ナカムラがあの回収釘に固執した理由はなんなのだろう。素人がそのわずかな違いを見抜けないのは当然だが、毎日的確に優秀台を掴んできた実績を知っている俺からすると、どうもしてもこの日の選択は腑に落ちない。
「なんで今日に限って…あっ!?」
今朝の何気ない開店直前の残像が脳内を駆け巡る。瞬間的に全身が粟立ち、気が付けば俺は朝イチの開閉不良のトラブルで移動した台の前に立っていた。そう、この台こそ、この日ナカムラが打った場所にもともと設置されていたものである。
「ナカムラが打つ予定だったのはこの台なんじゃないか?」
いてもたってもいられず食いつくように盤面を覗き込むと、これを武者震と言うのだろうか、全身を電気が駆け巡るような感覚に襲われた。予想通り、ナカムラが打った回収台とは全く趣を異にする釘の姿がそこにあった。
ナカムラにしろマネージャーにしろ台が移動されるなんてことは想定外だろう。もちろん俺も意図したものではなく、時間的な限界に迫られて入れ替えたにすぎない。そしてたまたまトラブルが生じた台が、アイツらグルの仕込み台だったのだ。
まさか趣味でやっていた朝の釘チェックがこんなところで役に立つとは思わなかったが、俺はこれをもって、2人がツルんで店から金を抜いているということを確信した。少なくともナカムラに関しては完全にクロだと言えるが、あとはマネージャーの方の裏が取れるかだな…。
「読み上げ」業務で得た確信
以前にも書いたが、部長がいた頃は、釘の開け閉めは閉店後の清掃時に行なわれており、その様子は誰でも見ることができた。しかしその役割が部長からマネージャーに取って代わられると、役職者以外のスタッフを全員帰してからでなければ釘調整は行なわない方針になった。つまりどの台をどう調整しているかというのは、いくら釘読みができたとしても、それは推測でしかないということだ。
リスク管理という意味ではその方針は決して間違いではないのだが、陰謀を暴こうとしている自分からすれば不都合この上ない。以前の自分の立場でいる限り、どの台が調整されているかを知ることはできないからだ。重要な情報にダイレクトにアクセスするには役職に上がる必要がある。そして、疑いの兆候なり、不正の萌芽なりを押さえるには、それが行なわれている現場に居合わせ、確実な証拠を掴まなければならない。
そう、俺が死ぬ思いで通し勤務をやり抜いたのも、俺が班長の昇進をすんなり受け入れたのも、オベンチャラまで使ってマネージャーの信頼を勝ち取ったのも、すべて調整の様子を間近で見るためだったのだ。そして遂に俺は反撃の機会を得た。心優しい部長を裏切ったマネージャー、そして従業員に精神的苦痛を与え続けるナカムラを葬り去るチャンスが。