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- 踊る東京ギリギリス(鹿達ロクロウ)
コンチで奇跡起こすヤツの隣にいるヤツ

「意味がわからん」
ガラガラのホール、その入口から入ってすぐのコンチ4Xのシマ、その角台にヒュウマは座っていた。俺はすぐ隣、いわゆる角2で、背もたれを抱え込むマナー違反も甚だしい座り方でヒュウマが打っている様子を見ていた。
本当は俺も打ちたかったが所持金は1000円を切っていたし、何より徹マンの後で猛烈に眠かった。
強烈に眠いし金もない…のに、ヒュウマの後をノコノコとついてきてパチスロ屋によくいるウザいカップルの女の子の方みたいな感じで隣に収まりつつ「意味がわからん」などと呟いている俺の存在こそ意味がわからないのだが、そんな言葉を吐いたのにはもちろんちゃんとした理由がある。
ヒュウマとオーガとエダジ、そして俺の4人は昨晩からついさっきまで池袋の雀荘で熱い勝負を繰り広げていたのだ。
麻雀の強さはヒュウマが断トツ、オーガとエダジの雀力はそこそこで絶賛修行中、そんで俺が断トツで弱かった。しかし、昨晩は俺の裏ドラが火を噴きまくり、ラス半までは1万ほど勝っていた。ところが。
あろうことか、ラス半のオーラスでヒュウマの国士無双に俺が切った白がぶっ刺さり、俺はトンだ。勝ち分はおろか、もともと心許なかった所持金までもが巻き上げられるという体たらくで、雀荘を出てみりゃ一晩中タバコの煙に晒され続けた目ん玉に、強烈な夏の日差しが追い打ちをかけてきた。
オーガは仮眠をとって大学の授業に出るなどと優等生ぶっており、エダジはいつも通り気づいたら姿を消していた(多分、何も言わずに家に帰ったのだろう)。
そんな中、ヒュウマが「あと30分ぐらいでスロ屋開くじゃん。ちょっと俺パチスロ打つわ」と言い出した。
俺は麻雀で負けた悔しさと睡眠不足の疲れとがごっちゃになって妙にハイテンションになっていたので「そんじゃあ俺はどうしよっかな! アハ!」と、ヒュウマについていった先のスロ屋のシャッターに蝉みたいにくっつきながら絶叫した。
ヒュウマは俺にまぁまぁ強めの肩パンをして「いきなり大声出すなよ、恥ずいな!!!」と声をひそめつつ、行き交う通行人を気にしていたが、そこには世のため人のために働く立派な社会人たちが足早に通り過ぎているばかり。彼らにしてみりゃあ蝉みたいな格好で絶叫する俺も、そいつに注意している金髪の男も、こんなド平日の朝からスロ屋の前で並んでいる時点で十分に軽蔑の対象であろう。アハ。というワケで俺はめげなかった。
「お金を貸してちょうだいよ! ヒュウマくん!!! ヘイヘ〜イ!」と、俺は再び絶叫した。
今度はシャッターをガシャガシャ揺らすという形で自分のクレイジー度を強めに表現してみた。ヒュウマは的確に俺の鎖骨めがけて手刀を浴びせ、俺が「こッ」と変な鳴き声を上げつつ痛がっていると「俺も眠いからそんなに長くは打たないけど、もし俺が最初の1000円で何か当たったら金貸してやるよ」と言ってくだすった。格闘技のセンスも持ち合わせた天使のような男だと言わざるを得ない。
そしてシャッターが開き、店の中からツンツンヘアーの若い店員が煙草を咥えながら出てくると「メンチの切り方ってのはこーやるんじゃい」みたいな目つきで俺たちを一瞥し、デカいため息をついた。
どうやら俺たち2人だけとはいえ、客が並んでいるということがダルくてたまらないらしい。あまりの態度の悪さにムカついたが、それよりも怖さが勝ったので、俺はさっきの絶叫&蝉のマネが俺の仕業だとバレませんように、と思いながら視線を地面に向けて「興味深い素材のタイルですね」みたいな雰囲気を出しておいた。
その時、店内から例のF1の曲が聞こえてきた。それはつまり開店時間のサインだ。開店時間なのにもかかわらず、入口のシャッターはまだ半分ぐらいしか開いていない様子からも、この店がいかにやる気がないのかが見て取れた。
俺とヒュウマがツンツンヘアーさんの方をチラッと見ると、彼はクイッと顎を上げた。「入ってヨシ」の合図だろう。
店内はクーラーがガンガンに効いており、全身の汗が一気に冷やされるのを感じた。そして入口から4歩ぐらいのところにある角台のコンチ4Xに座り、1000円札をサンドに入れ、ドヂャッという音とともに出てきた50枚のメダルを手に、ヒュウマは打ち始めた。俺が椅子の背もたれをグルッと前に回し、股間に対する攻撃を無効にするような形で座ってマルボロに火を付けようとライターを探していると「おぉ、当たった」とヒュウマが言った。
「はやくない?」
俺がそう言うと、ヒュウマはそれを無視して「一応アレやっとくか〜」と言いながら7絵柄をクロスに揃えた。それは俺も最近知ったコンチ4Xのちょっとした攻略法だった。
「あぁ一応ソレやるのね、クロス…つーかダブルライン揃え?」
「そりゃやるよ。1/32でスーパーに昇格すんだから」
「俺ソレ上手くできない」
「ショボ!」
ショボいと言われて一瞬カチンときたが、ヒュウマが1000円で当てやがったってことはすなわち俺にお金を貸してくれるということです。口は悪いけど根はいいヤツってことは俺が1番知ってるし、コイツの罵倒は広い心で受け流しておく。
俺が目を細めながら小声で「うんうん」と言いつつ笑顔でヒュウマを見守り、それに気づいたヒュウマが「ああ、金貸す約束だったよな」と自分から言い出すのを待っていると「うおっ!?」とヒュウマが変な声を出した。
「スーパーに昇格(あが)ってるぅぅ!」
後半、声を裏返しながらヒュウマは喜んでいた。負けてた徹マンのラストで役満アガった直後に朝イチ1000円でBIG引いて、さらに1/32を引き当てるヤツとかいる? そんなヤツおらんやろ〜と思っていると、今度は「マジぃぃぃ〜〜〜!? 信じらんなぁ〜〜〜い」と若干ギャルっぽいというかオネエっぽい声を上げつつ、ヒュウマは俺の太ももをぺちぺちと叩いてきた。
「何事だよ」と俺が訊くと、「完走しちゃった!!!」だと。つまり、BIG中に1度もリプレイハズシをすることなく、しかしJAC INを2回きっちり射止め、理論上獲得できる最高枚数(599枚)をゲットした、ということである。
完走するとそれだけでスーパーラッシュ(SR:コンチ4Xを打つ人間が目指しているAT、これをやらないと勝てない)が確定するのであって、羨ましいこと山の如しである。
負けてた徹マンのラストで役満あがった直後に朝イチ1000円でBIG当ててさらに1/32を引き当ててそのBIGで完走するヤツとかおる? そんなヤツおらんやろ〜と思ったその瞬間、俺の脳裏に「まさか」の3文字がド〜ンと浮かび上がった。ヒュウマの顔を見ると、ヤツも同じことを考えているようだった。
顔を見合わせ、「せ〜の」のタイミングを図るように鼻から深く息を吸い、同時に言葉を発する俺たち。
「もし次1G目で…」と、ヒュウマ。
「まさかノリ打ちにしてくれるつもりか?」と、俺。
全然違った。全く心が通い合っていない。俺が期待していたのは、自分だけに押し寄せてくる幸運は他人にもおすそ分けせねばならない、という人類普遍の感情をヒュウマが持つことだったが、コイツはさらなるSRのプレミア当選契機について考えていたようだ。そう、BIGが1G連するとこれまたSR確定…なのである。
「はぁ!? ノリ打ちィ!? バカかよ、嫌だよ絶対、死ねよ」
「死にませんし、お願いします。いーじゃんお願い、お願い!」
俺の真剣な申し出を一顧だにせず、うるさいから黙ってくんないと冷たく言い放ったヒュウマと言う名の色黒パツキン野郎は、目を閉じて海南大付属の牧みたいに精神を集中し、15秒間ほど息を整えると「さぁんヌ!!」というあんまり聞いたことがない気合の声を発し、レバーを叩いた。
結果、(嘘みたいだけど)ヒュウマは1G連をモノにした。
負けてた徹マンの最後に役満上がった直後に朝イチ1000円でBIG引いて、さらに1/32を引き当てた挙句に完走するだけじゃ飽き足らず、1G連までしちゃうヤツとかおる?
というワケで、「意味がわからん」と俺が言ってしまうのも無理からぬことなのである。こんな意味不明な豪運が、何故に俺でなくコイツの身にもたらされるのか。呆れるやら羨ましいやら羨ましいやら妬ましいやらで、俺の歯はドンドン乾いていった。何で歯が乾くのかはわからない。世の中はわからないことだらけなのだ。
契約通り、俺はヒュウマに2万ほど金を借り、1時間足らずでそれらを全部使い切った。2枚の1万円札をクルクルッと巻いておもむろに鼻の両穴に差し、俺にしか見えない森の妖精さんと一緒に四股を踏んだ後、その2万円を燃やした方が楽しかったと思えるぐらいに何も起きなかった。あまりの馬鹿馬鹿しさに泣きそうな気分になった俺は、ひと足先に退散することにした。
眠気やら何やらで自分のアパートまで帰るのがダルすぎたので、池袋から1駅のとこにあるヒュウマのアパートの鍵を借りてそこで夜まで寝た。
深夜24時頃に帰ってきたヒュウマは、薄っすらと笑みを浮かべつつも流石に疲労困憊といった様子で、ベッドに倒れ込んだ。「万枚出たわぁ〜」と枕に顔を埋めつつ言った。でしょうね。俺はそう思った。こんな時間に帰ってくるってことはそーゆーことでしょうね。羨ましいったらありゃしない。
ヒュウマは続けて「今日貸した2万合わせて全部で19万貸しだかんな、ロクロウ」と言い、すぐに寝息を立て始めた。
ロクロウこと俺は、冷凍庫に入っていたヒュウマのアイスを勝手に食いつつ、「アハ!」とだけ答えておいた。
【続く】