■第12話:崩壊 常務編
儲かれば何でも良い…だと?

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大型の新台入替を境に、万年3番手(つまり最下位)に甘んじていた自店もやっと戦いの舞台に立つことができる…と思った矢先の出来事だ。連日盛況だった新台のパワフルとエキサイトジャック、これらほぼ全台のスタート入賞口に開店直後から玉が挟まるというアクシデントが発生。

これはパチンコ店として絶対にあってはならない事態であり、現場は文字通り『地獄絵図』となっていた。俺は必死にクレームに対応し、混乱を究めた現場をどうにか収拾して事務所に戻った。


鈍い疲労感が全身を覆い尽くす。思考まで鈍ってきたが、それでも前日の状況について様々な考えが頭の中を巡っていく。常務から回転数を落とせという指示が出ていたので、昨晩は自分なりに最善の調整をしたつもりである。そしてその後、納得できるまで念入りに試し打ちを繰り返し、自分としてはほぼ万全の状態で仕事を終えたと自負している。

どう思い返してみても朝から釘に玉が挟まるという状況が導き出されることはなかった。万が一何らかのミスがあったとしても、これほどの規模で事故が起こるなんてことはありえない。それならば考えられることはただ一つなのだが…その結果次第では俺の存在自体が否定されることになる。それを受け入れる覚悟はできているのか? そう自問自答しながら震える手で受話器を手に取った。

連絡した先は、警備会社である。俺が釘調整を終えて帰宅した後、何者かが警備を解除して店に入り、釘を調整しなおしたとしか考えられない。自分が店を出たのは明け方の6時頃、そして主任が出勤したのが8時半頃である。この空白の2時間半で何が起こったのかを知る必要がある。


「6~8時頃に警備を解除して店に入った人間はいますか?」と警備会社に尋ねてみたところ、予想はしていたが、最悪の答えが返ってきた。

「お問い合わせの件ですが、朝の6時10分に解除になっています。その後、閉められたのは…1時間後の7時ですね」

何と! 俺が店を閉めてからわずか10分後の出来事だった。そうなると、俺の動向を観察した上での行動だったのかもしれない。

「それと…」

警備会社は報告を続ける。

「警備を解除されたのはキーカード002番の方です」

さっそく手元にあるキーカード一覧表で002番を確認してみると、そこに記載されていたのは常務の名前であった…。やっぱりか。こうなると慎重にいかなければならない。

真実を突き詰めるべく次の行動に進んだ。自店では二重のセキュリティ対策として、店内の監視カメラは深夜でも録画を続けているのだが、その映像を確認してみることにした。デッキを動かしながら、録画用のテープを早送りする手が震えているのが自分でも分かる。


閉店後の店内を映す映像はひどく単調だった。人が居るわけでもなく蛍光灯も消えているから、モニターには録画映像なのかどうかも分からなくなるような漆黒が広がるばかりである。飲みこまれそうなほどの闇が続く。

警備が解除されたという6時10分に近付いてくるとより緊張が高まり、ほどなく突如モニターが明るくなる。店内に照明が点けられたのだ。

入口の扉が開くと…そこにいたのは間違いなく常務であった。店内に入るなり躊躇なくパワフルとエキサイトジャックのコーナーに向かい、そして10分程度で釘を調整して帰って行った。


俺はこれを見て愕然とし、誇張抜きで椅子から滑り落ちてしまった。釘師というものは皆、自分の技術に命をかけて戦っている。俺はまだまだ駆け出しで技量自体は足りなかったかもしれない。しかしその分、お客に迷惑をかけるような台を提供することを避けるために人並み以上に試し打ちを繰り返しクオリティを高めようとしてきた。そこには自信を持っている。

それがどうだ? ここに費やした時間と努力が、モニターの中で無残に踏みつぶされていく。これは釘師にしか分からない感情かもしれないが、自分の心を土足で汚された気分である。料理人の世界であれば、丹精込めて作ったスープに、知らない所で勝手に調味料をドバドバと入れられて客に出されたようなものだ。しかもその結果があの地獄絵図である。到底受け入れられるものではない。

今にも暴発しそうな感情を抱えながら、俺は常務に真意を聞こうと思った。青臭いかも知れないが、常務がすべてを話して謝罪してくるのであれば今回のことは胸に収めておこうという気持ちにはなっている。ひとまず、常務が出勤してくる閉店後まで待つことにした。