■第7話:退職 ホール店員編
ホールの仕事は順調だったが、突然…

  1. TOP
  2. パチンコホールの裏話
  3. 第7話:退職 ホール店員編

働き始めてから3週間ほどが経過した。その頃になるとようやく掃除も一人前にこなせるようになり、体の使い方にも慣れてきた。その頑張りを主任も評価してくれたようで、そろそろ良いだろうと台鍵を預けて貰えるようになった。

右も左も分からずに飛び込んだホールの仕事は苦労も多く大変だったが、ここまでは順調だったと言えるだろう。もちろん本番はこれからなのだが、これでようやく釘師になるための入口に立てたという喜びを噛みしめることができた。


しかし…ただ一点だけ苦痛があった。それは、とある常連客の存在だ。その男の名は「ナカムラ」。年齢は50代後半といったところだろうか。スキンヘッドに口髭という風貌で、一見してカタギでないのがうかがい知れる。

そのナカムラが、まだこの仕事を始めて間もない頃のことだが、ホール内で掃き掃除をしている俺のところにツカツカと近寄ってきた。

「おい新入り〜。邪魔だからどけやコラ!」

そう言っていきなり正面から体当たりしてきたのだ。制御を奪われた俺の身体はフラフラとよろけて壁に激しく打ちつけられ、持っていたチリトリとほうきを床に落としたまま俺は呆然と立ち尽くしてしまった。

何が起こったのか、なぜこんなことになっているのか? 人は想定していない事態に直面すると何もできないことを知った。

ナカムラという男との因縁

俺は全く状況が飲みこめず混乱するばかりだったが、ひとまず主任に報告し、ナカムラがどんな人間なのか聞いてみることにした。

主任が言うには、かつてはヤクザだったが、どうやら下手を打って組を放り出されたらしく、今はタクシーの運転手をしているという。気性が荒くて客や店員に対して暴言を吐きまくる。出ないと台は猛烈にぶっ叩くし、掛け持ちは平気で3台4台とやる。注意でもしようものなら倍返しで噛みついてくる始末らしい。

同僚の話では、ナカムラの後ろを歩いただけで、「てめぇが後ろを通ったせいで出ねえじゃねーか!」と因縁をつけられ、いきなり胸ぐらを掴まれることもあるという。そんな被害を受ければ当然のことだが、せっかく雇った従業員がすぐに辞めていくということもあったらしい。


主任もナカムラに対してはひどく手を焼いているとのことだったが、上司である店のマネージャーとは仲が良く、いつも出入り禁止寸前まで行くものの、最後はマネージャーの取り繕いによってうやむやにされてしまうらしい。そのため社内では、ナカムラの文句を言っても無駄だという諦めの空気が漂っていた。

「もしかして…これって新人いびりってやつで、俺がそのターゲットになったってことなのか?」

新しい環境に希望が見えてきたと思ったら、そうは問屋が卸さないとばかりに問題が持ち上がる。誰もが順風満帆ということはないし、常に何かしらのトラブルはあるものだろうが、この時はなかなか沈痛な思いを抱えたのは事実である。

部長の体調不良に違和感

そんな折、早番で仕事を終えた後、前の夜に部長が「打てたもんじゃない」と言っていた店へ視察に出掛けた。自分の目で確認した上で改めて部長の意見を聞いてみたかったからだ。

パチンコ店の視察で見るべきポイントはパチプロの時のそれとはまったく異なり、外装や内装、設備や機械台、客入りや出玉状況、スタッフの様子など多岐に渡る。それらを3時間ほどかけてじっくり観察し、自分なりの見解を整理していった。


部長は決まって閉店頃に顔を出すため、晩飯を済ませ、閉店時間に合わせて店に向かった。しかしこの日に限って一向に姿を見せない。それでもいつか来るだろうと持久戦に突入しようとした矢先、主任が駆け寄ってきた。「アタマキタ、部長、今日は急用ができて来られないらしい」。

これまでずっと、閉店になると部長がどこからともなくやって来て颯爽と釘を叩く…という姿をほぼ毎日見ていたため、珍しいこともあるものだと不思議に思った。残念だが仕方ない。このことは翌日報告することにしよう。


翌日の勤務も早番だった。制服に着替えてホールに出るとすぐに朝礼が始まったのだが、前に立っていた主任がいつになく神妙な面持ちである。

「みなさんに残念なお話があります。部長が体調不良のため昨日付けで退職されました」
続きを読むには
会員登録が必要となります