天津飯とコカ・コーラ
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BIGを引く。それはパチスロ打ちが持つ原初的欲求のひとつである。何も教えられずとも獲物を狩る肉食獣のように、たとえ生まれて初めてパチスロに触れたという者であろうとも、7絵柄を揃えたいという欲求は自然発生的に生ずるのである。

そんな本能レベルの欲求を超人的な理性で1000G近くもの長きに渡り抑えつけてきた俺がひとたびそれを解禁した日にゃあ、そりゃもう溜まりに溜まったヒキが爆発して10G以内にBIGを引くに決まっている。

――まぁ、10Gでは引けなかったし、何ならさっきの第1天井からのAT2連の出玉もノマれたけど、追加投資の1000円でBIGを引いてほしい。

――まぁ、その1000円では何も引けなかったけど、総投資が30000円を超えてしまう前にはBIGを引いておきたい。

――そして、30000円が消えた。持ち金は55000円あったから残り25000円。まだまだ全然、焦るこたぁねぇよ。この台のBIG確率、ちゃんとは知らねぇけど多分アレでしょ、設定1でも1/400とかでしょ? こちとらもう1600Gハマっとんじゃ。4倍ぐらいハマってるじゃんかさ。さすがに当たるでしょう、もうすぐさぁっ!!!!

ふーーっと鼻から大きく息を排出して、俺は勢いよく立ち上がった。店員を呼び、右手で箸を持ち左手にどんぶりを持つかのようなジェスチャーをして食事休憩をとりたい旨を伝えた。俺の台のデータ表示器に刻まれた1622Gという数字をチラッと見て、ホール店員は漫画みたいに2度見しやがった。言葉には出さないが「マジっすかお客さん、めっちゃハマってんじゃないすか、この状態でメシっすか、お疲れっす」って感じで笑いかけてきたので、瞬間的に「どーゆー意図で俺にスマイルしとんじゃ」とむかっ腹が立ったが顔には出さないようした。40分以内にお戻りくださいとの店員の言葉に無言で頷き、俺は店の外へと出た。

自動ドアが閉まることで店内の騒音が小さく封印されていく感覚を背中で受け止めながら、まずはマルボロに火をつけて冬の空気とニコチンをミックスして肺へと送り込む。

中野通りに出て少し南下したところにある、いつ行っても客がほとんどいない豚骨ラーメン屋へと入り、豚骨ラーメンと半炒飯と餃子セット980円を注文し、5分ほどでテーブルへと運ばれたそれらをスープ含め7分で完食・完飲し、立て続けにタバコを2本吸う。

煙草の残り本数が少ないので、ホールへ戻る途中のコンビニで午後の紅茶のミルクティーとマルボロ1箱を買い、いまだにBIGを1回も引けていないアホアホマシーンの前に再び座った。


パチスロに限らず、物事には流れというものが存在していて、その流れを上手く掴むことができればスルスルッと色んなことがスムーズに展開するものである。つまり、悪い流れの時には食事休憩を入れるなどしてその流れを断ち切り、一拍置いてから遊技を再開すれば、おのずとすぐにBIGとかが引けるのであり、俺の豚骨ラーメンはまさにそれを狙ってのことである。別にメシなど食わずともよかったのだ。にもかかわらず、あえて、食う。こういった儀式が――この台のBIGを――


……全然、呼び寄せない。

マジでBIG引かない。何ならREGすら引かない。

総投資は43000円になっていた。ゲーム数は驚愕の1999Gである。

空から恐怖の大王がくる。アンゴルモアの大王が蘇ってしまう。

この台を打つ前まで、財布には55000円あった。その金は俺が俺の貴重な人生の時間の一部を労働に費やして手にしたものであって、サンダーV2だとか名乗る本来ならば人間様に相対する価値すら持たないたかが機械類ごときがひたすらに飲み込んでいい金ではない。ジャラジャラとメダルを吐き出すならまだしも、BIGすら当てずに43000円も使わせやがるのは人道的犯罪の類いである。

第2天井まであと401Gなワケだが、残りの金は1万円なので届くかどうか微妙である。さきほどの豚骨ラーメン&半炒飯&餃子セットと帰り道に買ったタバコ&午後ティーで余計な出費をしなければ12000円あったから2400Gに届く可能性が高まったてたのに。やっちまったかもしれぬ。

ぶわっと変な汗が首から背中にかけて噴き出した。

えっ。危機的状況じゃん。絶体絶命じゃん。

最悪なのは、全ての金を使い切った上に天井直前でヤメ、他の誰かに特大チャンスをプレゼントしながら爆死帰宅するという目も当てられないパターンである。

逆に最高にハッピーなのは、今から使う1万円でBIGは引かずにREGやATだけを引き、何とか第2天井まで到達して爆出しするという大逆転パターンである。

というか最高にハッピーパターン以外の全てのパターンは最悪パターンである。今から2000円だとか5000円だとか1万だとかでBIGを引いたところで、ンなものはクソの役にも立たないのである。この台はATに入れないと話になんないんだから。


とりあえず、最後の1万円を10枚の千円札に両替し、俺は1打1打を祈るように打った。ここからは8枚の払い出しがあるベルの引きがとても重要になってくる。何しろ1000円につき40G以上は回さないと第2天井の発動に辿り着けないかもしれないのだから。AT機だからベルは高確率で成立してるハズなので、押し順をエスパーできればコイン持ちを大幅にアップさせられる。第3の目を開眼させるならば今この時しかあるまい。

俺は脳内で強く天さんのことを思い浮かべた。天さんとは言わずもがなドラゴンボールの天津飯のことである。第3の目を持つ天さんは押し順とかがわかりそうなのでテレパシーで教えてもらう。天さんの命じてくる押し順ナビに従いつつ、また、BIGという魔物に背後から刺されぬよう注意しながら俺はズンドコ打っていった。

シビュッというレバーONの音、ペウ、ペウ、ペウ、というボタン停止音――文字通り、今日だけで2000回以上は聞いたお馴染みの音が一定の速度で鳴り響く。

第3ボタンを押した時、全リールが消灯した。そして、液晶内でずーっとやる気のなかったペプシマンが突然、オーラをまとって飛び始めた。ペプシマンはボーナス絵柄を目標にして飛んでいる。

めちゃくちゃ嫌な予感がした。この演出は1Gで完結する。このまま見守っていたらペプシマンが目標であるボーナス絵柄をぶち抜きそうな予感がした。

結末を見たくなさすぎて、俺はマックスBETボタンを叩くことで演出をキャンセルしようと思い立った。もちろん内部的にボーナスが当たっていたら演出をキャンセルしようがしまいが関係ないが、この演出は最後まで見てはならぬ、と俺の本能が叫んでいた。

「気功砲!!」つってマックスBETボタンをぶっ叩くと、液晶には無情にもボーナス確定画面が出た。

「馬鹿野郎!!!!」

俺は叫んだ。そして意味のない行動だとは頭で理解しつつも頭上のデータ表示器を見上げた。2098G。第2天井まで残り約300G。残りの夏目漱石は7人。

「REGじゃなかったら殺すREGじゃなかったら殺す」

俺は歯を食いしばりながら小声で台に対して脅迫の言葉をかけた。手荒い真似はしたくはないが、背に腹は変えられない。もはやコイツを機械として扱うコトは出来ぬ。人格を持った存在として扱う。だからつまり言葉を使用して脅迫し、てめぇがやる気ならやったんぞ、という気迫を見せておかねばならぬ。こんなとこでBIGを出してくるような野郎は放っておいたら人の世に災厄をもたらすに決まっているのだ。俺が今のうちに滅しちゃうぞ。それが嫌ならREGで頼む。ほんとに。マジで。REGで。



果たして、それはREGであった。

これは第2天井へ行けという天の啓示だろう。REGで112枚もらえたから、ギリッギリのところで第2天井にも届くだろう。さっきボーナス確定画面が出た時は心臓止まるかと思ったけど、このREGが引けてなかったらマジで第2天井直前で帰宅するハメになってたかもしれないしマジでサンキューです、ペプシマンさん。俺、しばらくコカの方のコーラは飲まないっす。あざす。

と思いながら、REG終了後の通常時1G目のレバーを叩くと、液晶の画面が真っ白になりシビビッとか言いながら黒いイナズマのWマークが出現した。

嘘でしょ。1G連ですか。いやいやそんな馬鹿な。スイカですよね。よしんばスイカ否定でボーナスだったとしてもREGですよね。2000G以上ボーナス0回だったのに急に1G連するとかメリハリが効きすぎですぞ。マジでBIGだったらアレだかんね。アレすっからな!!!!

左リールを止めてみたところベル・リプ・赤7が停止し、スイカは枠上におわした。この時点でスイカ否定なので、ボーナスである。

このボーナスはREGでないと死ぬほど困るっつーか、死ぬ。

中リールにチェリー・赤7・チェリーを止め、とっても綺麗な赤7右上がりテンパイに対して俺はガンを飛ばした。

「てめぇクラァ、赤7揃ったらテメェこの野郎、どーなっか分かってンだろうな」

ブツブツと声に出して凄んではみたものの、実のところは恐怖でいっぱいで、これがBIGだったら店長を呼ぼう、と思っていた。そして誠心誠意、俺の現状を理解してもらうべく言葉を尽くそう。このBIGは放棄するので、俺が使った48000円(そのうち2000円はメシとタバコ代だけど)を返してもらえませんか、と。

リーチ目にガンを飛ばしながらブツブツ言いつつ、その胸中では店長への泣き落としを画策するという情緒のぶっ壊れぶり。しかし、それも仕方あるまい。それほどにここでのBIGは理不尽なのだ。

そうは言っても右リールで赤7を蹴って、BIGを否定するかもしれない……という淡い期待は見事に打ち砕かれた。

右上がりに赤7が揃い、BIGが始まった。本日初BIG。おめでとう、殺す。

BIGで380枚ほどゲットし、その後のCZでは1回も小役を揃えることができず、俺はメダルを流した。451枚。9000円。48000円使って9000円戻し。朝は55000円あったのが今は16000円。39000円負け。アホくささフルMAXでフィニッシュ。


俺は店を出た。早足で近くのコンビニに入り、炭酸飲料が並んでいるところでペプシコーラのペットボトルを渾身の軽蔑を込めて一瞥し「クソ野郎」と小さく呟いて、コカコーラのペットボトルを手に取り、買った。

別に冬の往来でキンキンに冷えた炭酸飲料など飲みたくはない。しかし、これが唯一、俺にできるペプシへの落とし前なのだった。


【続く】
アツいぜ
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