美味い餃子、そして無のレバーON
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【第二部】


目覚まし時計など持っていないし、携帯のアラームをかけているわけでもないのだが、朝9時半頃には自動的に目が覚める。

前日の夜は、授業が終わった後に大学近くのサイゼリヤへと繰り出し、野郎ばかり4人で安いワインのデカンタをバコバコに飲んで、1時間半ほど歩いて中野に到着し、何かつったら集まる魚民で「お通しナシで大丈夫っス」と宣言した後に焼酎のボトルを4本ほど空けた。朝5時になり蛍の光をバックに店を追い出されて……それから、え〜と、何だっけ。あぁ、そうそう。

酔い覚ましのつもりでちょいと歩いていたら、いつの間にやら公園にいたからブランコに乗って立ち漕ぎしたよね。そのせいで、脳と胃をシェイクされて「ロロロロ」みたいな音を発しながら茂みに吐いちゃったツレが俺に対して謎のピースマークを見せてきて、それがツボにハマって爆笑しながら家に帰り、ようやく寝た。

つまり3時間ぐらいしか寝ていないワケである。

――にもかかわらず朝9時半には目がバチッと開くのは、何を隠そうパチスロ屋に行きたいからだ。

部屋のドアを開け、アパートの住人全員が使える廊下の共同水道で顔を洗う。自分の部屋の流しの水道は3ヶ月前に止められているのだ。Tシャツの腹のとこで濡れた顔を拭き、ジーンズのケツポケットにマルボロのボックスがあることを確認して外へと出る。

強い夏の日差しと蝉の鳴き声が、身体に残っている安ワインと安焼酎を浄化してくれる感じがする。瞼をきつく閉じて、顔を太陽の方に向けながら煙草を咥えて火をつける。ニコチンを肺に入れつつ大股で歩くと、無敵になった気分である。負けるハズがない。財布の中は3万あるかないかぐらいだけど、今日の夜には10万を超えているであろう。だって、俺、いっぱい出しちゃうし。

何を打つかは決めてないけど、今日もリアルボルテージ2を打とうかな。戦略としてはこう。5000円以内に当てて、いっぱい出す。出すっていうか出さす。


数時間後。

ようやく引けた初ボーナスまで19000円使った時点で嫌な予感はしていたんだけど、そのBIGの出玉は全部ノマれて、追加2000円でバケ引いて、バケの分の出玉がなくなってさらに追加で1000円使って、財布の中が5千円札1枚になったところで俺は冷静になるべく店員を呼び出した。

昼飯休憩を取りたい旨を毅然とした態度で伝え、その店員の「何でこんなクソ台を休憩札刺してまで確保しときてぇんだよ…?」という怪訝そうな表情を尻目に俺は店を出た。目の前にある餃子の王将に入り、冷えた水の入ったコップを4秒ぐらいで空にする。

やべぇ。負ける。このままだと負ける。というか軍資金の残りが(俺が今からココで780円の餃子ランチ定食に+150円でライスを炒飯に変更できるヤツ頼むから)もう4000円しかないじゃん。4000円では当たるモノも当たらない。軍資金が3万ぐらいある時は1000円とかで引けちゃうボーナスも、全財産が4000円とかになった途端にどっか行っちゃうので…つまりとてもヤバいので、今日のところは撤退するのが正しい選択な気がする。

オーケー、冷静だよ俺は。財布に金を残した状態でパチスロ実戦を切り上げられるかどうかが、ギャンブラー検定1級の合否を分けるラインなのよ。だから俺は受かる側ってワケ。

4000円あれば明日にでも日雇いバイトを探して、そんで明後日に1日働けば急場は凌げっから。そんでさらに3日か4日、日雇いバイトやってマネーをゲットすれば軍資金は3万程度になるじゃろがい。そしたらよぉ、それをスロで増やせばいンだから簡単な話だろ? ヨシ、それでいこう。




それにしても、今日の餃子はヤケに美味い。スタッフが慌ただしく働いている厨房の餃子の鉄板コーナーがある一角に目をやると、俺の予想通り、そこにいたのは健さんであった。健さんが餃子当番の時はマジで餃子が美味い。何というか、コンマ数秒の世界で餃子に入る火の具合を認識している感じ。これが下手なヤツだと、餡の中央部分に火が届いていなかったり、逆に皮が焦げちゃったりするのである。

ちなみに「健さん」というのは、その眉毛の濃さと意志の強そうな顎周りの雰囲気、そして何より見事な角刈りで周囲に畏怖の念さえ持たせている彼の風貌から、俺が勝手に心の中で呼んでいるあだ名である。

全てを食い終わった俺は「本当に白米を炒飯に変更する必要があったのか」と、煙草を吸いながら自問していた。150円で炒飯にできるという、いわば演出されたお得感にまんまと乗ってしまっているだけの、真に己が求めているモノが何なのかすら見えていない無知蒙昧の迷い羊。それが俺じゃないのか?

この店の炒飯は悪くない、美味いと言っていいだろう。だがしかし、炒飯はそのパラパラ加減がアイデンティティの大部分を占めるがゆえに、まとまりのある食感を誇る白米とは対極に位置する食べ物。それは醤油と酢とラー油で構成された餃子のタレを柔らかく受け止めるベッドとしての役割を果たすのには向いていない。餃子をひとつ箸で掴み、タレにつけた後、必ず白米にワンバウンドさせたい――それは人が持つ性というものだ。

ましてや今日の餃子を焼いてくれたのは、あの健さんなのだ。俺は、店に入った瞬間に餃子当番が健さんか否かを確認し、健さんであるならば餃子ランチセットの白米を炒飯に変更せず、完璧な餃子とタレと白米のハーモニーを堪能すべきだったのだ。ちくしょう。


煙草の火がフィルター部分に到達しつつあったので、俺はそれを灰皿に押し付け、会計を済ませてホールへ戻った。ホールの自動ドアの前に来たとき、休憩から戻ったことを店員に伝えたところで「俺、今日はもう打たないんだよな…何で俺、メシ休憩取ったんだろ?」と今さらすぎる疑問が頭をよぎったがまぁイイ。とにかく今日のとこは撤退。財布の中の4000円は日雇いバイトをこなす間の交通費およびメシ代なのだから。

オールバックの店員が「食事休憩中」の札をどかして、最大で3mmぐらいしか動かない会釈をして通路の奥へと消えていった。さて、このBIG1回バケ1回というやる気のない台を解放して、俺は家に帰るよ。誰か打つがよい。

あんまり寝ていないせいでにわかに襲ってきた眠気とそのサインの欠伸を噛み殺し、見るともなく下皿に目をやると、メダルが2枚残っていた。無意識にその2枚を投入口に入れて、足元にサッと視線を移すと当然のように床にはメダルが数枚落ちていた。そのうちの1枚を拾い上げて投入口に入れ、レバーを叩いた。

レバーを叩いた瞬間、俺の心は無だったと断言できる。仏門に入って50年の修行をこなした高僧ですらなかなか辿り着けないであろうクラスの無。何故って、その瞬間は俺には過去も未来もなかったのだ。当たれ、とも当たるな、とも思っていない、一切の感情を排した純粋な肉体的運動としてのレバーON。

永遠のように感じられたが、実際には3秒ほどの無意識状態から現実へと戻ってきた俺が目にしていたのは、液晶に映る「ノビタ」の姿だった。リアルボルテージの液晶にノビタが出てくるということは、つまりボーナスが当たったかもということである。

「ほぉぉおぉぉ!!」と、南斗水鳥拳のレイがザコ敵を殺す時みたいな声が勝手に喉から出た。そして直後に、何故か餃子の王将の健さんが俺に微笑んでるビジョンが頭に浮かび、「健さん!!」と心の中で絶叫しながら俺は左リールにデカパンを狙った。

デカパンというのは2コマぶち抜きの丸くてデカいパンチグローブ絵柄である。俺の1番好きなリーチ目は左リール中・下段にデカパンが停止して、中リールの上・中段にもデカパンが停止して、右はまだ回っている状態。つまりデカパン右肩上がりの2確リーチ目だ。1番好きな、とは言ったがコレ以外のリーチ目を覚えていないと表現した方が正しい。

止まれ! デカパンよ! 中・下段に! 左リールのぉ!!!! …と倒置法を使いまくりつつ左ボタンを押すと、デカパンはリールのどこにも止まっておらず赤7が下段に止まっていた。全然目押しが出来てねぇってことである。ハハハ。

誰にも見られていないけどそこそこの恥ずかしさを誤魔化すために苦笑しつつ、こうなったら赤7をこのまま揃えてBIGをもらってしまおう、俺はそう思った。そっから大連チャン&大逆転で財布の中身を10万ぐらいに増やせば日雇いバイトなどする必要がない。

残りのリールに赤7を狙ったところ、それは揃わなかった。この事実に俺は大いに驚いた。普通、最後の3枚(そのうち1枚は拾ったメダルだけど)を使って引いたBIGは、その場、そのゲームで揃うのが劇作上のセオリーであろう。そこで焦らす意味がわかんない。視聴者離れちゃう。リアリティも大事だけどテンポも大事なの。まったく、1000円使わなきゃいけなくなっちまったじゃんかよ。


10分後、財布は空になっていた。あのノビタはガセだった。まさか3Dのキャラクターにここまでの殺意を覚えることになろうとは。90年代には想像だにしなかった事態である。

朝、9時半に目が覚めなければ財布に3万近くあったのに。打ちになんか来なけりゃ、リアルボルテージなんか打たなけりゃ、昼飯休憩なんて取らずに大人しく帰ってりゃ、健さんが餃子焼いてなけりゃ、下皿に2枚残ってなけりゃ、床にメダルが落ちてなけりゃ、ノビタさえ出てこなけりゃ、財布に4000円あったのに。

こうして全部を振り返ってみても、断トツでノビタがムカつく。あのカクカク3Dメガネ野郎!!!! 映像技術の革新はまさに日進月歩、それ自体は喜ばしい。ちょっとアツくなってしまった時に有り金を全部スロに突っ込んでしまう俺の進歩のなさ、それ自体は反省すべきであろう。だが、お前、ノビタよ、出てくるタイミングというものがあるだろうが。あのタイミングの出現はボーナス当選だと思うだろうが!

俺は瞼の血管がピクピクしちゃうくらい不機嫌だった。もしもナッパと同じことができるなら指をクンってやって東の都みたいに中野を消し飛ばすところだった。


その時、さきほどの会釈3mm野郎ことオールバックの店員が何やらポスターを壁に貼っている様子が目に入った。俺の持ち金を全部巻き上げておいて一体何を貼ろうってんだよトンチキが、とぼんやり眺めていると、その派手なポスターにはこう書いてあった。

「新イベント! 来店ポイント&サービスポイントを貯めて好きな台の高設定を打とう!!!!」

おもしろいじゃないか。ポイント貯めまくって、店潰れるぐらい出玉抜いたるわ。首洗って待っとけよ、ノビタ!!!


【続く】
アツいぜ
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