膝を抱えてペプシマン
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偽造ポイントカードで高設定打ってウハウハ大作戦が失敗に終わってから2週間ほどが過ぎた。オーガにコトの顛末を話したら、最初は怒り100%だったのが途中から俺の情けなさがツボに入ったらしく咽せるほどに爆笑して、最終的にはオーガへの取り分はナシという温情を示してくれた。

ただし、オーガのバイト先の変人・ツヨシへの口止め料20000円はとりあえずオーガが建て替える形になり、それは俺が借金として負うことになった。

次に、作戦結構の翌日に利子だけでも入金するため訪れなければならなかったはずの学生ローン・ふれんど電だ。これについては、家に置いてあった大量の漫画の中から目ぼしいモノを拾い集め、中野ブロードウェイにあるまんだらけでそれらを売り、何とかした。

利子の分だけ返済した後、手元に2000円ほど残ったのでそれを交通費と食費に充てつつ翌日から連続で日雇いバイトを入れまくった。人間らしい生活を送るべく、働かざる者食うべからずの精神で、月月火水木金金の心意気で、黄色と黒は勇気の印で、連日連夜24時間中8~9時間ほど労働に勤しみ、とりあえず61000円ほどの金を手にした。

この金のうち、作戦当日にトゥンに借りた3000円とメン子に借りた3000円は即座に返済した。残りは55000円ということになる。


さて、お次はツヨシへの口止め料を立て替えてくれているオーガに2万を渡さねばならない。

すーっ。

俺は口をすぼめて空気の通り道を細くしつつも大量の酸素を肺へと送った。

はーっ。

大きく息を吐き、目を閉じて、口角を上げながら頭の中で5万5千引く2万をしてみたところ、残りは35000円という結果になった。

その金額は、考えないようにしていたが俺の住むボロアパートの家賃の支払いを思い起こさせる力を持っていた。すなわち、家賃34000円。

つまり、だ。オーガに2万払って家賃も払ったら1000円しか残らんのであって、それはマジで許されない事態だなぁ……と俺は思った。あんなにも頑張って働いた金がそんな、キミ。そんな簡単に。まるで朝露の如く。ははは、断じて許されぬ。ここで馬鹿正直にオーガへの返済だの家賃の支払いだのをしてしまったら俺の首が回んないじゃないの。

もちろん払うべき金は払いたいって、こんな俺だって心の底から思ってる。思ってるけども、緊急事態に己の身を優先することを責める者がおるかね、果たして。おるまいて。今は冬だよ。しかもココは人心の荒廃に歯止めがかからぬ帝都・東京だよ。ある程度の金を懐に忍ばせておくことだけがメガロポリスでサヴァイブするタフネスを担保するってぇもんじゃねぇの。なぁ。はぁ? あん?


そんな風に精神世界で生み出したヤンキーにメンチを切りつつ正論を述べていると、「おいおい、金を増やせば万事解決するぢゃあねぇか」と眉毛の繋がった葛飾区あたりの交番で働いていそうな江戸っ子警察官に諭されたので、俺はパチ屋へと行った。

行っただけである。もちろん打つ気などほとんどない。万が一、めっちゃ打ち頃の台があった場合にのみ、ま、勝負をかける――って言うか、違うな。勝負じゃないナ、それは。むしろ落ちている金を拾う行為に近い。据え膳、というヤツだ。そう、据え膳があったなら、もちろんきちんと頂く方向です。


まずはアパートから1番近いブラッディウィングというスロ専の店に行った。6枚交換の店でいつもあんまり客がいない。

ぐるっと台を見て回ったが特に美味しい台はなかった。うむ、こんな店に用はない。もう少し客が付くように営業努力をしたまえよ、と心中でマネージャーにアドバイスして次の店へと歩く。


2軒目は偽造ポイントカード大作戦を決行した、マネージャー鮫島が統括するドンダマキングである。この腐れホールはジャグラーの5をもってしても俺に勝たせることができないほどに磁場が歪んでおり風水的には最悪の店なのだが、札系イベントとかで俺の心のやわらかい場所を時々締め付けてくるのでチェックぐらいはしてもよかろう。

というワケで店内に入ってみたら、どうやらイベント日だったらしく稼働率が9割を超えていた。混んでいる店が嫌いな俺は早々に退散し、次なる戦場を目指す。


3軒目はレッド&ブルーという1年半ほど前にできた中型スロ専で、店内がめちゃくちゃ薄暗いのが特徴だった。BGMも他店とは一線を画しており、何だか重低音の効いたクラブミュージックっぽいカッコイイ曲が流れていて、薄暗い雰囲気も相まって自分がイケてるギャンブラーになった気分を味わえるという点において俺のお気に入りの店だった。

4割ほどの客つきの中、俺は空き台のデータ表示器を素早くチェックしていったが、空き台のほぼ全てがほとんど回っていない状態で、ハイエナとかそれ以前の問題であった。




駅の反対側に足を伸ばし、歩き疲れた俺はとりあえずジャパングというホールの地下のフロアにあった一撃帝王の空き台に座り、自販機で買ったカフェオレとマルボロで一服を決め込んだ。一時期は毎日のように通った店だが、偽造ポイント大作戦に従事していたココ数ヶ月はすっかりご無沙汰で、何だか懐かしさを感じていた。

一撃帝王の下パネルに描かれたラオウみたいなヤツの顔を見ながら、俺は深いため息をついた。

何だよ。打つ台ないじゃない。こんなに歩いたのに。もう。

俺は煙草の煙を両方の鼻の穴から勢いよく噴出させながら、しばし懊悩した。

どうしようかな、やっぱり打たずに家に帰ろうか……でも、奴ら(オーガと大家)に金を払ったら残金がヤバいしなぁ……こうなったらこの一撃帝王を打ったろうかしら。……イヤ、さすがにそれはマズい。有り金全部吹っ飛ぶかも……かといって他に打てる台は……。

ぼんやりと周囲の様子を見ながら考えていると、とある台が目に入った。

「ん……?」

俺はその台に近づいてみた。

その台――サンダーV2は円形に12台並んでいるシマにあった。12台のうち4台がサンダーV2で、4台とも稼働はしていなかった。

やや薄暗い店内にあって、その青黒い筐体は液晶とリールの部分だけを光らせながら、待ち人が来るのを静かに待っているようだった。

ゆっくりと4台の前を歩きながら、頭上のデータ表示器に目線を移す。一体どうして、誰も打っていないサンダーV2が急に気になったのか、自分でもわからなかった。何だか、かすかな違和感のようなものが……。

その瞬間、俺はある事実に気付いた。朝イチ340Gほどハマってボーナスを引けずにヤメてある台、そんな打つ要素など全くないように思える1台の前で俺の興奮は徐々に抑えられないものになっていった。

その台のデータ表示器は前日と前々日のデータが確認できた。確認できる要素はBIGの回数とREGの回数、そして1日の総回転数――オーソドックスなタイプである。

■前日
・BIG:0回
・REG:2回
・総回転数:730G

■前々日
・BIG:0回
・REG:1回
・総回転数:660G

……なんてこった。

こんな台を見つけてしまうなんて……神は俺を見放してはいなかった……。


サンダーV2は!!!


BIG間で1200G、2400G、3600Gハマれば!!


それぞれ天井が発動するぞなもし!!!


そんでこの台は、一昨日からコッチ、BIGが引けねーまま、660G足すことの730G足すことの本日340Gハマリってこったからよ、少なくとも1730G回っとるンだわ!!!! 第2天井とされる2400Gに到達した暁には!!! イナズマラッシュ10連以上が確定するぞなッ、もし!!!!!!!

大昔に読んだ『坊ちゃん』に出てきた四国地方の方言をうろ覚えで駆使しつつ、俺は即座に台を確保し、バレエダンサーのような滑らかさで1000円をサンドに滑り込ませた。

2400Gに届かせる。届かねばならぬ。俺のためにも。大家のためにも。オーガとツヨシのためにも――。


【続く】