次を見据えて
パチンコを打っていて一番悔しい時はどんな時だろうか? このような問いをパチンコ打ちにぶつけてみれば、

「1000回ハマリの次も1000回ハマリを喰らってしまった」

「引き戻し率90%のSTでいきなりスルーを喰らってしまった」

「複数の激アツ予告を伴った一番強いリーチがハズれてしまった」

「10万円負けた…」

などの答えが上位を占めるような気がする。いずれも悔しい光景が目に浮かぶようで、確かに悲惨極まりない惨状と言える。

しかしこういった不運があるからこそ、その埋め合わせを期待して次なる勝負に打って出られると言えなくもないし、期待値なり平均的な連チャン数なりを求めるのは決して高すぎる要求ではない。そもそもその数値に落ち着くように設計されているのだから(長い目でみれば…という限定つきではあるが)。

もちろん、誰が打とうが敗北不可避の台でもって意味もなく打ち込めばその結果は火を見るよりも明らかなので、そんな場合の自制が必要なのは言うまでもない。いずれにせよ気持ちを強く持って頑張っていただきたいものである。


先ほどの問いに対するわしの答えといえば、「他人に回転率で負けた時」といったところ。わしは場末のパチンコ打ちではあるが、出る出ないは時の運だと割り切って考えている。当たる時は大当たりの消化に飽きるほど当たるし、試し打ちにと適当に座った台でもワケの分からない大連チャンをカマしたりする。

逆に当たらない時など、前世の因果で祟られているのかと疑いたくなるほど当たらないものだ。そんな時は、笑い続ける鬼が通り過ぎるのを黙って耐えるしかないな…という心境まで追い詰められもする。しょせんは大当たりなど水モノである(もしくは「シュレーディンガーの猫」と言っても良いかもしれない)。


さて、特に回転率が気になる状況として、人気台の新装初日が挙げられる。これは朝イチから「よーいドン」で各台の通常回転数が積み上がっていくから各台の状況が分かりやすい。

そのような状況で休まず打ち続け、2時間経過したあたりでわしが500回転まわせたとしよう。その時、一方で400回程度の台があれば、「回転率はわしの勝ち」とほぼ断言できる。長めのリーチに費やしたと思われる時間の誤差を割り引いて考えても、2時間で100回転も差が出ればクオリティの違いは歴然としている。

ただしこれは、500回転を回したわしの台の期待値がプラスだった場合の話で、もしそうでないならば、400回の台はそれに輪をかけてダメな台という話にすぎない。一方で400回でも充分に期待値があるのであれば、わしの500回というのはお宝台の可能性が広がってくるため、その辺りの目安に関してはしっかり予習しておく必要があるだろう。


ここで本題となるが、もし同じ状況で600回まわっている台があったら…ということだ。この差を確認した段階が、先に挙げた一番悔しい時に該当する。仮にわしの台が500回転で期待値十分だとしても、600回で十二分の方がより一層輝いて見えるのだから。回転数の差についてもそうだが、「同じ時間を使って」という効率の悪さについて最大限の悔しさを感じてしまう。

余談ながら、わしは誰よりも時間を有効に使いたいと考えている。言い方を変えれば、誰かより時間をムダに使うことは避けたい。大袈裟な話ではあるが、わしの余命を考えればムダな時間は残っていないということだ。


さりとてこの想定は人気台の新装初日というもの。シマに人が雪崩れ込む状況なら台選び時の僅かな迷いや躊躇が台取り失敗に繋がってしまう。そんな最悪の事態を避けつつ、誰一人満足に台を選べていない可能性が濃厚な中で中間の500回をゲットできたのなら御の字だと考えるようにしている。悔しさはあるのだが、やはりそこは「足るを知る」ということも必要なのだろう。

ただし、もし途中で600回の台が空くようであれば移動は厭わない。それは2時間で100回転の差は打ち手の技量云々より、台のクオリティに圧倒的な差(その日の)があると断定できるからだ。


また、一戦限りの勝負であればともかく、長い戦いを勝ち抜くには結果だけを追うことにあまり意味はない。なぜそこに至ったかというプロセスにこそ真理が含まれているものだ。もし600回の台をツモれなかったのであれば、400回、500回、600回の差はどこからやってくるのか、何が600回転へのエンジンなのか、何が400回転のブレーキとなるのかを見極めることが決定的に重要だろう。

ちなみに、翌日に実戦の予定があるならば、400回の台は避けて600回の台に座るのが賢明だろう。例えばステージに乗った玉からのヘソ入賞率、また通常ルートとの比率など、実際に打ってみないと分からないことは多いからだ。ストロークも台によって微妙に違ったりするので、同じような調整でも差は出るかもしれない。


そもそもパチンコというのはアナログ要素が強いため、新装初日などはホール側も新台の扱い方を把握していない可能性はあるし、回転率に大きなバラツキが生まれることもしばしばだ。

もちろん打ち手の技量に左右される部分も大きい。シビアに打っている人なのか、適当に打っている人なのか、その見極めも必要となるが、わしはそれらを多角的に勘案して翌日以降に活かしてきたつもりだ。

まぁ結局のところ、試行回数を増やして消去法で優秀台を浮かび上がらせていくしかないし、その地道な積み重ねが場末のパチンコ打ちの糧となっていく。それらの作業に派手さはないものの、少なくともこれまでは結果を出してきてくれているし、それは取りも直さずわしをここまで支えてきてくれたものの正体でもあるのだ。


ところで、突然ではあるが今回が最終回となる。そこで「永遠なれ! ゆきりん!!」と言わせていただいたところで筆を置きたいと思う。

長きに渡りご愛読ありがとうございました。
アツいぜ
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