■第8話:問答 常務編
常務のオカルトを攻略せよ!

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突如としてオーナーの息子である常務(実質的な営業責任者)が登場し、その異次元的な思考や言動に振り回される日々が続いていたのだが、そんな首をひねらざるをえない言動と施策とは裏腹に店舗の稼働は好調に上昇。思いもよらず営業は安定軌道に乗り始めた。すっかり"テコ入れ"に成功した常務だが、こうなると閉店後のデータを確認しに来ることぐらいしか用がなくなってしまったようだ。

色々あったが結果的に平和が訪れたわけだから良しとするか…と思ったのも束の間、今で言えば『ダースベイダ―のテーマ』が流れるような雰囲気の中、コーホーコーホーという呼吸音…ではなく、ふんふんと鼻息を荒くして常務が現れた。


ある日、出勤してみると自分の机の上にドラッグストアのビニール袋が大量に置いてあった。これは何事かと思い袋の中を調べてみると…ん!? なんだこれ!?

大量のジャイアントキムコが袋の中に積まれていたのだ。これは直感的に常務の仕業だろうと思い、目の前にいた事務長に聞いてみると、やはり常務が昼間に来て机の上に置いていったようだ。

「キムコ」というのは、ご存じの方も多いと思われるが、これは主に冷蔵庫などで使われていた。当時の定番商品で、脱臭や除湿などに効果があるとされている。

とりあえずひとつずつ取り出して机の上に並べてみると…何とその数40個! 一体これは!? さすがに意図が見えずに混乱して困っていると、袋の下から常務が俺に残したと思われるメッセージが出てきた。その内容は…


アタマキタさん、明日からこれを使ってください。
常務


「!?!?!?」

使用方法など言わずもがなと言わんばかりの書き置き…いやいやいや、まったく分からんよ!

困った…謎は謎のままである。ちなみに、ホールの冷蔵ショーケースは、ドリンク用として2種類設置してあった。まずはそこに使うとして、それと社員用の食堂の冷蔵庫に使ってそれで3個。もうこれ以上使う場所が見当たらない。しかしあと30個以上も残っているのだ!!

仕方ない。これは俺の想像を超えている。考えても無駄だと思い、常務が来た時に聞こうということで、ひとまず3つの冷蔵庫にキムコを投入し、残りはしまっておくことにした。

除湿剤とリノの不思議な関係

閉店後。やってくるなり常務は口火を切った。

「机の上に置いておいたジャイアントキムコですが、もう設置されましたか?」

来た!!!

俺は恐る恐る答える。まだ謎は謎のままなのだ。

「ホールの冷蔵ショーケースと食堂、3カ所の設置を完了しました。それでも随分残っていますが…残りはどこに使用するのでしょうか?」

俺がそう弱々しげに答えると、常務は勝ち誇ったかのような態度で説明してくれた。

「はぁ? 冷蔵庫に設置…ですか?」

「す、すみません…違いましたか?」

「何を考えているんですか? これはスロットのリノに設置するものですよ!!!」

「???」

リノというのは、当時一世を風靡していた連チャン機なのだが…いや、どう考えたってそこには辿り着かないだろ!? というか、「リノに設置するんだ!」と答えを聞きだした後でも何のことかさっぱりわからない。何を考えているんですかと言われても正直困惑と混迷が深まるばかりだったのだが、親切な常務は"理論的"に解決へ導いてくれたのである。

「最近リノ(の爆裂)が止まらないのは、機械内の湿度が高すぎて、基板に悪影響を与えているのが原因です。それにこの街はまだトイレが汲み取り式です。汚水槽から込み上げてくる悪臭も、間違いなく出玉に悪影響を与えます。それをこのキムコで抑えるんですよ! なんで分からないんですか!? スタッフが帰った後で、全台に設置してください!!!」

「…」

お願いだからそんなまっすぐな瞳で力強く語らないで欲しい。


正直に言うとその場で笑い転げたいくらいのネタなのだが、相手が真剣過ぎて笑いたくても笑えない。込み上げてくる衝動を抑え、辛うじて常務に返事をした。

「かしこまりました。今から設置します!」

そして俺はせっせとキムコの封を切り、リノの台を開けてキムコを詰め込んでいった。リノのパネルを開けると、リールの左側にはジャイアントキムコ! な〜んて素敵なお店なんでしょうか。


現場ではお客様から毎日のように色々と聞かれたらしい。当時はスロットの自動補給などはなく、コインが切れると専用のコインスコップを持って補充していた。毎回台を開閉させるのだから気付くお客様も多かっただろう。

「いま何か黄色いのが入ってたけど!? 開けて見せてよ」

と言われることが多く、スタッフには、

「汲み取りの匂いを消臭するために使っています!」

と答えてもらっていた。いま思えばこれも従業員教育の賜物かと(笑)。現場の従業員には申し訳ない思いもあったが…。

稼働と店を守るための反旗

しかし、俺にはこれで嵐が過ぎ去ったとは思えなかった。この状況をそのままにしておいて、もしリノの出玉が治まったらどうなるだろう!? 今度はパチンコ全台にジャイアントキムコを設置すると言いかねないだろう。というかそうなるに違いない。

それはさすがに店としていただけないと思い、今度は俺から仕掛けることにした。それは、キムコを入れた後も出し続けるということだった。


そうすることは簡単である。高設定をブチ込んでおけば良いだけの話だから。ただし常務は出玉を抑えたいわけだから、そこに反旗を翻すが如く露骨に高設定を使って還元しては非常に印象が悪い。

そこで俺は、設定表に設定1と書いてあった数台を、帰り際に高設定に変更しておいた。そして常務が閉店後に出社する23時30分までに、すべて元に戻すという作業を繰り返すことにした。常務には申し訳なかったが、この頃のリノはようやくお客様が付き始めた機械で、せっかく火がつきかけているこの稼働を飛ばすわけにはいかなかったのだ…。結果としてキムコ効果は現れることはなく、常務の思惑は実らずに終わってしまう。


そんな経緯もありキムコが話題になることはなくなったが、しばらくしてリノも時代の波に呑まれ徐々に台数を減らしていき、その多くは陽の当たるホールではなく倉庫の暗がりへと設置場所を移すことになっていた。稼働中の機械が壊れた時などに部品交換用として重要な役目を果たしていたのだ。

そんなある日、部品取りのために倉庫に置いてあるリノをふとを開けると…リールの横で変色して寂しく横たわるキムコが目に入った。

うん、キムコお疲れ! 今度生まれ変わったら冷蔵庫に行こうね! …そう思いながら、リノの扉をゆっくりと閉めたものでした。
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