■第15話:懲戒 常務編
有印私文書偽造と佐藤の復帰

  1. TOP
  2. パチンコホールの裏話
  3. 第15話:懲戒 常務編

退職した会社から届いたのは一通の封筒。その徹頭徹尾無機質な茶封筒は、しかめつらしい文言の羅列を予想させるには十分であり、良い予感などは微塵も纏っていない。

そういう意味ではある程度の面倒を抱えることを予想してはいたが、封を開け、目に入ってきた先方の『お知らせ』には、さすがに面喰らってしまった。




「懲戒解雇通知書…か」

とりあえずはっきりしたのは、今回の一件を『円満退社』で決着させるつもりはないという先方の強い意志だ。勤務最終日に常務が言った甲高い声とその言葉が脳裏に蘇ってくる…。

「退職願は頂きました。しかし私は承認していません。自分の仕事の後任を置いて、きちんとした形で辞めるのが筋なんじゃないですか?」

どうやら、あの時点で既にここまでの絵図を描いていたのだろう。辞めた人間にはビタ一文たりとも払いたくない。おおよそ腹の内はそんなものだろう。


例のカード事件に関しては以前細かく書いたように、俺はあくまで徹底解明の方針を求めたものの、上層部の「これ以上は追及する必要ナシ」という判断から手打ちとなっていた。しかもちゃっかりと警察には被害届を提出して受理されているため、損失金として処理されているのだ。

それは表面的には損失だが、結果的に節税対策となっており、会社としての損失はないに等しいものとなった。その責任を今になって俺になすりつけてくるとは…。


そしてもう一通、俺が入社時に説明を受けて捺印した職務規定書のコピーが同封されている。そこに書いてあるように「あなたは自分で誓約した職務規定に違反していますよ」ということをわざわざ教えてくれているのだろう。

しかし、俺はすぐに、当時の職務規定には存在しなかった"13号"が新たに付け加えられていることに気付いた。なぜそれが分かったのかといえば、新入社員に対してこの職務規定を読み上げ、そして各条項について細かく説明する担当こそ、まさに自分だったのである。文章の内容はもちろんだが、細かい一語一句まで俺は把握していた。


ちなみに、新たに加えられた13号の内容はこうなっている。

「第13号 社員は退職または解雇の際、会社に対して債務があるかもしくは債務があるとみなされる場合、すみやかに弁済しなければならない」

なるほど。この一文を付加することにより、給料も退職金もすべて取り上げようという魂胆なわけだ。

それにしてもこの「第13号」、ここだけ書体がゴシック体になっていてバレバレではないか…随分と舐められたもんだぜ。有印文書偽造行使ってのは罪が重いんだぜ? このまま労働基準監督署に駆け込んでやろうか、それとも詐欺容疑で告訴してやうか…。ふつふつと湧いてくる怒りの中、俺はあることを思い出し、その考えに耽っていた。

若い主任2人の悲痛な叫びと佐藤の復活

ちょうどその時、自宅の電話がけたたましく鳴り響く。不穏な音色を帯びた断続的なコール音が退職した店舗の主任の声へと変わると、「どうしても相談したいことがあるのですぐに会ってもらいたい」ということだった。

いつも明るく振る舞っている彼が余りに様子が違ってしまっている。不測の事態が起こっていることは明らかであり、とても放っておけるような状態ではなかった。俺は手短かに外出の準備を済ませ、待ち合わせ場所へ向かう。


指定された駅の改札を抜けてすぐ目の前に目的の喫茶店はあるのだが、電話をかけてきた主任、そしてもう一人の主任も店の前に立っていた。俺の顔を見ると2人は少しほっとしたようだったが、久し振りの再会を懐かしんでいる場合ではないようだ。俺は彼らを店内へと促した。

そしてすぐにでも話を聞こうと思っていたのだが、オーダーを済ませて彼らの様子を見ていても、2人とも下を向くばかりで一向に切り出す様子がない。


よほど言いづらいことなのかもしれないとは思ったが、それでは埒が明かない。それならばと、俺は彼らの顔を下からのぞき込み「どうしたの?」と声をかけてみた。すると、やはり言いにくそうな趣ではあったが、俺に電話をかけてきた主任が口を開いた。

「実は…。今日のことなんですが、勤務中、常務から『事務所に来るように』と言われまして。僕ら2人ともです。何だろうと思って事務所に行ってみたんですが…」

そこで一旦、言葉は途切れる。

「そこで、今月いっぱいで退職して下さいと言われました…」

「何だって? 今月いっぱいって…あと5日しかないじゃないか!」

思わず俺は叫んでしまった。
続きを読むには
会員登録が必要となります