中段に最も止まらない甲殻類がザリガニ
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そもそもが、だ。

そもそも何で俺がこんなところで250円の牛丼を食わねばならんのかと言うと、だ。

それは、持金が298円しかないからである。

20歳を過ぎた都内に住む文系大学生つったら、もうちょっとばかしキラキラしててもよさそうなものだ。にもかかわらず、実態は1杯250円の、確実に日本米よりも縦に長い恐らくはタイだかの米に、向こう側が透けるような薄さの玉ねぎと牛肉が乗っかった代物を食っているのである。

頼んでもいないのにツユダクがデフォルトなせいで、丼ものを食っているというより茶漬けを食っているかのような食感の代物を食っているのである。

あろうことか「牛丼太郎」などという社長が寝起き2秒で名づけたんじゃねぇのってぐらいにヒネリのない名を持つ店で、時給800円ぐらいで働く「ラシーム」という「太郎」からは遥かな隔たりのある名札をつけた中東系の青年が無言で提供した、牛丼っぽい代物を食っているのである。


なぜ所持金が298円なのか。

それはもう、さっきまで打ってた「爆釣」とかいう新台で4万きっかり負けたからだった。

新台入れ替え初日ってぇのは、もうちょっと簡単に勝てるもんじゃないんですかい? と思いながら、俺は黄色い半透明のプラスチックに水を注いだ。

牛丼が出される前にコップ1杯分の水を飲み干し、今食いながら2杯目を一気に飲む。食い終わった後に3杯目を飲むので、牛丼1杯+水3杯を胃に収めることになる。店を出る頃にはそれなりに腹が膨れる算段である。

腹が膨れるのはいいが、なんといってもヤバいのは、金が入るアテがこの先全くないことだった。記憶が確かならば俺はバイトをしていないので、そして世の中は労働をしないと基本的には金を稼げないので、俺が何かしない限りはこの先永久に金が入らないのである。

親に泣きつくのは流石にバツが悪い(とゆーか既に今月泣きつき済みである)ので、金を持ってる友達の誰かに借りるか、まだクレジットの枠に余裕があるどっかの街金に借りるか、その日に金をゲットできる日雇いのバイトに行くしかない。


「えぇ〜っ、マジで〜?」と俺はちっさい声で言った。日雇いのバイトだろうが定期的バイトだろうが働きたくないからこそ、パチスロでガツンと勝ってやろうと朝もはよから新台を取るために並んだってぇのによ! 何が悲しくて昼過ぎに安っすい牛丼屋で牛丼をかっこみながら労働に思いを馳せなきゃならねぇんだよ!

ムカつきを通り越して段々泣きたいような気持ちになってきた。これ以上ないほど自業自得ではあるが、そうは考えないのがギャンブラーである。嘘である。多分ギャンブラーはもうちょっとちゃんとしてる。

口の中に残った宇宙のチリより小さな牛肉の欠片を、終電間際の駅で別れを惜しんで超絶イチャイチャしてるカップルよりも未練たらしく噛み続けていると、あまりの情けなさに本気で涙が滲んできたので、俺は席を立って店を出た。


それにしても、何が何だかわからないうちに俺の4万を消し去ってくれた爆釣(バクチョウ)とかいう台。こいつのことが気になったのでコンビニに行って攻略情報誌を立ち読みしてみる。打つ前に情報を仕入れるということをしないあたり、パチスロで勝ちたがっている人間とは思えないって? うるさい。

ふむふむ、爆裂AT機、と。んなこたぁわかってんだよ。あんなに何にも起きねーで4万も飲み込むくせに、爆裂じゃなきゃ困っちゃうわ! 馬鹿が。

ほんで? え〜通常時に「中段ザリガニ」を引いて? それでATの「イレグイタイム」の抽選をしてるってかい?

何ですの「中段ザリガニ」って。何ですの「以下、中ザリ」って。「中段」と「ザリガニ」という言葉が並んで置かれる未来が訪れると予測した日本人が果たしていただろうか。いるはずがない。

まぁそれはいいとして。そんなことより何より、俺は今日、中段ザリガニなるものを引いた記憶がない。当然のことだが、狙わないと左に2個しかない中段ザリガニはリール上に停止し得ない。だから中段ザリガニを引いてはいたかもしれないけど、俺自身はそれを1度も認識できていない。

っていうか待って。ちょっと待って。読み捨てならないことが書いてあるんですけども。通常時に取りこぼした中ザリで当選したATは次のボーナスが成立した後に放出されるって書いてあるんですけども。

俺はたしか最後1100Gほどハメてヤメたんだけどよぉ、もしかしてそれって俺の後に座った誰かがヨォ、俺の中段ザリガニを美味しくイレグッちゃうってこと?

ぶわっと背中に変な汗が出た。許せん。そいつは絶対許せん。俺の中ザリだぜソイツは。


というわけで、よせばいいのに俺はホールへと踵を返したのだった。

見てどうするというのか。何の意味もないのに。しかし、そんな真っ当な思考回路を持っているならば、そもそも所持金が298円になるまでパチスロを打ったりはしない。

ホールの自動ドアが開くのももどかしい。血走った目をギョロつかせていることを自覚しながら、俺は30分ほど前まで自分が打っていた台へと歩いていった。

そこには、ド茶髪ロン毛で浅黒い肌でタンクトップの、渋谷に行ったら600人ぐらいいそうなメンズエッグ君が座っていた。彼はガムを噛んでいた。そしてATを消化していた。さらに、彼の頭上にはすでにガッチリとメダルが詰まったドル箱が1箱置かれていた。彼は何故かめちゃくちゃ速いスピードの貧乏ゆすりをしていた。

それを見て俺の怒りは沸点を超えた。何を貧乏ゆすることがあるのか。こっちゃあオメエ、4万負けて牛丼太郎食っとんじゃ!!!

「あのさ、それ俺が打ってた台っていうか。君が今ATやれてんのは俺が中段ザリガニ引いてたからっていう可能性が高いんだよね。とにかく退いてくれ」

俺がそう言うと、メンズエッグは頭の悪そうな口調で「はぁ!? 関係ねぇだろ、やんのかクラァ」とか言うので、俺はおもむろに懐から取り出したリボルバー式の拳銃の狙いを奴の額に定めて「ザリガニを中段に狙うことはできなくても弾丸の狙いは正確だぜ」と言ってニヤリと笑うと、ヤツは「お助けぇ」とか何とか言って俺に台を譲ってくれた。

俺は悠々と台に座ると初体験のイレグイタイム(AT)を堪能し、結果6千枚ほど出した。そんでホールの入口んとこで子犬のように震えるメンズエッグを誘って焼肉に行き、彼の分も奢ってやって2人で将来の夢について朝まで語り合った。


もちろん嘘である。語り合ってない。ていうか話しかけてすらいない。それどころか、一瞬そのメンズエッグ君がチラッとこっちを見た時、別に悪いことをしていないのに目を逸らしたぐらいである。戦ったら負ける。タンクトップから突き出た太い筋肉質な腕が、俺の警戒心をマックスにしていた。いや違う、戦うもクソも彼は何も悪いことしてない。

朝起きてから現在14時までの約6時間あまり、俺という存在に意味を見出すならば、「右往左往かつ五里霧中かつ金をなくして1人でキレている」という、人なる存在のあまりの愚かしさに「こんな生き物マジ創るんじゃなかったわ〜」って感じでヤケ酒必至なワケで、そう思うと乾いた笑いが喉奥から漏れるのみだった。

とりあえず、家に帰って古本屋に売れる漫画がないか探してみよう。そして漫画を売って電車賃をこさえて明日は日雇いのバイトに行くのら。やるべきことをちゃんとやるのら。って語尾を「ら」にすることであどけない感じを演出してみたが、我ながら意味不明すぎて吐き気がしてきた。

とにかくよぉ、バイトして、バイト代もらって、ほんで軍資金ができたら爆釣でハマっている台を見つけて、他人が引いた中段ザリガニの美味しいとこを頂くのら。それだ。それしかない。完璧な作戦なのら!!!!!!!! 待ってろ中ザリ、釣り殺してやる!!!!!!!!


トボトボと店を出て、家路へと就く。するとジーンズの右ポケットに入っている携帯が震えた。0円で手に入れた、シャンパンゴールドとかいう生まれて初めて聞く色のドコモの携帯。液晶部分には見慣れた名前が表示されていた。

「よぉロクロウ、暇? どうせ暇だろ、知ってる」

オーガだった。

「何だよ、暇だけど。金がなくなったんだよ、俺の金がさぁ!」

「あぁ、マジで? パチスロで負けたってこと? てか金あったの? まぁそんなことどーでもいーんだけど、おまえ薬のバイトやんない?」

「薬のって…はぁ!?」

「まぁいいや。今からお前んち行くから。後で詳しく話すわ。じゃ」

オーガは言いたいことだけさっさと言って携帯を切った。俺はジーンズの左ポケットに入れてあったマルボロのボックスから1本取り出して火をつけ、とりあえずニコチンを肺深くに吸いこんで鼻経由で煙を排出した。

「薬のバイト? って何? そんなことやんの俺? マジ?」


【続く】
アツいぜ
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