日の夜。仕事を終えて放心状態だった俺は食堂でぼんやりしていた。そこに早番の仕事を終えたマネージャーが現れ、ひったくるように冷蔵庫からビール瓶を1本引っ張り出し、おもむろに俺の目の前に腰を下ろす。
「アタマキタ~。お前、うちの店をいつまで続ける気なの? もう部長はいないんだぜ?」
マネージャーが発したこの言葉に言いようのない嫌悪感を覚えたが、それは間接的に辞めろと言われたことに対してではなかった。自分で何かを成し遂げたわけでもないのに勝ち誇り、人を威圧するような態度を取る、そういう薄っぺらい人間性に対しての生理的反発である。
また、部長が体調不良で退職したという現実への違和感から発した猜疑心がそうさせたのかもしれない。何せ、そんな予兆も話も聞いたことがないのだ。マネージャーが俺に向けたニヤつきは、その疑いを深めさせるには十分だった。
「もしかしたら…部長の退職にこいつが関わってるんじゃないのか?」
こう思うのは、自分の道を失って激しく混乱しているという証左でしかないのかもしれない。マネージャーに対する嫌悪感、猜疑心もそういった自分本位の感情が露呈したに過ぎないのだろうか…。
怒りと不信と混乱、頭の整理がつかず言葉が出てこない。ドロっとした重い沈黙が俺の周囲を覆いつくす。俺は何かを考えられる状態ではなかったため、その時はただただ肉の塊としてそこに存在していた。
そんな姿を見て哀れに思ったのか、助け舟を出そうとしたのかは分からないが、マネージャーの脇でずっと黙っていた主任がゆっくりと俺に話しかけてきた。
「アタマキタよ。ちょっと表に出て頭を冷やして来い」
ありがたい。今は何も考えられない。俺は言われるがまま椅子から立ち上がり、ジャンパーを着込んで表に出た。
信じていた部長に捨てられ、今の俺は孤立無援だ。挙句、マネージャーからは出て行けと露骨に迫られている。腹が立つというよりも惨めな思いが募る…。
近くに競合店が経営しているゲームセンターがあるのだが、俺はクレーンゲームの前にぼんやりと立ち、学生達が楽しそうに遊んでいるのをただ茫然と見ていた。いや、視点がそこに定まっていただけで、一方的に映像が投影されているに過ぎない。見るつもりもない深夜番組が、薄い存在感のままガーガーと音を立てているのと同じだ。
「要するに、飼い犬に手を噛まれたということだろうな」
30分ほどそうしていただろうか。タバコでも吸おうとポケットに手を入れたが、探る手は何も掴めない。何も考えずに出てきたので食堂にタバコを置いてきてしまったようだ。
仕方ねぇな。小さな声でそうつぶやき近くの自販機でタバコを買おうと歩き始めた。しかし数歩進んだところで何かに行く手を遮られ顔を上げると、そこには主任の姿があった。
「帰りが遅いから迎えに来てやった。制服のままだろ」
主任はそう言って俺の腹に軽くパンチを見舞った。
理由は分からない。今でもこのことは不思議に思うのだが、一瞬にして張り詰めていたものが消えていったのだ。
その後、近くの居酒屋で一杯飲むことになった。こんな状態だから会話が弾むことはなかったが、俺は部長のことを聞かずにはいられない。意を決して切り出してみた。
「部長が体調不良だなんて信じられません。しかも…なんでこんなに突然なんですか?」
すると、あっさり主任は教えてくれた。しかも思ってもみなかった返答で。
主任はこちらをゆっくりと見やり、俺を指差す。
「お前のせいだ」