【第2部】第12話
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牧は俺には気づいていないようだった。ニヤニヤしながら工場内に入ってくる。牧の異様なまでのゆったりとした動きに、カベくん軍団も言葉を発さずに静観していた。

そのすぐ後ろをゾロゾロと取り巻きの連中がついて入ってきた。その中にとりわけ目立つ坊主頭の金髪が…栗谷だ。

「栗谷ぁー!!」

激高したカベくんが栗谷へと一直線に襲いかかった。取り巻きの1人がカベくんに飛び蹴りを見舞い、カベくんは勢いよく後方に吹っ飛ばされた。

一斉に怒号が飛び交った。カベくん軍団の4人はスイッチが入ったように乱闘へと突入。

乱闘が人の壁のようになり、俺がいるコチラ側と牧とを隔てていた。激しい動きの隙間から見える牧は、目の前で起きてる乱闘を余裕で眺めながら煙草に火をつけていた。

それを見た瞬間、怒りが沸点を越えた。俺は大きく息を吸い込み、間違いなく人生で一番デカい声で叫んだ。

「牧ーっ!!」

乱闘はピタっと止まった。全員が俺に目線を向けた。牧がトントンっと埃まみれの屑鉄の山に上がり、少し高い位置から俺を見下ろした。

「んっ? おっ? おーっ!! 会いたかったぞ、お前!! タケシやったっけ?」

工場内にいた全員が事のなりゆきを見守っていた。牧の取り巻きたちは、俺が牧の友人である可能性に思い至ったかもしれない。

牧は愉快そうに続けた。

「あの時はお世話になったのー。今日はどーしたんや?」

そして、俺の背後にいる直人の様子を、わざとらしく覗く素振りをして、「あ〜っ…もしかしてアレか。ソイツ助けに来たんか?」と言い、煙草を投げ捨てた。

「いやー…いつもいつも…」

牧は足元にある鉄パイプを拾い上げた。

「ほんまにいつもいつも……邪魔してくれてありがとう!! もう殺しとこかな、お前」

そう言いながら俺の方へとゆっくり近づいてくる。

俺は吠えた。

「黙れクソ虫!! お前だけはいっぺん死なな治らんのぉ!!」

俺は怒声とともに手近にあった鉄屑を拾い牧に投げつけた。それと同時に牧に直進し、飛び蹴りを喰らわす。尻餅をつくような形で後ろに倒れ込んだ牧の上にその勢いのまま馬乗りになり、マウントポジションをとった。

牧はまだ右手に鉄パイプを持っている。とりあえず上から左手でひっぺがすように鉄パイプを奪い投げ捨てた。

「どけコラくそガキ!!」

虚を突かれ不覚をとったことで、牧からは余裕が消えていた。

「黙れ、もう死ねお前」

頭の芯が冷えるような感覚があった。俺の口から出たのは場にそぐわない静かな声だった。俺は左手で首を喉輪のように抑え込み、右手で顔面に鉄槌を振り下ろした。

ドグゥン!!

2発目で牧はぐったりとなり、気を失ったのがわかった。そのまま3発、4発、と拳を振り下ろす。

「タケシ!! もうヤメろ!!」

右腕を掴んだのは直人だった。

「ホンマに殺す気かお前!! ヤメろ!!」

俺は牧の横の地べたに座り込んだ。誰も声を発さない。工場内は静まりかえっていた。

「栗谷」

直人は栗谷の目の前に立った。

「お前、最初から俺狙いやったんか? そんなゴミ虫にまで堕ちてもうたんか」

栗谷の顔がゆがんだ。完全に戦意が消えていた。そして、意外な言葉――おそらく、この場にいる全員にとっては意味がわからない言葉――を栗谷は言った。

「直人…俺はもう戻られへんとこまで来てもうてるんかな」

栗谷の声は今にも消え入りそうだった。言葉の意味がわかったのは直人だけだった。

「…そやな」

直人の答えを聞き、栗谷は真っすぐに直人を見た。そしてはっきりとこう言った。

「殺せや」

直人も真っすぐに栗谷の目を見ていた。栗谷は泣き声にも聞こえるような叫びをあげた。

「やってみろや直人!!」

直人は栗谷の腹に拳をねじ込んだ。どっ…という音とともに栗谷の身体がくの字になった。その背中へ体重を乗せた肘を叩き落とし、栗谷はそのまま地面に倒れ込んだ。

鉄屑れまみれで天を仰いでいる栗谷、それを見下ろす直人。

「殺せ殺せ!! 俺はもう人生詰んどんねん!! ヤレ!! 直人ー!!」

直人は肩を揺らし荒い呼吸を繰り返していた。そして、足元に転がっている鉄パイプを拾いあげ、大きく振りかぶった。

「直人ー!!」

直人を止めなければ……俺は思わず叫んでいた。




「――で、どないなってんそのあと」

くっさんはセッタを大きく吸い込み吐き出した。

いつものように俺とヒロはくっさんの家でダべっていた。

「くっさん、タバコ一本もらうで」

そう言いながらヒロが箱から煙草を抜く。

「オイ、ヒロ!! お前、いっつもタバコ持ってへんやんけ!!」

「金欠なんや。今日もモーニング取り損ねてもうて。タケシが来てくれんからよぉ」

「今日は女のとこ泊まってるから朝は無理や言うたやろがい…」

俺の言葉にくっさんが即座に反応する。

「お前、今度はどこの女や?」

「くっさん、"今度は"ってヤメい。まぁ〜エエがな」

俺は吸っていた煙草を灰皿で押し消し、転がっていた雑誌を手に取った。

「お前は相変わらず謎多き男やな……ところではよ続き言えや。その栗谷ってやつと直人ってやつはどないなってん」

「あー鉄パイプ振りかぶって……やな」

「イワしたんか?」

「栗谷目掛けて振り下ろした」

「血ピューやの、それ」

「まぁー、俺も殺してまうんちゃうか思うてな、止めようと叫んだけど、直人は思いっきり振り下ろしたわ……地面に」

「地面に? はぁ? おもんな」

くっさんはハァ〜っと大げさにため息をついた。

「くっさん、お前が一番イカれとんな」

「ほんで? 俺はお前の親友や!! とかなんか言うて抱きおうたんか?」

「やるかそんなもん。直人は鉄パイプを放り投げ、栗谷にこう言うたんや」

――クソ虫のお前は殺した。今度会う時は昔のようにまた駄菓子屋にでも行こや。ほなまたな――

「クーッ! きっしょい終わり方」

くっさんは梅干を食った時のような顔を作って吐き捨てる。

「エエ話やろがいクソ虫!!」

「アホかっ!! しょうもな。さて、俺は定時制に通う真面目な学生やし喧嘩ばっかしてる田舎ヤンキーどもはそろそろ帰れや」

そう言いつつ、くっさんはのっそりと立ち上がる。

「誰が田舎ヤンキーやねん!」

噛みつくヒロを放って、俺も立ち上がった。

「ほな俺、女のとこ戻るわ」

「タケシ!! その前に金貸してくれ!!」

「くっさんに借りろ。ほなまたな」

「貸さんぞ!! お前も帰れヒロ!!」

「クソ虫どもめっ!!」

「お前や!!」



【第2部完】





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アツいぜ
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