■第15話:狼煙 班長編
抜け目なく不正を仕掛けるナカムラ

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「クソ出ねぇなこの店は! 当たりも出なけりゃ玉も出てこねぇ。てっめぇ! 何かしてんじゃねのーか!!」

奴は怒りを爆発させて鋭く威嚇してきた。目の前でここまでの大声で怒鳴られると、相当に腹が据わっていなければ萎縮してしまう。さもなくばこちらが興奮して喧嘩沙汰になるか…。

だからこんな言葉にイチイチ反応してはいけない。腐ってもナカムラである。言い返せば揚げ足を取られるだろうし、奴だってこっちの話など聞いていないのだから、まともに向き合うだけ損だ。

そこで俺は、軽くあしらって台を開けようとしたのだが、まだまだ引き下がるつもりはないらしい。今度は台をガンガンとぶっ叩いて邪魔をしてくる。どこまでも面倒な野郎だ。

これがナカムラと店員の日常風景であるから、普通の神経をしている店員が参ってしまうのも無理はない。だが、今日は特別な日である。これからこいつに降りかかるであろう未来を思い浮かべると、この悪足掻きが滑稽に思えてきた。

抜け目なく不正を仕掛けるナカムラ

「すみません。台を開けますね」

俺は駄々っ子のようなナカムラには構わず、笑顔で話しかけながらゆっくりと台を開けようとした。しかし奴は椅子に座ったままだ。その場を立つ気配もなくこちらを睨んでいる。俺は仕方なくそのまま鍵を差し込み、台を開けた。

角度にして30度ほど、窮屈に開いた台の隙間に半身を捻じ込んで裏側を見てみると、予想通り仕込んだビスが玉の通路に引っ掛かって玉の流れをせき止めていた。俺は右手でそのビスを掴み、胸ポケットにそそくさと回収。そして何もなかったかのように台を閉めた。

パチンコの血液とも言える玉がじゃらじゃらと台の裏側を脈打ち、間もなく、先ほどまで払い出されなかった玉が上皿に勢いよく流れ出た。

俺はその玉がすべて出終わるのを見届けてから、サービス玉を入れるためにガラス扉を開ける。いつものように上皿の玉を2発拾い上げ、そしていつもと変わらず、盤面右端のおまけポケットにそれを入れた。

その時だった。ふと違和感を覚えた瞬間、下からナカムラの手が伸び、一発台の大当たり入賞口に玉を入れようとしているではないか! とんでもないクズだ! 俺は咄嗟に反応してガラス扉を閉めようとした。

焦ったナカムラは挟まれまいと手を引き抜いたが、俺の動きの方が一瞬早く、ヤツの手はガラスと盤面の間にみじめに挟みこまれている。流石のナカムラもこれには参ったようで、「イテテテ」と大きな声を上げた。


これは本当に虚を突かれた。危うくミイラ取りがミイラになるところだった。それにしても、こんな時まで不正をする隙を窺っているとは、途方もない悪党である。ひとまず俺は手元を緩めてガラスを開けると、ヤツの手をおろして笑顔で話しかけた。

「こんなことで大当たりしても無効ですよ? それに、これは歴とした犯罪ですから絶対に止めて下さいね」

すると奴は、「こんなの冗談に決まってるだろ!? 本気になってんじゃねーよ」と不敵な笑みで返してきた。

性根まで腐りきった悪党だなぁ…とほとほと呆れ返った。というのも、俺はこれが冗談ではないことを既に知っているからだ。俺は新人の女子店員がナカムラの対応をした時の"事件"を思い出していた。


ちょっと前の話になるのだが、その日もトラブルで玉が出なくなってしまい、彼女は台を開けて処理をした。そして作業が終わってサービス玉を入れようとしたちょうどその時、ナカムラは台の横に置いてあったお茶に手を引っ掛けて床にこぼしたのである。

女性店員はそのハプニングに慌ててしまい、一瞬ではあるが床に気を取られてしまった。するとどうだろう、気付けば台が大当たりしていたというのである。

大当たり入賞口に玉を放り込まれたとしか考えられないが、その瞬間を押さえたわけではないので、残念ながらその時点でナカムラがやったかどうか確証は取れない。しかしどう考えても不自然なので話を聞こうすると、奴は何食わぬ顔でガラス扉をさっさと閉め、「入った入った」と大騒ぎをして打ち始めたのだった。


後から話を聞いた俺と主任だが、その日の夜、録画されたカメラ映像で疑惑部分を繰り返し見てみた。すると確かに、ナカムラの手が台の下方から盤面に伸びているのが分かった。そしてその不審な手の動きと前後してナンバーランプが光り、大当たりが発生している。

ビデオを見ながら、ため息が出ると同時に猛烈な怒りが込み上げてきた。しかし残念だが、後からこんなことが分かったとしても意味はない。基本的には現行犯でなければ捕まえられないのだ。

翌朝、スタッフを集めてこの映像を見せ、2度とこのようなことがないようにと注意喚起したのだが、いままさにそれと同じことが俺の目の前で再現されようとしていたのだ。今回は辛うじて防げたものの、予備知識がなければまんまと出し抜かれていただろう。いずれにせよこの因縁が示すように、今回のことが冗談であるわけはない。

不敵に笑うナカムラに殺意に近い苛立ちを感じながらも、俺はガラスをゆっくりと閉めてその場を立ち去った。と同時に、これですべての仕掛けが整ったことになる。

コーナーポストでフライング待機

俺はナカムラから離れ、そのままメガトロンの島も後にした。もちろん逃げたわけではない。俺はビスを仕掛けたあの真裏の台へ再び移動し、履いていた革靴を静かに脱いだ。気持ちを落ち着けようと、煙草の煙が充満する店内の空気を大きく吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。

これから俺は台の上皿に足をかけ、そしてゆっくりと島の上へとよじ登る。そして、プロレスラーがコーナーポストからフライングアタックを決めるが如く、俺はナカムラに襲いかかるつもりだ。そして奴の息の根を止める。本気でそうするつもりだ。


ついに俺の頭も沸いたかと思うかもしれないが、信じて欲しい。まだ辛うじて大丈夫である。…と思う。

とにかく、ここでも冷静に対処しなければならない。あわてて登って島が大きく揺れるようなことになれば、ヤツに気付かれてしまう。そうなったら全てが水の泡だ。俺は呼吸を止め、そして腕に力を込め、静かに島の上によじ登った。


別の島から見ていたスタッフは目を丸くして様子を窺っている。あまりに予想外の出来事で面喰らっているのだろう。俺の突飛な行動を目の前にして、支持を約束した3人の中には強烈な後悔の念が巻き起こっているかもしれない。しかし、もう遅い。ここまで登ってきてしまったのだ。引き返すことはできない。

俺は島上からナカムラをひっそりと見下ろしていた。ヤンキー座りをキメながら、息を殺してヤツの様子を監視していた。そんな姿を想像するとちょっと笑ってしまうかもしれないが、この時の俺は大真面目、本気も本気だったのだ。


しばらくすると、不思議なことが起こった。ナカムラが打っていた台のガラス扉が、不意に開いたのだ。