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- 無謀実戦コラム[神7]
四帖半 第2戦(前半)
大人なのに銀行口座にもう6千円しかない。
給料日までまだあと2週間近くあるのにもう6千円しかない。
先月行った、このアホみたいな企画、神7の実戦以降、全ての歯車が狂ったようにお金が消えていく。
神7実戦の後、友人の結婚式が2つあり、人気ライター嵐氏と取材終わりで打っては負け、漫画の実戦取材で打っては負け、休みの日に打っては負けて、なんのかんので2週間で25万近くがなくなって銀行に6千円しかない。
大人なのに…。
もういい大人なのに…。
しかし。嘆いていても6千円は増えぬので、それでも神7の実戦は間近に迫っているので、これは本格的に何か手を打たねばならないと考えた俺だったが、すぐ閃いた。
まずは、喫煙所に行って世間話の振りをしつつ、その場にいた編集に話しかける。
「突然なんだけどもさ、出資しないかい?」
「なんですか急に」
「イヤなに。怪しい話では決してないんだけども、ホラ俺、神7って企画をやらされてるじゃない?」
「はぁ」
「それでさ、その、ミリゴを10万負けるか7000Gは打たなきゃならないんだけどさ、その軍資金をこう、広く世の中に募って、勝った暁には人々に還元するっていうのも、俺の一つの使命かな、なんて思ったものだから」
「はぁ?」
「それでね、一口1万円なんだけど、どうだろう。何口ほど出資してもらえるだろう?」
「…………あの~、それって負けた場合はどうなるんですか?」
「ああ、そこはやはり皆さん気になさるところだよね。その点についてはきちんとご説明させて頂いておりますが、まぁ万が一負けた場合は、これはもう出資、という形で資金を提供して頂いているので返金されません。ただ! 勝った場合、仮に私が次回のミリゴで20万勝ちましたと。その場合、お客様の出資した額によりますが、利益の一部を還元すると。こういったシステムになっております」
「…ヤメときます」
この調子で何人かにあたってみたもののけんもほろろ。
「こっちにメリットがひとつもない」とか「そもそも金出すくらいなら自分で打つ」とか「お前には何も実績がない」とか「実績どころか暴落がわかりきってる株を買うわけがない」とか「それは詐欺です」とか色々言われて、ああもうじゃあ頼まねえよ! こちとら日々の暮らしにあくせくしてやがるお前らみたいなもんに少しでも夢といったものを見せてやろう、一緒にロマンを追いかける栄誉に浴させてやろう、そういう心からの博愛主義的なモチベーションでのみから作られたビジネスプランを提示してやってるってのに、馬鹿馬鹿しい。俺がミリゴで万枚出したときに歯噛みするんだな! 薄情ものどもが!
心の中で毒づいて、クサクサしながら仕事に戻ろうとしたところ、編集部に打ち合わせで来ていた嵐氏がおる。嵐氏はドのつくお人よしだし、ドのつくMだし、もしかしたら話にノッてくるかもしれない。少しアホだし。
「イヤですよ」
俺は耳を疑った。まだ話の途中だった。「出資」の「しゅっ」くらいだった。なんだってんだ、一体。人が神に立ち向かうというときに人間同士で争っていてどうするんだよ。宇宙人が攻めてくるのに国同士で争っていてどうするんだい?
ここはもう情に訴えかけるしかない。泣き落としでも土下座でもすれば、きっとこの話が悪いものではないと理解してくれるはずだ。だってビジネスプランとしては隙のない完璧なものなのだから。すると嵐氏は「だって、もし勝った場合、しゃっくとのノリ打ち分はどうするの?」と言う。
そうだった。
神7はしゃっくとのノリ打ちなので、勝った金は当然折半となる。もし俺が軍資金の一部を出資されていたら、勝ち分は出資者に還元しなければならない。つまり、10万勝った場合、俺としゃっくで5万ずつ。出資額が5万だった場合、出資者にも5万。俺、取り分ゼロ。ただ働き。恐怖にさらされながらただ働き。
こうして俺の「ミリゴで幸せニコニコプラン」は頓挫した。もうダメだ。こんな落とし穴があったとは。好事魔多しとはまさにこのこと。と肩を落としていると嵐氏はのん気に「なんか話してたらミリゴ打ちたくなってきちゃったな。行きます? ノリで」などと笑顔で俺を地獄に誘うので「金ねぇんスわ」と凶悪な顔で言い捨てると「金なら貸しますから」と蠱(こ)惑的なセリフを吐く。
しかしながら、「ニコニコプラン」のセールスにかまけて、やらねばならぬ仕事をサボっていた俺は、パチスロを打ちに行く時間的余裕がなく、残念だったが断ると「ああ~今日はGOD引きそうな気がするなぁ」と聞き捨てならないことを言うので、俺は瞬間的に「GOD引いたらノリにしてよ!!」とキレ気味に叫んでいた。
「はぁ? アンタ自分が何言ってるかわかってるの?」
「GOD引いたらノリにしてよ!! ね? いいでしょう嵐さん。GODなんてホラ万が一にも引かないんだし…っていうか8192分の一でしか引かないんだし引いたら嬉しいわけだし、その嬉しさとか幸福感みたいなものは人と分かち合うことで何倍にもなるものなんだし、俺仕事しながら嵐さんがマジでGOD引くように祈ってるから! 頑張れ頑張れって。祈ってるから」
「アンタ…狂っちゃったんスか?」
「狂っちゃないよ。狂っちゃないさ…。ただ、嵐さんにGODを引いてほしい。ただそれだけ。そしてその時、たとえ遠く離れていても俺も喜びを分かち合いたいだけ」
「遠く離れて…って、編集部近くのK店で打つだけですよ?」
「距離なんか問題じゃないんだ」
「つーか、GOD引かなかったら…?」
「それはキミ、自己責任だよ」
「おかしいでしょーーが!!」
「なんにもおかしくない。何もおかしくなんかないよ嵐さん。俺、祈る。嵐、GOD引く。それだけ。ミンナ、シアワセ」
「心優しい怪物みたいな喋り方してもダメだよ! 最悪仕事で行けないならオレひとりで打ちますから。じゃあ、お疲れ様です」
「ほう、アンタ、原稿は?」
「………」
「アンタ、確か〆切間近の原稿がタンマリあったはずだったよねえ」
「……きったねえぞ」
「ここはひとつ大人の話し合いってものをしましょうや。嵐さんは激務のさなか、たまさかポッカリと空いた時間にミリゴを打ちたい。俺は嵐さんがGODを引いたらノリにしてほしい。お互いの利益は一致してるじゃないですか」
「1mmもしてねーよ!」
「まままままま。まあそう興奮しなさんな。良いですよ。どうしてもフツーに一人で打ちに行くってんなら誰も止めませんよ。ただ、えーと確か嵐さんのページの担当者はまだ編集部にいたような…」
「わかったよ!! わかりました!! GOD引いたらノリね! こんなバカな話がまかり通るのは今回だけですよ?」
話はまとまった。結果として、俺の交渉術が火を噴いた形となった。あとは仕事に戻り、嵐氏がGODを引いたという報告を待つだけだ。氏なら必ずや成し遂げてくれるだろう。2人の悲願を。
報告は30分後に来た。
「…やっちまいましたよ」というメールとともに天空の扉で7図柄がテンパイしている写真が目に眩しい。
続けて「実は、やっぱり溜まってる原稿がヤバいので、代打ちをお願いしたいんですが」とメール。
よかろうもん。行かいでか。俺は仕事をキリのいいところでやめ、嵐氏の待つホールに全力疾走で向かう。
ミリゴのシマで早くも7セット目を消化中の嵐氏を見つけ叫ぶ。
「この天才っ! 嵐さんたらホンマ、神のごときヒキを持つ平成の快男児やでぇ!」
「しぃっ! ちょっ…静かに…」
「よっ! この狸親父!」
「褒めてねぇし静かにして…」
「2丁目でモテモテッ!!」
「黙れよっ!! ……まったく、マジで一回落ち着いてくださいよ…! とにかく、初当たりGODで赤7を2回引いて他にも上乗せしてるから9連は確定してます。で…やっぱ、原稿書くので代打ちを頼みますよ」
「……でも、本当にいいのかい? ノリで…」
「はぁ? アンタね、この期に及んで俺が約束を反故にするワケないでしょうが。俺たちはもう一蓮托生なんですよ。GODを引いたその瞬間からね…」
どうやら、嵐氏もGODを引いた興奮にあてられて、若干おかしくなってるようだ。
「とにかく、約束は果たしたぜ。あとはアンタの腕次第さ」と颯爽と帰路につく嵐氏の後ろ姿を見送り、俺は時間を確認した。
現在8時少し前。閉店まで3時間を切っている。9連で終わるかもしれない。でも閉店まで続くかもしれない。だったら可能性に賭けてブン回すしかない。それがノリ打ちのパートナーに選ばれた(選ばれてない)男の、唯一の使命なのだから――。
一心不乱にブン回した結果、22連目の途中で閉店終了となった。ハズレでの上乗せを2回、黄7の6連を2回やった。最低でも6セットを乗せたという事実に俺は少し安心した。
あんな、一歩間違えれば恐喝罪で立件されかねない俺の提案を、そうとわかっていながら甘受してくれた嵐さんに、これでちょっとは顔向けできる。
ただ。
ただ、10時48分、つまり閉店2分前にGODを引いたことだけは我慢できない。
あと2分がどうして我慢できないのか。神7実戦では引けないものを、どうして閉店2分前に引くのか。なぜ俺はGODの後、次に引いた黄7を揃えてクレジットを落としているのか?
都合5千枚ほどのレシートをケータイ写真で撮り、嵐氏に送る。
帰ってきた返事には「よかったですね! 勝った分はとりあえず預けておきます。神7の軍資金に使ってください(もちろん俺の勝ち分はちゃんと返してもらいますよ!)」とだけあった。
俺は涙が出た。ような気がした。そう、本番はまだ始まっていない。艱難(かんなん)辛苦を乗り越えて手にした軍資金で、神に挑むのは来週なのだから。
つづく