【第2部】第9話
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走り去る直人の背中を見ながらも、栗谷は電話の呼び出し音に集中していた。何回かの呼び出し音の後、相手が出た。思わず受話器を握る手に力が入る。

「もしもし、牧さんですか。俺、今、ポリに追われてて…」


――同時刻。

「ニイちゃん。これは入ってるやろ!!」

「んっ? おっ、中リール中段7からの小役ハズレ目やん。入ってるで」

俺は得意げに常連のオッさんにリーチ目を教えていた。

その台の名は2号機「デートライン銀河」。この台の特徴的なところは筐体にある。リール始動はレバーではなく、リール左下にある細長い銀色のボタンを押して回す、一風変わった台だった。「なんやこれ?」と筐体に興味を持ったのが最初の出会いで、その後は秀逸なテーブル制御に魅了され、どっぷりハマっていた。

「オッちゃん、今何時?」

「22時前や」

「もう22時かいな。朝からなんも食うてへんから腹減ったな」

そう言ったと同時に手が止まる。

「おっ、左上段7、中リールチェリー、右下段7。これまた美麗な入り目や!! これ流したら今日はヤメやな」

俺はトータルで5千円ほど勝った分をポケットにねじ込み、鼻歌まじりにバイクのキーを回した。ヴォンヴォンと集合菅からXJ独特の低音に混じった高音が駐車場に響き渡る。ふと、3日前に会ったきりの直人のことが頭をよぎった。


――2月5日。

直人と最後に会ってから5日ほど経っていた。

俺は学校にもほとんど行かず、ホールに打ちに行く日々を送っていた。今日も打っているのはデートライン銀河だ。

「オッちゃん、それ入ってるで!!️」

「ホンマか!? 中リール上段にオレンジあれへんでコレ?」

「中リールの上段星、中段チェリー、その目は強いから入ってるはずや。上段、7・星・7が一直線」

「お〜っ、7揃ったわ。ニイちゃんはよう知ってるなホンマに。ほら」

オッちゃんは下皿のコインを鷲掴みして、俺の下皿に放り投げてくれた。コーヒーなんかのお返しより、俺にとってはコインを貰える方が有り難い。

「なんや、オッちゃんの台ばっかり当たりよるな。俺は今日、アカンしヤメよかな」

「悪いな。まぁー、ニイちゃんいつもようけ勝ってるからエエやないか」

「エエことあるかい!!️ なんか今日はイマイチ楽しないし、ヤメよ」


とぼとぼと駐輪場へ向かっていると、突然「タケシ!」と声をかけられた。振り向くと、バイクに跨った直人だった。

「直人、どないしたんや? 打ちに来たんか?」

「タケシ、時間あるか?」

「何もないで、俺は」

学校に行くという選択肢はもちろんない。

「そうか、ちょっと時間くれや」

直人の先導で俺もバイクを走らせた。到着したのは案の定、いつもの王将やった。


店内は夕方前とあって空いている。俺らは一番奥のテーブル席を陣取った。腰をかけた。俺はタバコに火をつけて直人に尋ねた。

「どないしたんや直人? またアレか、栗谷の件か?」

「そうや、栗谷や。アイツはもうアカンわ。今もポリに追われとるし、なんかヤクザかチンピラか知らんけど、そんなヤツとつるんでるみたいやしな。お前らと揉めてる場合じゃなくなってるわ、アイツ」

俺はそのまま黙って聞いていた。直人と最後に会った時、その別れ際に直人は「けじめをつける」と言っていた。その時は俺も助太刀するつもりでいたが……直人は一人で動いていたのだろうか。

「さすがに俺も、もう介入できひんとこまでいってもうてるわ…」

直人は呆れ顔で言葉を続けた。ただ、うんざりしているというよりは、どことなく哀しい顔をしている…そんな気がした。


注文した品がテーブルへと運ばれてきた。俺は直人に何と言っていいのか分からず、天津飯を一心不乱にかきこんだ。

その時、以前、この王将で栗谷たちと揉めた時の2人組のうちの1人が入ってきた。確か、栗谷を呼び出したのが「カッちゃん」とかいうヤツ…そいつと一緒にいた方だ。乱闘になった時もコイツは見てるだけだったヤツや。

その男はズカズカっと俺たちのテーブルに近づいてきた。まぁ、この店に来たらコイツらと会う可能性は高いわな……かと言って、そんな理由でこの店を避けるのもアホくさいしな、って俺も王将大好きやんけ……などと心の中で自分に突っ込みを入れつつ、俺は天津飯を食い続けた。

「直人」

「おぉ、山岡。こっち座るか」

「お、おう」

そう言って、山岡はテーブルに加わった。俺の方をチラチラ気にしつつも、山岡は直人の方へと話しかける。

「直人、お前……この前この店で栗谷と揉めたやん。あの後、どないなった?」

「揉めたやん……って他人事みたいに言うやんけ」

直人は皮肉たっぷりに言った。山岡は慌てた様子で、「いや、あれはカッちゃんが勝手に……いや、すまん。言い訳やな」とまで言って、肩を落とした。直人は山岡のその様を見て、少し黙った後、「栗谷の話はもうエエ。俺はもう関係ない」そう、そっけなく言った。

「俺ら…俺らは栗谷とはやっていかれへん。もうアイツは無理や…」

山岡の声は震えていた。直人は黙っていた。山岡はさらに言葉を続ける。

「栗谷……アイツ、金集めろだのシンナー捌けだのって誰かに言われてて……俺らにノルマや言うて押しつけてきよんねん。さすがにみんなキレてもうてて……」

「誰かに言われてて……って誰や?」

直人の表情が一瞬で険しくなり、詰問するような口調になった。

「俺らは会ったこともないから知らんけど、牧さん…とか言うてたぞ」

牧――やと? 俺はその名前に身体が強張るのを感じた。直人と山岡の話し声が遠くから聞こえてくるような気がした。何か口に出そうかと思ったが、何を言っていいのか分からなかった。

栗谷のK商業内での立場の悪化は俺には全く関係がない。直人は栗谷に対して怒っているようで、実は心配している――そこだけが俺にとっての引っ掛かりだった。

牧という存在を知る俺が、ヤツの素性やかつてのいざこざをココで話すこと自体が、問題をややこしくする……そう思った。――というのは全て後付けかもしれない。

とにかく「牧」という名前が出た瞬間に、ほとんど混乱していた、といってもいい。そんな風になってしまう自分に驚いたほどだ。

そのあと、どんな会話をして王将から帰ったのかよく覚えていない。直人の「俺が何とかするわ」という言葉だけが耳に残っていた。


――2月13日。

あれから1週間ほどが過ぎた。俺は学校にも行かず、現実逃避のように地元のホールへ通う日々が続いていた。

「ニイちゃん、ニイちゃんって! これ、入ってるか?」

ぼんやりとデートライン銀河を打っていると、隣からやかましいダミ声が響く。

「ん? ……ああ、オッちゃん、中リール中段7からの小役ハズレはほぼ入ってるって何回も言うてるやん」

「そやった、そやった。なんやニイちゃん、今日は上の空やな。なんかあったんか?」

「いや、何もないんやけど…」

俺はそう返しつつも下皿のコインを小皿へ移し、席を立った。

「この台ぼちぼちヤメるわ」

計数機へ流れこむコインを見るともなく見ながら、さて帰ろうか……と思ったのだが、ふと「メガトロン」のシマへ足を向けた。「メガトロン」はつい先日、この店に導入されたばかりの一発台だ。

新装の2日間でたんまり勝たせてもらった甘い記憶もあったので、4日目はどんな釘調整になっているか見たかった。


10台ほどあるメガトロンのシマでは、2人ほどしか打っていなかった。空き台の釘を一台一台眺めていると、シマのど真ん中にある台がかなり優秀な釘調整になっている。とはいえ、台の寝かせも重要となるだけに、おいそれとは打てない。シマに突っ立って悩んでいると副店長が寄ってきた。

「おい不良」

「なんや、藤井さんか」

副店長の藤井さんはビチッとしたオールバックで口ひげを生やしていた。だが、両方とも全然似合っていない。

「お前も高校生のくせに…ココんとこ毎日くるなホンマ。常連ともやけに仲がエエから大目に見てるけど、ほどほどに遊べよ」

「うん。わかってる」

「メガトロンか。お前、こないだの新装の時えらい出てたな。"悪さ"せんかったやろな? コイツはドツキが効くからな。今日も朝、ドツキしてたアホをボコボコにして出禁にしたった。まぁとにかく、遊ぶんやったらおとなしゅう遊べよ」

俺が新装の時に店員の目を盗んでドツキを数回やったのがバレていたのか、いや、あの人なら直接言うてくるからバレてはないな。一丁、ヤルか。


百円玉をハンドル横に積み、せっせこ百円玉で玉を借りながら弾き続ける。俺は周りを気にしながらドツくタイミングを今か今かと待っていた。

この台の仕組みはこうだ。盤面中央にあるGO入賞口に玉が通ると、その下の役物からベロのような銀盤が0.2秒×5が押し引きされる。銀盤が飛び出したタイミングに玉が乗り、そのまま奥へ吸い込まれれば大当たり。一発大当たりさせれば1玉2.3円ぐらい換算で約1万3000円分の玉が出る。

GO上部にある串型の役物にはかなり玉は飛び込むも、なかなか銀盤には辿りつかない。この玉荒れのムラは寝かせが関係しているのかもしれない。あれこれ試行錯誤をしながら夢中に玉を弾いていると、"例の件"もすっかり頭から消えていた。

その時、シマの端っこで打っているニイちゃんが通りすがりの友人に声をかけた。

「おーい、マキ!! 出とるか?」

「マキ!!」

俺は手が止まった。呼び止められた男を恐る恐る見ると全くの別人。ほっとしたのも束の間、途端に落ち着かない気分になってきた。

マキ……牧……言いようのない苦さが思考を染めていく感覚があった。





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アツいぜ
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