上京してきた長渕ファンの曲者率
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「お前バカ野郎!!! 白黒じゃん!! 白黒じゃんよ!!!」

俺はオーガの両方の頬をしっかりと両手で挟みこみ、己の額をオーガの額にくっつけて絶叫した。

「なしてカラー印刷せんじゃったの!? この妖怪すね毛蟻地獄野郎ッ!!!! ひあぁああぁ〜〜〜あぁ〜も〜〜うダミだぁ〜、お終いじゃっ!」

謎の方言を駆使しつつの怒りの咆哮を繰り出す俺。しかし、オーガは落ち着き払っていた。

「バカ。これはサンプルだよ、本物はちゃんとカラーだから」

そう言って、ケツポケットをまさぐりもう1枚、カードを取り出した。きちんとカラーで印刷されたその偽造カードは、1度シャッフルしてしまえば本物のカードと区別できないほどの出来ばえだった。

俺は1秒でその場に正座し、オーガの両膝を抱擁して頬ずりした。

「信じておりました。アナタ様を。俺は。あの日、高2で同じクラスになった時からお前だけは面構えが違う、俺はそう思っておりましたよ。穢れなき眼(まなこ)を持った男だって」

そこまで言ってから、オーガの手元のカラー版偽造カードを引ったくり、マジマジと眺めてみた。

素晴らしい出来だった。本物の方とも比較してみると、使用している紙も同じ物のように見えた。もっとも、本物はラミネート加工がされており、偽造版は現時点ではむき出しの紙なので、正確にはわからないが。

「次はよ、大量に印刷してラミネート加工すりゃいいんだよな」

オーガはそう言いながら煙草を口に咥えた。売れっ子ホストばりの手慣れた手つきでライターを着火し、オーガの煙草に火を灯す俺。

「イグザクトリー。その通りでございます」




3日後の夜23時、俺はトゥンと恵比寿駅の喫茶店にいた。そろそろオーガからの連絡が携帯に入ることになっている。店には1時間ほど前から入っているので、コーヒーはとっくに飲み干しているし、水に入っていた氷も全て噛み砕いて胃に入れてある。吸殻は小さな灰皿ギュウギュウに詰まっていた。

23時過ぎになればオーガのバイト先のビジネスホテルの社員が帰る。そうすれば事務所にはオーガと他の学生バイトだけになる。さすがに仕事中にずっと偽造カード作りに勤しむわけにも行かぬので、俺たちが召喚されたというわけだ。

「ワクワクが止まらねぇなぁオイ、トゥンよ。トゥンさんよ!」

俺は自分でもウザさを感じるほどに有頂天だった。だが、それはトゥンも同じだった。

「ほうじゃのう、ロク。それもこれもワシが偽造カードを作りゃあえーが、って思いついたけぇじゃのう、えっ?」

正月に広島に里帰りしたことでトゥンは広島弁に戻っていた。さらに、計画が順調に進んでいる嬉しさからか仁義なき戦いの登場人物のような喋り方になってしまっていた。

テーブルの上の携帯が震えた。通話ボタンを押す。

「今から来て」

オーガの一言が聞こえ、すぐに切れた。

トゥンと目を合わせ、互いに無言で頷き席を立つ。コートを着こむトゥンを尻目に、俺は伝票を持ってレジへ。ここの会計は俺が出しておく。コーヒー2杯だけなのに2200円というふざけた値段設定だったが、近い将来パチスロで勝ちまくることが確定している今の俺にとってははした金である。

賑やかな大通りから細い路地に分け入り、飲み屋の密度がまばらになった通りにそのビジネスホテルはあった。何故かわからないが周囲を警戒しつつエントランスへ入ると、フロントで四角い帽子に紺のブレザーの制服を着たオーガがおり、その横にも同じ格好をした同年代と思われる色白の青年が立っていた。

オーガは「入って」と短く言いながら、フロントの中へと俺たちを招き入れた。

フロント内で立っているオーガじゃない方の男と目が合ったので軽く会釈した。しかし彼は露骨に目を逸らした。のみならず嫌味な感じでため息をつき、舌打ちすらしたように見えた。その態度に言い知れぬ戸惑いを感じたが、とにもかくにも奥の事務所へと進む。

俺に続いてトゥンも事務所に入り、オーガはドアを閉めながら口を開いた。

「さて…と、じゃあそのパソコンで…」

「待て待て待て、彼は何? あの色白君は? あんな感じでいいの?」

俺は声を低くしながらもオーガに詰め寄った。

「いいのいいの、アイツは。マジで何考えてるかわかんないヤツだから」

「いやいやいや、明らかにイラついていたよ。お前アレか、彼に話通してないんか。そんなら彼の態度もああなるわ。そりゃそうだわ、夜勤バイトで同じシフトのヤツが勝手に友達連れて事務所に消えてくんだから。意味がわからんだろうに」

「大丈夫だって、いいから説明するぞ。このパソコンからカラー印刷で……」

オーガがそこまで説明した時、突然事務所のドアが乱暴に開いた。

ビビリすぎた俺の心臓から「ミ゛ッ」みたいな音がして、紅の時のYOSHIKIのドラムぐらいの速さに鼓動が加速した。見るとそこには色白君がいて、こちらに目を合わせないまま「見回り〜」とだけ言った。

オーガはそれを聞いて舌打ちをしながら壁掛けの時計を見た。そして、「あのさ、5分待てる? つか勝手に入ってくんなよ。フロントで待ってて」と感じの悪さMAXで言い捨てた。色白君は無言でドアを閉めた。

「………ちょっとぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

ほとんど泣き顔になりながら、俺はオーガに苦言を呈さざるを得なかった。しかしあくまでも小声である。

「お前、何なのさ、どうしたのさ、そんな感じ悪い感じでお前。色白君に何故にあんなにも冷たくあたるのさ。誰とでも仲良くやれるのがオーガ君のいいところじゃないの。先生悲しい」

オーガの肩を揉みながら俺はそう言った。視界の端っこでトゥンも頷いている。

「アイツはいいんだって。バイト仲間の財布盗むようなヤツだし」

「えっ、マジで?」

「ウンコしても毎回流さないし。何回注意しても」

「どうなってるのそれは、何が彼をそうさせるの」

「いっつも長渕聞いてるし」

「それはいいだろ許してやれ」

色白君が窃盗癖を持つ己の大便を1秒でも長く便器に残しておきたいタイプの長渕ファンであるという情報は、何故か急激に俺に落ち着きを取り戻させた。

オーガの説明を受け、俺とトゥンは仕事に取り掛かった。まずは1枚、テストでプリントアウトしてみる。

トゥンがマウスを操作し、画面上の印刷ボタンをクリックすると、近くにあるプリンターがガタピシと音を立てた。そして、ウィ、ウィ、ウィ〜〜〜、ウィ、ウィ〜〜〜、ウィ、ウィ〜〜〜、ウィ、ウィ〜〜、ウィ〜〜〜〜と永遠を感じさせるほどの時間をかけて、偽造カードのデザインがA4の用紙の中央に印刷されたものが1枚出てきた。

「おっせぇ!!!!」俺とトゥンはほぼ同時に叫んだ。オーガが「静かにしろっ」と顔をしかめる。

「文句ばっか言うな! とにかくコレでどんどんプリントアウトして、カードサイズに切り抜いて、そんでラミネート加工しろ。とりあえず俺はフロントに戻んないとだから」

そう言ってオーガは事務所を出ていった。

事務所のドアの向こう、つまりフロントでオーガと色白君が何か話しているような声が少しだけ聞こえて、静かになった。先ほど色白君が言ってた「見回り」ってヤツに行ったのかもしれない。

すーっと息を深く吸い、仕事への集中力を高めた。プリントアウトするのに15秒ほどかかるのも、紙をカードサイズに切り抜かねばならないのも想定外ではあるが、今さら四の五の言っても仕方がない。とにかく偽造カードを作るべし。偽造ポイントカードを大量生産し、高設定を打ってお金持ちになる、その野望を果たすべく朝まで頑張るべし。

プリンターへの紙の支給は手作業でこなさねばならなかったが、支給トレイは20枚ほどのキャパがあった。そのため、20枚の紙をそこにセットし、画面上で印刷枚数を「20」と設定してワンクリックするという流れを取ろうと考えたのだが、2枚目で紙が詰まってしまった。

ポンコツ極まりない。紙詰まりを解消するのに膨大な時間のロスが発生したので、トレイには紙を1枚支給、印刷数も1枚ずつ、きちんと印刷が終了したら次の1枚へと移る方式を採用した。トゥンが紙を支給して印刷ボタンを押す係を担当し、俺は出力された紙をひたすらに切り抜いた。ラミネートはある程度の枚数が貯まった後にまとめてやろうという魂胆である。




紙を切るという単純作業も10枚、20枚とこなしていくうちに徐々に熟達していき、職人としての才能が今まさに花開きつつある俺だったが、心の中ではオーガの色白君への言動を反芻していた。

オーガは財布を盗まれたのだろうか? いや、そんな話は聞いたことがない。他のバイト仲間が被害にあったのだろう。オーガは意外と友情に厚いところがあるし、どちらかと言うと怒りのツボが「周りの人間が被害を受けた」という場合に押されることが多い。

まぁ確かに財布を盗むのはよくないが…それでも、おそらく疑惑の段階を出てはいないのだろう。でなければそのままバイトを続けることはできまい。窃盗未遂事件があったのかもしれぬ。もしくは限りなく黒に近いグレーな状況証拠があったのかもしれぬ。

俺は色白君の姿や顔を累計で10秒も見ていないし、声もちょっとしか聞いていない。そんな刹那ともいえる邂逅から得た印象ではあるが、悪い奴じゃないんじゃないかな、と感じていた。気弱そうだし神経質そうだが、一緒に笑ったら案外人懐っこい笑顔を見せてくれそうな……。


などと、とりとめのないことを考えていたら、あっという間に2時間ほど経っていた。小さな事務机の上には、ラミネート加工による照り返しが燦然と輝く偽造ポイントカードが100枚ほど貯まっていた。

「へっへっへっへ…いい調子だぜぇ〜トゥンよぉ〜〜」

「ほうじゃなぁ」

「そろそろ広島弁はいいんじゃねぇの?」

「なっ…まぁ、うん、そうね」

トゥンがそう言って、ググッと背中を伸ばした時だった。突然、事務所のドアが開き、オーガが見たことのないような焦り顔で入ってきた。

「デテデテデテデテデテデテ」

最初、俺はオーガが何を言っているか分からなかったが、右手をしきりにヒラヒラさせて手招きしていることから「出て」という言葉を高速で繰り返しているのだと理解した。言うまでもなく「事務所から出て」であろう。

オーガは俺とトゥンのコートを引ったくって、俺たちに押し付けつつ、「社員来た社員来た社員来た社員来た社員来た社員来た」と目を泳がせながら言った。

それを聞いた俺は、背中に嫌な汗がドッと吹き出たものの、頭の片隅ではオーガの「社員来た社員来た社員来た」の言い方が「ピザって10回言ってみて」って言われた人の一部が何故かすごいスピードで「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」って言う感じに似てて何だか可笑しいなとも思っていた。

「アイツ、チクりやがったあのバカ、ツヨシのヤツ!」

オーガは鬼の形相で俺たちをドアの方へと追いやった。

事務所のドアから転がるように出て、狭いフロントから滑るようにエントランスへと脱出した時、自動ドアが音を立てて開き、外からスーツを着た大柄な40代ぐらいの男が入ってきた。コイツが社員だなと俺は直感でわかった。

その瞬間、フロントの内側にいるオーガが突如として、「どうされますか、ご宿泊は?」と俺たち2人に声をかけてきた。

それを聞いた社員と思しき男は、俺たちに頭を下げた。どうやら俺たちを客と認識したようだった。

「あぁ、やっぱちょっと高いんで、あの、やめときます」

俺は宿泊料金を訊きに来た客というテイでオーガにそう言って、出口の方へと歩き始めた。後方からオーガと社員の会話の声が聞こえる。

「オイ、ツヨシから不審者がいるって連絡あったぞ」

「はぁ? マジっすか? また出ました? 虚言癖」

「かぁ〜〜〜〜またかよアイツ。ウンコは流さないわ、ウソばっか吐くわ、どーなってんだよ」

「ハハハ、っスよね。いやマジお疲れ様っす。すんません、なんか…」

「いや尾形(オーガの本名)くんが謝ることじゃないけどさ…で、アイツどこ?」

「見回りして仮眠ルームだと思います」

「起きたら説教だな…バカツヨシが」


背中で会話を聞きながら、俺とトゥンは顔を見合わせて自動ドアから路地へと出た。そのまま無言で競歩レベルのスピードで早歩きをして、終いには全速力で走り出した。とにかく現場からなるべく距離を取りたかった。

緊張から解き放たれた安心で、俺たちは爆笑しながら夜道を走っていた。

「ぶははっはははは!! 焦ったぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」

「心臓止まるかと思ったわ!」

「何が起きたの、マジで」

「いや、わからん、あの色白君が社員を呼んだんだろうけど」

「ツヨシのこと? 本名かな?」

「は?」

「それとも長渕好きだからつけられたあだ名かな?」

「死ぬほど知らねえ!!!」


窃盗癖、ウンコ放置癖の挙句にどうやら虚言癖まで持っているらしい男・ツヨシのせいで、カード偽造計画に思わぬ邪魔が入ってしまった。

何なんだ、お前は。ツヨシよ。



【続く】
アツいぜ
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