パチンコ店の全ての責任者の前には、必ずと言っていいほど大きな壁が立ちはだかっている。店の利益設定に関するオーナーとの対立という巨壁だ。
オーナーという人種が口にするのは、「機械は買うな」「玉は出すな」「経費はかけるな」「売上を上げろ」「利益を上げろ」程度で済んでしまうくらいで、それらの語彙しか知らないのではないかと思うほどに執拗である。
もちろん理解できる部分もあるにはあるのだが、そこには長期的視点というものが大きく欠如しており、目先の利益確保しか考えていないのがバレバレで手に負えない。そんな浅い考えに馬鹿正直に従っていては、お客さんはたちまちいなくなってしまうだろう。そのあたりの感覚は、やはり毎日現場に出ている人間でないと分からないものなのかもしれない。
ただし、逆に「玉を出せば客が店に足を運んでくれる」というのも極めて底の浅い話で、それでどうにかなってしまうほど簡単ではない。しかし、ここ一番というところで『無理にでも玉を出していかなくてはならない時』というのが、パチンコの営業に存在するのもまた事実である。
それができないホールは新台導入からただひたすら釘を閉めていくしかなく、最初は上手くいくかもしれないが、お客は馬鹿ではないから、そんな営業を続けていれば店に対して期待を持たなくなるだろう。その結果は言わずもがな、いずれ飽きられて二度と来店されることはなくなる。
さらに悲惨なのが、そういったやり方の失敗に気付いて釘を開け始めた途端、どこで聞きつけたのか知らないが目端の利くプロ連中がわんさかとやってくることだ。そうなると本当に酷いものである。プロに甘い汁だけ吸われ、より一層状況を悪化させるばかりだ。
これは俺がパチンコ生活者であった時から肌身で感じていたことであるし、実際にそういう営業スタイルで閉店に追い込まれた店舗をいくつも知っている。それだけにオーナーがなんと言おうと、ここ一番という見極め、そしてそれに見合った出玉が必要なのだという信念は揺らぐことはない。そして、自分にとっての『ここ一番』がまさに今回の入替だったのだ。
明日から稼働がぶっ飛びます
しかし…である。そんな自分の勝負どころは一顧だにされなかった。俺は店としての目標と利益の設定、そして出玉の計画なども含め、すべてのことを常務に相談してきた。結果的に常務の考えを入れて妥協せざるを得ない部分もあったが、いずれにせよ上司の裁定を得てやってきたのだ。
しかも当初は計画通りに事が運び、見向きもされなかった弱小店に、ようやく朝から多くのお客が来るようになったのである。これを成功と言わずなんと言うのであろうか?
そんな明るい兆しが見えた矢先の事である。たった1日の赤字営業のデータを見て常務は豹変してしまったのだ。変節した。いや、そんな高尚な言葉は必要ないだろう。ただ単に腰が引けた、つまりビビったに過ぎない。
「予定表なんか関係ないです! ゴールデンウィークに出すなんて気が狂っています。明日から回収してください!」
この暴言に俺は耐え難い怒りに悶えた。一緒に登ってきた(…と思っていた)はしごをいきなり外されたのだ。
「分かりました。釘は閉めます。今まで努力してお客を付けてきましたが、明日からぶっ飛びますけどよろしいですね?」
俺としてはこう言うのが精一杯の抵抗。しかしその言葉に常務は一切反応せず、ただただこう繰り返すのみである。
「ゴールデンウィークですから閉めて下さい」
常務がそう言い捨ててその場を立ち去ると、御しがたい怒りもさることながら、同時に自分の無力さを強く感じざるを得なかった。入替作業や釘調整、毎日の激務、これらは本当に苦しい仕事なのだが、しかしそれでもお客が増えればそんな思いなど簡単に掻き消えてしまう。それくらい本気になってそのことばかり考えているのだ。
お客が増えれば自然とそれを取り巻く環境も変わっていく。お店の雰囲気が良くなり始めて社員にも元気が出てきた。チームワークも強くなってきた。何もかもが好転する兆しを見せ始めた時だっただけに、今回のことは余計にやりきれない思いが募った。
仕方ないか…と何度も思ったが、やはり諦めきれない気持ちが圧倒的に勝ってしまう。簡単に諦められるような覚悟でやってきたわけではないから当然だろう。
そこで俺は、ここまで培ってきた精一杯のテクニックを駆使し、常務に分からないような釘調整を施し(つまり、表面的には閉めているように見える調整)、パワフルとエキサイトジャックを回し続けるという作戦を考えた。
これはあまり一般的な手法ではないのだが、『釘の根元調整』と言われるものである。ちなみに、これから書くことは昔話であるので、そのつもりで読んで欲しい。
釘というのはもともと盤面に対して直角に打ち込まれている。そこからどれほど釘を調整してみても、基本的に釘の付け根が支点となっているため根元のサイズは大きく変わらない。
しかしこの根元調整というのは、文字通り釘の根元付近をペンチで閉めこんでしまうのだ。そうすると、釘の手前部分(ガラス側)を大きく開けても根元が閉まっているためにそれほどの開け調整とはならない。もっと言えば、釘が開いているように見えても、根元が狭くなっているので実際には玉が入りにくいのだ。
根元調整というのはそういった騙し的要素のある調整なのだが、俺はその逆を狙って調整を施そうと思い付いた。つまり、根元を開けて手前を閉めるというやり方である。これは一見すると釘が閉まっているように見えるのだが、根元が開いているために実は玉が入賞しやすい。
常務の調整の仕方は散々見てきた。いつも釘の手前しか計測していないので、この方法であれば、常務は自分が指示に従っていると思うに違いない。俺は1台1台丁寧に時間をかけて調整していった。
緊急事態! 玉がヘソに引っ掛かる!
翌日。朝から自宅の電話が鳴りやまない。何事かと受話器を上げると、声の主は主任であった。
「アタマキタさん! 新台のパワフルとエキサイトジャックのコーナー…全台スタートチャッカーに玉が引っ掛かってしまいます! 早く来てください!」