チャカポコとゾウ
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斜め後ろから見えるチャカポコの丸くて白い下膨れの頬を見ながら、「謎はすべて解けた……」と実際に呟いてみた。

金田一の血筋でもない俺がこのセリフを口にする日が来るとは。人生とは摩訶不思議である。ついでだから心の中で「じっちゃんの名にかけて!」と力強く付け足しつつ、目を瞑りながら大きく2~3回頷き、己の満足感を表現しておいた。

そして、そのまま3分ほど、次の「チャカポコ」発生チャンスを見逃さぬよう、その場で待機してみた。

その間、俺の推理の正当性が強まったかというと実は微妙であった。決定的な証拠を掴みたいと思いながらも、ただ待っているのも飽きてきたので、家に帰ることにした。

真っすぐ帰るのも何だか物足りなかったので、5分ほど歩いて駅の反対側に足を伸ばし、TSUTAYAに入って映画コーナーをしばらく物色した。

その後、500円でトンカツ定食が食える行きつけのメシ屋に行って、それを頼んだ。500円というリーズナブルさを実現させるため、そのカツの薄さ、色味、歯ごたえは年季の入った靴の中敷きと酷似(もちろん中敷きを噛んだことはないけど)していた。

だが万年金欠の苦学生にしてみれば、ワンコインでトンカツを食べることができ、あまつさえライスと味噌汁が1杯までならばお替り無料とくれば、それに抗う術はない。最初からカットされているカツのうち、半分はソース、半分は醤油でドバドバに浸して、それらを米と一緒に掻っ込む時、俺の脳内では間違いなくドーパミン的なもんがドバドバ出ていた。

満腹になったら眠くなってきたので、競歩と小走りの間くらいのスピードで家に帰り、部屋に入った8秒後には冬季用要塞型寝具に己の身を格納させた。

冬季用要塞型寝具、その名もコタ布団とは、敷き布団とコタツを一体化させた一品である。エアコンなどというブルジョワジーの飽食暖衣を象徴するかの如き堕落的家電を排して生きる清貧の徒が編み出した要塞型寝床、それがコタ布団である。コタツだけだと、身体と畳とが密着した部分から体温が奪われてしまうが、敷き布団さえあれば上からも下からも温かいという寸法。

まれに、コタツからの熱波が太ももを焼く、という困難にぶちあたることもあるが、そういった場合は、ビートたけしの声で「コマネチ」と言いながらガニ股になればよろしい。その際は首を傾けて、肩をくいっと上げるとよりビートっぽさが出るぞ。




とまぁ、わけのわからんことを考えながら眠りに落ち、目が覚めた時には夕方の5時半だった。外は暗くなっており、一瞬自分がどこで何をしているか混乱した。

まずは煙草に火を付け、小便をしに共同便所へと向かう。朝イチに猛獣王を打ちにいって、不思議なおじさんことチャカポコと出会い、その謎を解いてからトンカツを食って帰宅して、昼寝のつもりが5時間ほど寝てしまったんだな。

と整理してみると、あまりの無軌道さに顔がニヤついてしまった。なんという無為、無用、無駄。なんというレット・イット・ビー。ここまで来ると我ながらいっそ清々しい。


小便を終えて、ぶるるっと身震いしながら部屋に戻ると、携帯が鳴っていた。オーガからだった。

「よぉロク、お前メシ食った?」

「いや寝起き。どこいんの?」

「今は新宿、今日お前んち泊まるから、どっかで軽く飲まない?」

「ああ、じゃあ家出るわ。うん、後で」

駅前でやけに上機嫌なオーガと落ち合い、いつも行っている居酒屋に向かった。ニヤケ顔のワケを聞くと、さっきまで新宿でパチスロを打っていて5000枚ほど出した、などと抜かす。

「何だと。ごちそう様です」

俺はオーガにグラスを手渡しながら言った。

「もちろん奢ってやるって。それにしても猛獣王、めっちゃ面白いね、アレ。アレ、お前何にしてる? ゴリラにしてる? ダチョウ?」

「あぁサバチャンね、俺はアレだな。ライオンが多いかな。100取れたらめっちゃデカいし」

「俺はもう断然ダチョウ。ダチョウ1択」

「ダチョウが1番やんないかな俺は」

「そゆとこ。そーゆーとこ、お前、ダメ。スロッターとして貧弱」

「バカ野郎、てめえ、ダチョウとかギャンブル性が高いでしょうが」

「AT機がもうすでにギャンブル性が激高ぇんだよ」

調子をこきまくっているオーガだったが、パチスロで爆勝ちしたヤツの自慢話を聞くのは嫌いじゃなかった。それが今夜のスポンサー様なら、なおさらである。

オーガはほくほく顔で大好物のほっけを食べていた。酒と店内の暖房でオーガの頬は上気し、うっすらと赤みが差していた。その色、つい最近見たぞ…と俺は思った。それはチャカポコの頬と似た色だった。

「オーガ、ちょっと聞いてくれよ。実は今日さ、俺も打ったのよ猛獣王を」

「負けたか」

「うるせっ! 負けたけど、そこじゃないのよ、俺が話したいのは」

「何?」

「猛獣王を打ちながら時々『チャカポコ』っていうおじさんがいてさ」

「………? もう1回言って?」

「猛獣王を打ちながら時々『チャカポコ』っていうおじさんがいてさ」

「………は? 何? 夢の話?」

俺は全てを説明した。読売巨人軍のキャップを被った身長150cmぐらいのお餅を彷彿とさせるおじさん、その名もチャカポコ。猛獣王を打ちながら独り発する「チャカポコ」の声――。

一見、何の法則性もないかと思われたその発声タイミングには、その実、衝撃の真実が隠されていたのだった――。

「あぁ、ハズレかボーナスかもしれない時に『チャカポコ』って言うのね」

オーガはあっさりと俺の推理の核となる部分を言い当てた。

「お前っ!! 何だよ、そんな簡単に! 俺の中の金田一がお前っ…ふざけんなよ」

最後に俺が目撃した時、チャカポコが「ちゃか…」とまで言って、右リールを押してガッカリしたようなそぶりを見せた。その時、中リールの中段にはゴリラがいて、右リールでリプレイを否定すれば、ハズレ(AT抽選契機)かボーナス、もしくはチェリーとなる。

ところが、右リールの上段にリプレイが停止し、リプレイが確定したため「チャカポコ」と最後まで言わなかったのだろう。

これが俺の推理だった。俺がこの推論を導き出した時には、アルキメデスの市中全裸疾走ばりにユリイカだったのに。

「いや大げさなんだよ。話聞いてるだけでもわかるって」

「ちくしょうっ。でもテメーわかったとしても俺に言わせろよなソコは。サビんとこだけ歌われちゃった感じがしているよ俺は今」

「でもさ、変すぎるだろ、そのおじさん」

「何が?」

「何がって……お前、『チャカポコ』の発生の法則が分かったからって、根本は何も解決してないよ? 問題は『どうして、チャカポコ、なのか』ってことだぜ。そもそも何だよ、チャカポコってよ」

俺は思考の死角を突かれたような気がした。確かにオーガの言う通りである。

何故、チャカポコなのか。

俺とオーガの周りにジョジョっぽい擬音(ドドドド)が急に出てきた感じがしてきた。

チャカポコとは何なのか。

祈りの言葉なのか、気合の言葉なのか、いずれにせよ、パチスロを打ちながら言っている時点でおじさんにとっては何らかの呪術的な意味を持つ言葉ではあろう。我々だって、ここぞという時には「せいっ」とか「オラっ」とか気合を入れたり願いを込めたりして言葉を発することは多々ある。

しかし、彼は「チャカポコ」なのだ。

また「チャカポコ」はオノマトペの一種、特に擬音語であることも間違いあるまい。つるつるとかワクワクといった擬態語ではなく、擬音語。――おそらくは、打楽器系の擬音……それも何やら陽気な感じの……。

俺たちは延々と酒を飲みながら議論を重ねた。しかし答えが出るはずもなく、徐々に話題はズレて、上戸彩の可愛さがヤバいという結論が出た頃には夜中の2時を回っていた。

「とりあえずぅ~、明日、まぁた猛獣王打ちに行ってみようぜ。そのポコちゃんがいる店にさぁ」

「チャカポコね、チャカポコ。なはははははは」

こうして俺とオーガは翌日にサバンナへ赴くことを心に誓いながら、それぞれ逆サイドからコタ布団に入り、寝たのだった。


【続く】