夜勤明けのモノクローム
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「よぉ、例のアレ。できたぞ」

オーガの芝居がかった台詞と、我が友がやってくれたという嬉しさで半分寝ぼけていた脳が急速に覚醒していった。

「ちょっとだけ待って」と言いながら、俺は仰向けに寝た状態のまま、携帯電話を自分の胸の上にかかっている毛布の上に置いた。そして、手探りで頭上右上あたりにあるはずのマルボロの箱を探す。ライターとともにゲットして1本取り出し口にくわえる。へそから下はこたつに入っていて、へそから肩までは毛布をかけてある状態の俺は、天井を見つめつつ再び携帯を手に取った。

「できた…ってマジで?」

「マジマジ! ハッハハ!! 寝てたのか!? マジだから今すぐ起きて!!!」

オーガはどうやら通りを歩きながら電話してきてるようだった。うっすらと奴の周りの雑踏の音が聞こえる。

「起きてるよ、というか起きたよお前の電話で。そんで…」

「とりあえず出来たは出来たんだけどさ、夜勤明けで俺今すんごい眠いの。わかる?」

「わか…」

「ね? わかる? 眠いから寝たいんだから、今からこれからロクの家行くから。それでね、それでね、ウフフ! そんで夕方まで寝るから。わかる? わかっていただける? オホホホ!」

「うるせーよ! 夜勤明けのせいでテンション変な感じになってんじゃねぇよ!」

「ピッ」

「……? 何の音?」

「携帯切った音」

「切れてねーじゃん。口で言ってもダメなの! この突っ込みも多分違うし。うるせー意味わかんねーんだよ馬鹿コッチは寝起きなんだよ!」

携帯は切れていた。

徹夜明けに人間のテンションが変になるのは別におかしなことではないが、寝起きでそんなヤツと話すのはなかなか面倒くさい。だが、最後の「ピッ」と口で言っておいてから時間差で実際に通話を切るというのは思い返してみると若干の面白さがあるので、俺は「グヴゥッ」とモテる男だったら絶対にしない感じで笑ってしまった。

携帯の液晶を見ると9時を少し回っていた。オーガが恵比寿から俺の家に来るのは30分後ってとこだろう。俺は今からパチ屋に行くので、オーガとは入れ違いになる。


俺は外出する際に鍵をかけるという文化を持たないので、来訪者は俺が不在でも勝手に部屋に入れる仕組みなっている。逆に鍵をかかっているということは俺が中にいる時である。逆だろ! と昔誰かに言われたが俺はそうは思わない。

俺の部屋には盗られて困るものはほとんどない。そりゃこたつとかテレビデオとか持っていかれたら激怒するだろうけど、そこらへんは俺、中野の治安を信じてる。だから外出中は鍵なんかかけなくてもいいのである。それに仮に鍵をかけたいと思っていたとしても、この部屋に入居して1ヶ月も経たないうちにうちに合鍵も含めて紛失してしまったから無理なのだ。

では、逆に部屋の中にいる時には何故鍵をかけるのか。それは俺の家に訪ねてくる友人どもはノックをするといった最低限かつ基本的なマナーを持ち合わせていないからである。ほぼ全員がいきなりドアノブを回してガチャ空けしてくるので、すごく心臓に悪い。こちとらアダルティーなビデオを嗜んでいることだってまぁまぁの確率であるのである。

さらに他の理由として、もし白装束に身を包んだうえで鉢巻きで2本の懐中電灯を頭に固定し、2本の鎌を両手に持って裸足にローファーを履いた完全無欠のサイコパスとかが突如として俺の部屋を襲撃してきたらヤバい、っていうのもある。


俺は開店と同時に例のパチ屋に行き、とりあえず適当に大花火に座った。カド台である。出る気がする。

4000円使ったところで、レバーONと同時に鉢巻きリール回りっぱ演出が来た。俺は「もらったな」と思った。「もらったな」と感じた時は本当に当たっている時が多い、と自分に常日頃から暗示をかけているので、因果をひっくり返して回りっぱ演出が来た瞬間に「もらったな」と反射的に思うようにすることで本来当たっていなかったはずのハズレフラグを内部的に大当たりに変換するというロジックとマジックが入り混じった俺だけの技を使った。

頭が破裂しそうなぐらい意味がわからないとヒュウマは言っていたが、それでいいのだ。俺だってわかっていない。ただ「わからない」ということに身を委ねることでパチスロという深遠なるブラックボックスに対して人智の介入を試みているのだ。もし俺が考えているこういう論理が漫画とかの長台詞で出てきたら、俺はそこで読むのをやめる。なお、この技の成功率は20%ぐらいある。

目を閉じて、深呼吸をし、精神を研ぎ澄ます。パチスロってレバーを叩いた時には全部決まってるんだから、この段階で精神集中しても意味ねんだよ。などと凡百のスロッターが訳知り顔で薄ら笑っていることは百も二百も承知の上である。俺に言わせればそういった態度こそ与えられた情報を鵜呑みにする愚か者の振る舞いと断じざるを得ない。3つ目のボタンを止めるまで運命はたゆたっている、という考えを俺は提唱している。シンイチが後藤を倒した時のこと、お前ら知らないの?

やらなきゃ確実にゼロなんだよ!

と、俺は左リールにバー・リプ・七を狙った。そしてそれは止まった。次に右リールの上段にドンちゃんを狙う。そしてそれも止まった。俺の大好きなリーチ目を拝む準備は整った。中リール上段にドンちゃんが止まればリーチ目であり、ドンちゃんが中段に止まっても右上がりにボーナス絵柄が並ぶことになりリーチ目である。つまり2コマの余裕があるのである。

内部的にすでにボーナスの成否が決まっている派閥の方々におかれましては、この「2コマの余裕がある」という感覚を理解できないことでしょう。一方、俺なんかは最後のボタンを押すまでは何も決まっていないという立ち場ですので、気持ちをこめてボタンを押せば上段ビタ止まりは無理でも中段ぐらいには止まるんですよ。オラァ!!!!!!!



ま、ハズれたけど。

なんだが気合入れたのが馬鹿馬鹿しくなったので、誰も見ていないのをいいことに肩をすくめながら変顔をしておいた。具体的には上唇と鼻の間をできる限り短くして上の歯を見せつつ寄り目をしておいた。

するといきなり死角から紙コップを持った手が視界に入ってきてたので「ヤバい(変顔)見られた!」と思い変な汗が全身から噴き出した。

極力平静を装いつつそちらを見ると、最悪なことに、そこにいたのは結構可愛い女性店員であった。彼女は「ど〜ぞ〜」と無表情で俺に紙コップを差し出した。それは甘酒だった。元旦からすでに1週間以上が経っているが、ここんところずっとこの店では甘酒を無料サービスで出してくれていた。

俺は即座に自分が持ってる中で1番シブい表情を作って「…っス」と控えめに会釈しつつそれを受け取った。クールでシャイなギャンブラー、今は彼女とかよりスロット打ったりダチと馬鹿やってる方が楽しいっていうか…でも好きになったら一途です、というキャラ設定である。

店員さんは俺に一瞥もくれずワゴン車を押しながら去って行った。

11時になり、来店ポイントのカードをもらった。目の覚めるような黄色を基調に大きく赤い太字で5ptと書かれている威風堂々としたデザイン。これが…今日、家に帰れば大量にあるのだ。ふふふ…と笑みがこぼれた。功労者のオーガはお疲れだろうから、今はまだゆっくり寝かせておいてやりたい。その間に俺はこの大花火で勝って、アイツが食いたいっていう物、何でも奢ってやるつもりだ。


14時を過ぎた頃には3万負けていた。ので俺は店を後にした。

3万負けちゃった…タハ。と、あえて独り言を言ってみた。すると突然、耳がキーンとなって、自分が置かれている状況がまざまざと思い起こされた。


――昨年の年の瀬に初めて行った学生ローン「ふれんど電」で借りた5万は大晦日を迎える前にはなくなったじゃんねぇ。そんで、明けましてからめでたくもまた5万借りて、なんのかんのとさらに10万借りて、現在の借金の総額はきっかり20万じゃんね。約2週間でこしらえた額にしちゃあそこそこの大きさじゃないのさ。挙句の果てに、たった今3万負けて残りの手持ちは4万ちょいって――


ヤバくね?

耳鳴りはまだ続いている。

え? 何で借りた金で何の根拠もない大花火打って3万も負けているの? 「出る気」とは?

そもそも来店ポイント獲得が目的なのに何で開店時間に行ってるの? 「カド台」とは?

3万払って飲みたくもねぇ甘酒飲んでんじゃねぇ!! 女の店員の前でカッコつけんな!!!! 鉢巻き回りっぱ演出ハズして変顔作るような挙動不審野郎になびく女はいねぇ!!!!


俺の中にいる「ドS俺」の罵詈雑言が左脳からひっきりなしに発信されていた。強烈な後悔、そして己のバカさ加減への猛烈な怒りに飲み込まれそうだった。これは何か腹に入れて一旦落ち着いた方がいい。そう判断し、いつものごとく王将ののれんをくぐった。

厨房に目をやると、俺と同い年くらいでヒョロっと背の高い店員が、餃子コーナーにいた健さんの肩を叩いているところだった。どうやら休憩に行くように促しているようだ。健さんは頷き、そのまま勝手口の方へと歩いて行った。ノッポの店員が餃子の鉄板に残っていたカスをヘラで雑に掃除し始めた。

おいおい、健さんの餃子も食えないのかよ。

俺は絶望した。世界全体が俺に敵対しているような気がした。唐揚げ炒飯セット大盛りを頼み、一心不乱に咀嚼していく。すると、徐々に気分が落ち着いてきた。

大丈夫、大丈夫だ。家に帰ってオーガを起こしたら、俺が待ち望んだ吉報が聞けるのだから。

オーガは今朝「例のアレ、出来たぞ」と言った。つまり、あの目にも眩しい黄色と赤の来店ポイントの偽造カードが完成したということだ。それさえあれば、ここ最近負けている10万だか20万なんてどうとでもなる。ヒュウマに借りている金も、溜めまくっている家賃も、全部何とかなるはずだ。

と考えて、ふと「果たして本当にそうか」という疑問が頭をよぎる。今回のプロジェクトの協力者はトゥン、そしてオーガだ。俺は企画立案だし、そもそも自力で貯めたポイントもまぁまぁあるから、勝った金の半分は俺のってこと……にしたい。そんで残りの半分をヤツらが半分ずつ持っていくって形に……しよう。文句は出まい。

狙うはゴッドコース。つまり爆裂AT機の設定6。店内ポスターに書かれた必要ポイントは「???」で伏せられていたが、ある時、「これって何ポイントなんスか」と尋ねたら「5000っスね」と普通に教えてくれた。教えてくれるンかい。隠す意味がない。

それで猛獣王の6だか、ブラックジャックの6だか、アラジンAの6だかを打てば、少なく見積もっても万枚は出るだろう。20万だ。その半分が俺のだから10万の儲けだ。

全然足りねぇじゃねーか。

立て続けに3本煙草を吸った後、会計を済ませ店を出た。ブラブラと商店街を歩き、中野ブロードウェイにある古本屋に行き、暇つぶしになりそうな本がないか棚を見て回ったが、特に見つからなかったのでアパートへと戻った。


オーガは起きていた。右耳の上の髪に寝癖がついていて、しょぼい鉄腕アトムみたいな感じになっていた。

オーガはスクッと立ち上がり、「崇めよ」と言った。

これはつまり、俺がオーガ様を崇めなければ作成された「偽造カード」を私めに与えては下さらないということを意味しているのは明白だった。

俺は、「はっ」とはきはきした口調で応え、忍者が主君の側に使える時の姿勢(片膝を立てたアレ)をとり、深々と首を垂れた。

「見よ」

とオーガはカードを頭上に掲げた。

俺は顔を上げて視線をそちらに向けた。オーガは手にカードを持っていた。

俺たちを栄光の未来へと導いてくれる偽造カード、その姿を、ついに目にしたのだ。

俺は息をのんだ。オーガの顔を見ると満面の笑みであった。

俺はゆっくりと立ち上がった。

オーガは両手を広げ、俺からの抱擁を待っていた。

右手を振りかぶり、俺はオーガの頭を引っぱたいた。

「白黒じゃねぇか」



【続く】
アツいぜ
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