■第4話:不信 店長編
偶然捕まえた蛇の尻尾

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パッキーカードが"霧散"した事件の後はこれといったトラブルはなく、日々が淡々と過ぎ去っていった。もちろん胸糞悪い事件が起こるよりは平和な日常に押し潰される方が遥かに幸せではあるのだが、俺の気分は平穏などというものとは程遠い。最悪を極めていた。表面上は俺が始末書で手打ちすることで解決したことになっていたが、俺は多方向に手を回し、その後もカードの件で色々と調べていたのだ。

3週間ほど経った頃だろうか。カード会社の営業マンから連絡が入り、盗まれたパッキーカードが都内の金券ショップで売られていたこと、そしてそれがすでに他の店で使われてしまっているということが判明した。

こうなると後の祭りで、もうどうすることもできない。当たり前だが、被害届を出しているわけでもないのだから警察は動かない。これは"事件"ではないのだから…。これらの話はすべて自分の中にとどめておくことしかできず、そのことが心の中の"おり"として身体を重くしていくばかりである。調べるだけ無駄であった。何とも後味の悪い結末だ。


それだけならまだしも、この"事件"から何もかもが変わってしまった。人間関係とは脆いもので、かろうじて機能していた歯車は音を立てて軋み始め、その不協和音は崩壊への序曲を奏でているようだった…というのは格好よく書きすぎだが、まぁとにかく何もかもうまくいかなくなってしまったのだ。

佐藤主任との関係は当然ながら悪化するばかりであったが、その影響は事務長にまで伝播していく。今になって思えば単に難癖をつけていただけだと分かるが、その頃の事務長は重箱の隅を突っつくような細かいことをいちいちねちねちぐちぐち文句を言って俺をひどくイラつかせた。事務所内のほうきの位置が違っているだの机の上が片付いていないなど…気に食わないことはすべて俺のせいだと決めつけ責め立ててくる。


こんなこともあった。その当時はホールでの仕事がメインであったので、俺が事務所にいることはほとんどなかった。しかしある日、入替の図面のことで2〜3時間ほど机にかじりついていたのだ。

これは本当にまれなことだったのだが、その日の夜、思いもかけず女社長から電話がかかってくる。嫌な予感しかない。何だろうと黙って聞いていると、ホールに出ずに事務所でサボっていたのではないかという叱責を頂戴した次第である。

告げ口する奴もどうかしているが、それを鵜呑みにする奴はもっとどうかしている。「こんな苦痛な事務所にいるくらいならホールに出て客やスタッフと話をしていた方がよっぽど気が楽だ!」という呪いの叫びが喉までせり上がってきたが辛うじてこらえた。

このように、まともに仕事をしていてもいつ何時足元をすくわれるか分からないという最悪な環境に身を投じていた。一分の隙も見せずに仮面のように表情を消して働かなくては生き残れないかもしれない、そんな最悪な空気感であった。

飲み屋のママがキーマン

冒頭の繰り返しになってしまうが、俺の気分はこのように最悪を極めていたのである。こんなことでヤメるわけにはいかない、大人にならなければという想いは俺としても強かったのだが、何をきっかけに暴発するか…それは俺にも分からなかった。それは今日かもしれないし明日かもしれない。そんな綱渡りの状況で、キーマンが登場したのだ。

それは新装開店初日のことだった。俺は夕方の開店を無事に終え、スタッフを帰したあとで翌日の調整を行なっていた。その時の新台は忘れもしない、三共の初代フィーバーパワフルである。

その当時としては珍しい若手の営業マンと一緒に釘を調整していたのだが、お互い年齢が近いということで話が弾み、調整を終えた俺らは近くの飲み屋で一杯やることにした。

しかしもう結構な時間である。駅前に出たものの居酒屋は軒並み閉まっている。仕方なく路地裏の灯りを頼りに一軒のスナックを見つけ、その店に飛び込みで入ることにした。


店内には常連らしき客が4〜5人ほどカウンターで飲んでいた。何やら随分と盛り上がっており誰もこちらの存在は気付かないようだったが、俺ら2人はその後ろを通り越してボックス席へと腰を下ろした。

ほどなくして、お店のママだろうか、こちらに気が付いておしぼりを持ってやってきた。酒のメニューを見ていた俺だが、おしぼりを受け取ろうとその女性を見た瞬間…これが体に電気が走るということかと感動するくらい見事なまでに背筋に衝撃が走った。

それは忘れもしない…俺が大事に育てていた社員の山瀬が解雇された原因となった手紙を送りつけてきたアルバイトの女だったのだ。

パチンコ店で働いていた時とは化粧映えしていて随分と様子は違っていたが、それは間違いなく「A子」だった。A子は俺に気付くと悪びれた様子もなく、「お久しぶりです。その節はお世話になりました〜」と満面の笑顔で話しかけてきた。とりあえず俺は彼女自身の口から話を聞かせてもらおうと思った。


すると、A子がパチンコ店を辞めた本当の理由は、俺が育てていた山瀬にしつこく付きまとわれたからだった。彼女としては、親切に仕事を教えてくれる山瀬に好感は抱いていたようだが、さすがに、同じ職場で奥さんと働いている彼と付き合いたいという気持ちはなかったという。

しかしある日、仕事のことで話があると山瀬から呼び出され、食事に誘われた。そこまでは良かったのだが、その後意気投合して数軒飲み歩き、挙句飲み過ぎて記憶を失い、気付けば男女の関係になってしまったということだった。まぁここまでは良くある話ではあるのだが…。

その頃A子にも付き合っている彼氏がいて、さすがにマズいと思い、二度とこんなことがないようにと山瀬に言い聞かせたらしい。ところが山瀬は奥さんと別れるから付き合って欲しいと言って聞かなかった。

困ったA子は山瀬を避けるようにしていたが、遂にはA子の彼氏のところにまで押しかけ、別れてほしいと詰め寄るという常軌を逸した行動に出るに至り、話はより一層ややこしい展開になってしまう。

こうなるとどうにもならなくなり、A子はパチンコ店のアルバイトを辞めざるを得なかったということだった。それからしばらくして、友達が経営するこの飲み屋を手伝っているのだという。


A子から聞いた話は、以前事務長宛に送られてきたという、あの手紙の内容とほぼほぼ一致していた。それにA子の語り口にはリアリティがあり、嘘をついているとは到底思えなかった。

それはそうだろう。もう俺は彼女の職場の上司ではない。直接的な利害関係もないわけで、嘘をつく理由もないのだから…。

俺はA子の話を聞くに及び、これまで山瀬に対して抱いていた想いが吹き飛んでしまった。と同時に、人間に対しての不信感が強まっていくのを感じた。
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