レッツ・ジャグリングin崖っぷち
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深夜1時過ぎの恵比寿に放り出された俺とトゥンは、上がった息を整えながら、光に集まる蛾のように繁華街の方へと歩を進めた。

トゥンはアメスピを咥え、両手をコートのポケットに突っ込みながら言った。

「火ィない? 火ぃ」

俺はライターをトゥンに放った。

「やるよソレ。俺いっぱいあるから」

実際、5個ぐらいある100円ライターでポケットはパンパンだった。なお、ポケットに5個もライターが入っている理由は謎だ。トゥンはタバコに火をつけ、目を閉じて深く吸い込んだ。そして、「始発動くまで、居酒屋にでも行こっか」と言った。

適当に見つけたチェーン店の居酒屋に入り、通された掘りごたつタイプの座敷席に座ると、なんだかついさっきまでホテルの事務所で偽造ポイントカードを作っていたことが現実のことだとは思えなくなってきた。だが、俺のコートの左のポケットには100枚ほどの偽造カードが確かに存在している。

「とんだ邪魔が入っちゃったなぁ。ツヨシという名の」

「まぁ本名かわかんないけどな」

「それはどっちでもいいわ。オーガ、大丈夫かな?」

「わからん。メールしとけば?」

「そうね」

俺は携帯を取り出し、オーガにメールを打った。文面は一言、「大丈夫っぽい?」だけだ。

席についた今、やや手遅れ感もあるが、一応お互いの所持金を確認しておく。トゥンは2600円持っていた。一方の俺は2万1000円持っていた。

「そんだけあれば無敵だな」

トゥンはそう言って、「何食いたい?」とか言いながらメニューを広げだした。金を持っていないヤツが言ったら変な感じになるセリフ第1位が「何食いたい?」なのに、こいつは何を言ってるんだろう……などとは微塵も思わない。俺が金を持っていない時にトゥンに奢ってもらった回数なんて数知れずである。

それにそもそも、俺やトゥン、その他大学でツルんでいる5人ほどの酒好き集団においては、飲み代は金を持ってるヤツが出す、という文化が形成されているため、トゥンの有り金を超えた分の会計は俺が持つことに何の不満もない。

ただ忘れてはいけないのは、俺が持っている金はこれ全てフレンド電からの借金ということだ。


安くてたくさん飲めるという理由で頼んだ焼酎のボトル&氷&ウーロン茶のデキャンタセットが届いた。さらに、揚げ物を主としたツマミが所せましとテーブルの上に並んだ。

「サウザーが食うヤツだなコレは」

「いやそんなに豪勢じゃないだろ、ハムカツは食わねぇよサウザーは」

などと言いながら乾杯。互いに1杯目をほぼ一気のような形で飲み干したところで、俺たちは本題に入った。

「さて……作った偽造ポイントカードは…ざっとこんだけだ」

俺はカードの束をテーブルに置いた。トゥンがそれを手にとり数えだす。俺はその間に2杯目のウーロン茶割を作ることにした。

「……7…8…と。うん、全部で118枚あるね」

「嘘っ!? 思ったよりあるじゃん!! ちょうど100枚ぐらいかと思ったけど」

「で? 今、ロクの家には純正のカードどれぐらいあるんだっけ?」

「100枚ぐらい…正確には103枚」

「つまり合計209枚か」

「何で? ちがくね? 221枚でしょ。どーゆー間違い? 100歩譲って繰り上げをミスるのはまだわかるけど何で1の位で間違うワケ? キモい脳だな。昨今の大学生の学力低下ぶりには目を見張るものがある…とかそーゆー次元じゃないぞ」

「うるさいな、1回でいっぱい喋るなよ! 221枚ね。1枚5ポイントだから……?」

「え…っと、1105ポイントだな」

「それだとどんな台が打てるの?」

「ジャグラーの設定5」

「それ、いいの?」

「いや、よくはないよ。本当はAT機が打ちたいんだから…5000ポイントあればAT機の設定6が打てる…」

「5000かぁ〜…1000枚いるわけだ」

「そうだよ。今日は2時間で118枚作った。ツヨシが社員を呼ばなかったら倍以上は作れただろうけど、それでも200から300枚ぐらいだろ? だからオーガのシフトがある別の日にまた作りに行くつもりだったけど…」

「いやでもさ、そもそもさ、そのパチ屋がこのイベント…ってーの? …を始めたのって最近でしょ? そんな短期間で1000枚もカード持ってるヤツいたら怪しまれるくね?」

それは直視したくない懸念事項だった。なのであまり考えていなかった。しかしトゥンがそう考えるというコトは、パチ屋の奴らだって似たような考えに至るということだ。

「やっぱそう思う?」

「思うよ! 怪しまれたうえに偽造だってバレたら、かなり面倒くさいことになるんじゃねーの。警察とか…」

「お出ますかな?」

「お出ますかもね」

酒の味が一気にまずくなったところで俺の携帯が震えた。見るとオーガからのメールだった。

そこには「大丈夫だけど大丈夫じゃない」と書かれていた。

「何だよコレは。哲学的命題か?」

「…わからん、今度聞いとくよ」

そう言って、俺は3杯目のウーロン茶割を作った。


オーガから話を聞けたのは翌日の夜だった。携帯の電話口から聞こえてくるヤツの声は何故か上機嫌だった。

「順番に言うとさ、社員が来たじゃん? お前らが事務所から退却したのと入れ違いに。そんでさ、社員は俺のことかなり信用してるから、ツヨシがワケわかんないこと言ってるって思ってるワケ。でも流石にツヨシと社員が直で色々と話したらヤバいことになるかな〜って思ったから、社員さんには帰ってもらったんだよ。『俺がツヨシに真相を聞いときますから』って言って。『なんかツヨシ、今日も精神状態が変な感じだったんで…』とか言って。トリッキーな虚言癖野郎だけど同じバイト仲間として心配もしてるんです風の演技したよ、俺。そしたら、社員さんは素直に帰った。そんでさ、ツヨシが仮眠から起きてきた後に買収した」

「買収!?」

「うん。社員にチクらないでいてくれたら2万払うって」

「2万!?」

「うん。だから、偽造カードで高設定打って勝ったら、そのうち2万はツヨシに払うから」

「な…なるほど…。まぁ必要経費…なのかな」

「だから、そこまでは『大丈夫』なんだよ。だけど…」

「そうだよ。お前のメールは『大丈夫だけど大丈夫じゃない』って、やまだかつてないWinkみたいな感じに…」

「『さよならだけどさよならじゃない』ね。うるさい、最後まで聞け。大丈夫じゃないのは、プリンターがぶっ壊れたってこと」

「えっ!? 俺らが壊した!?」

「わかんねー。そうかも。とにかく壊れた。煙出てた。笑ったわ」

「笑うとこ、ソコ!? 謎の感性すぎるだろ」

「社員さん、事務所のドア開けて『ムォッ』とか言ってたよ。ガハハハ。そんでコップに水入れてさ、チョロ〜〜ってプリンタにかけてんのよ。『何で煙出てんのぉ』とか言いながら…ヒヒヒ、コップでチョロ〜〜ってガハハハッハッハ」

「いやいや、あの…その場にいないと面白さが伝わんないヤツで爆笑すんなって…」

「マジ笑ったわぁ…ま、とにかくよ。もうウチでは偽造カードは作れないから。どうする?」

「どうするって……どうしよう」

電話を切った後、こたつの上に本物のポイントカードの山と偽造ポイントカードの山を置いてみた。改めてマジマジと両方を見比べてみたが、やはり見分けはほとんどつかない。両方合わせて221枚。1105ポイント。これで勝負に出るべきなのか、否か――。




…などと、かっこつけて悩んでいた頃が懐かしい。その翌日、俺は手持ちのポイントで勝負に出ることを決断せざるを得なくなってしまっていた。

その要因は2つあった。ひとつ目、ポイントカードのデザインが変わった。ふたつ目、俺の頼もしきファイナンシャルパートナー・ふれんど電の突然の豹変、である。

ふたつの衝撃は両方とも今日、俺を襲った。まずは午前11時、いつものようにホールで来店ポイントをもらうべく適当な台に座って待っていると、店員から手渡されたポイントカードのデザインが一新されていた。

黄色を基調に赤い太字で「5pt」と書かれていたデザインから、だせェ紫の下地に蛍光ミドリで「5pt」ってプリントされててマジにセンスがなかった。さらにラミネート加工もなくなっていて、ただの厚紙になっていた。

そして俺を絶望させたのが、裏面のハンコである。ハンコによって印字されているのは、店名と年月日であった。つまり、いつカードを発行したのかが刻印されているというコトだ。

「今まで貯めたカードはどうすりゃいいの?」と俺は店員に聞いた。すると店員は、「使えるっすよ。たりまえじゃないスか、ははっ」とミッキーマウスみたいに笑ったので、俺はこめかみがピクピクした。

これで、たとえ他のパソコンとプリンターを見つけて偽造カードを量産しようとしてもダメになってしまった。ハンコを偽造するのは難しいだろうし、そんな気力もない。

むしゃくしゃしたので俺はそのまま大花火を打って5000円ぐらい負けて、むしゃくしゃを増大させた状態でいつもの如く餃子の王将に行き、健さんが焼いた餃子セットと単品で焼きそばも食った。暴食というヤツだ。


必要以上に大量に食うことで精神的なダメージをちょっぴり回復させた俺に、ふたつ目の絶望が訪れた。それは携帯電話の向こうから聞こえる女性の声だった。

「ロクロウ様の携帯電話でよろしかったでしょうか。こちらはふれんど電でございます。あっ、ご確認ですがご本人様でしょうか。はい。ロクロウ様の1回目のご返済の期日がすでに過ぎておりまして、こちら、ご返済のご予定をお聞きしたいのですがいかがでしょうか。えぇ、はい。えっ? さらにご融資ですか? それは無理ですね。………はい、では、はい。明後日までに振り込み、ないしは当店まで直接来店くださいますようお願いいたします」

脂汗をいっぱいかきながら、電話を切った。そして「ついに、生まれて初めてオフィシャルな感じの借金返済の催促をされてしまった…」という謎の感慨にふけっていたが、急に我に返り、財布の中身を確認してみた。

――トゥンと恵比寿の居酒屋に行った時には2万1000円あった、そこでアイツが2000円、俺が5000円払ったから残りは1万6000円、そんで朝方帰ってずっと寝て、夜にコンビニで弁当とヤンマガとタバコ勝ったから1000円ぐらい消えた、オーガと電話して寝て、そんで今日、さっき大花火で5000円負けた……から、残りは…1万円!!!

1万円しかない!!!!!!!!!!

てゆーか、餃子セットとやきそば食っちゃったから、さらに減る!!!! 9000円切る!!!!!

ぱぁぁ。



危ない。精神的負荷に耐えられず頭がお花畑になるところだった。落ち着かねばならない。俺は煙草に火をつけた。

心のどこかで、軍資金はふれんど電から無尽蔵に引っ張っれると思っていた。当然だがそんなワケがなかった。それどころか明後日には利子だけでもふれんど電に帰さなければならない。

さっきの電話口の女性は喋り方こそ丁寧だったが、借金をする人間に対する侮蔑がうっすらと口調に滲むのを隠そうとはしていなかった。むしろ、そういった喋り方こそが債務者にふれんど電の恐怖心と忠誠心を植え付ける有効な手段だと考えているようですらあった。

マズい。状況は一気に崖っぷちである。こうなったらもう、明日にでも1000ptを消費して大勝ちするしかない。

漫画や映画では、絶体絶命のピンチを目前にした主人公は、己を奮い立たせるためにあえて不敵に笑ったり、気合を入れるために何らかの身体的なアクションを起こしたりする。それにならって俺も何かやろうと思ったが、とくに思いつかなかったので割り箸のさきっちょを餃子のタレにチョンっとつけて、それを舐めておいた。

「やるっきゃねぇ…ってことですな」

決戦は明日。軍資金は8000円。敵はジャグラー。



【続く】
アツいぜ
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