■第16話:剥離 常務編
常務と最後の戦いへ

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青天の霹靂―――突如、店に残っていた主任2人へ解雇が告げられた。この決定が自分への処置と関係していることは明白であり、俺は怒りに肩を震わせる。

この時はかつての部下をどうにかして救わなければならないという強い正義感が自分を満たしており、途方もない考えが頭に浮かんだのだが、その時はそれを実行することについて一切迷いを感じなかった。

いや、"正義"という表現を使うのは、少々公平さに欠けるであろう。異なる意見を拒絶するには都合の良い"正義"という信念に酔っていただけかもしれないし、何らかの形で復讐したいという赤黒いマグマにみすみすと自分を委ねてしまっただけかもしれない。

なぜなら、今改めて振り返ってみると、正直、その思いつきに戦慄してしまうからだ。俺は完全に冷静さを失っており、危ういところを歩いてしまっていた。


この時は確信犯と言えるほどの意識すらなかったのだが…もちろん今となっては言い訳にしかならないことは百も承知である。無能な上司や稚拙な経営の影響から人生が台無しになるなんていうことは、理不尽ではあるが、世の中を見渡せばどこにでもある。まして相手の過失だらけな今回のような場合であれば、自分で動かずとも、労働基準監督署なりに駆け込めば済んだであろう。

しかしこの時の俺の頭の中には、ただ一つの想いしかなかった。

「取られた銭はキッチリ取り返してやる!」

これまで自分が金の管理をしてきた関係上、どうすれば会社にバレずに金を回収できるかは、なんとなくではあるがイメージできていた。もちろん自分が事務所に潜り込むわけにはいかないから2人の主任に手を汚してもらうしかないが、しかしそれを実行すれば、安全な形で退職金分くらいは彼らに手当てできるだろう。


俺は一つ、大きく息を吐いて、現状を確認することにした。

「佐藤(元主任)のおっさんの閉店後の仕事の流れはどんな感じ?」

「いまは売上(管理)をやってもらってます。閉店の1時間前から1000円札と100円玉の回収をして、閉店後にすべての現金を持って3階に上がって計算しています」

「それってだいたい何時くらいまでやってるの?」

「100円玉が結構ありますからね。今は自分が教えながらやってるんですけど、そうですね…多分1時間半近くはかかってますかね」


当時のパチンコ店はまだまだ現金機が主流だったうえに、500円玉などなかったこともあり、100円玉の対処が尋常でないほどに大変だった。ホール内には全部で両替機が6台。1台につき40万円の100円玉を用意していたから、6台ともなれば24000枚にも及ぶ。

もちろんそれらは営業中に減っていくのだが、そのうちの多くは現金機に投入され、シマ内部のコンベアから金庫まで運ばれていく。そしてそれを最終的に売上金として集計しなければならないため、その回収や管理はかなりの重労働であった。


「それから売上をバッグに詰めて、2人で夜間金庫に行って入金を済ませます。大体25時にはすべての売上業務が終わる感じですね」

「そうか。では…」


そこまで言って、俺は口ごもった。






悪魔的閃き

実は、俺があの店に着任した時からずっと気になっていたことがあった。それは権利物コーナーの一番端の台の裏側に付いているディップスイッチだ。あまり見慣れないものだったため、当初は何に使うのか良く分からなかったのだが、ある日の閉店後、ふとそのことを思い出してスイッチから延びる配線を辿ってみた。すると、それは現金サンドの売上線に繋がっていたのだ。

それはつまりどういうことかというと、そのスイッチを切り替えてしまえば、現金の売上が一切ホールコンピューターに上がらなくなるはずである。権利物コーナーは22時からサービスタイムになるためその辺りから売上が急増するのだが、そこで売上をカットすれば、タイミングと効率的にぴったりだと思ったのだ。


もちろん、それで万事解決というほど簡単ではない。当時良く使われていた現金サンドは、お金を入れた瞬間にカウントする売上線、そして投入された100円玉がコンベアで運ばれ島端の金庫に辿り着いた時にカウントする売上メーターが存在し、この両方の数字をつきあわせることで不正(異常)がないかを監視していた。ここで誤差が出ればすぐにバレてしまう。

そこで俺は、盲点とも言える力技を考えた。ディップスイッチを切った瞬間、金を運ぶコンベアの電源も抜いてしまえば良いのではないか? と。そうすると、コンベアの中に金が停滞して詰まってしまう可能性もあったが、1時間の30台の売上は、フルに稼働したって35万程度だ。それくらいではコンベアの中が溢れ返ったりはしないだろう。

2人にそれを仕掛けてもらい、常務の釘調整が終わってホールに誰もいなくなったらコンベアの電源を復旧させ、金庫に100円玉を一気に落としてそれを回収すれば完了だ。もちろんディップスイッチを元に戻し、金庫のメーターとホールコンピューターは最後にクリアしなければならない。それを2〜3日繰り返せば、主任2人への退職金としては十分な額になる。


「佐藤がホールから集金して事務所に行くのは22時頃だな。奴が3階に上がったら、権利物コーナーの現金サンドの売上線をカットするぞ!」

俺はすんでのところで、その悪魔の号令を呑み込んだ。自分としては成功すると信じていたが、それが安全であるという保証は一切ない。試したことがあるわけではなく、あくまで仮定の話に過ぎないのだ。しかも成功したとしてもその成果はたかだが数十万なのだから、どう考えてもリスクがデカすぎた。それに、これはどうやっても言い訳できないくらいの犯罪である。

裏モノへの「仕込み」

はっとして我に返ると、2人が不思議そうにこちらを見つめていた。俺はふふふと自嘲気味に笑い、コーヒーを少しばかりすすって再び2人に向き合った。

「まずA主任。今日これから店に戻って佐藤の売上を手伝うと思うんだが、その前に録画用のビデオの電源を落としてくれ」

「え? 電源を落とす…んですか? そんなことしてどうなるんですか?」

主任Aはせっかちに聞いてきたが、ヤバい雰囲気を嗅ぎ取ったという風情ではない。

「まあひとまず話を聞いてくれ」

俺は声を抑え、A主任を手で制す。俺はここで悪魔的秘策を完全に捨て去り、自分がリスクを抱える方法に切り替えた。

とはいえ、2人に手伝ってもらわなければならないことに変わりはなく、どちらにせよ褒められたものではない。しかし、最終的に決めた方法は、そもそもホール自体が裏モノを導入するなど不正を働いていたという事実があるため、そこを突くと思えば罪悪感は消えていた(当時のスロットは"正規品"の方がむしろ"裏モノ"だとお客から責められるくらいの環境であった)。


「一般社員のホール業務が終わるのが24時30分で、夜間金庫に行く時間も24時30分だよな? ということは、その時間になると一時的にホールや事務所には誰もいなくなる。その時に機械にちょっとした細工をしてもらいたいんだ」

「まさか裏ロムを仕込んでそれでゴトをするとか? もしかしてそういうことですか?」

「はははは! そりゃいいや! 俺たちが自分で打って稼ぐとするか!」

「笑いごとじゃありませんよ!」

「いやいや悪い悪い。全然想像してないことだったからさ。万が一それがバレたら全員がブタ箱行きだし、それよりも、もし裏ロムを仕込んだ台に常連客が座ったりでもしたらタコ負け喰らうことになるだろう? そんな、お客に迷惑をかけるような真似はしないよ。あいにくそんなツテもないしな。ははははは」

そうおどけてはみたものの、A主任の目には、理不尽な仕打ちに対してどんなことでもやってやろうという決意が浮かんでいる。
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