サイ・神の麺・サバイバル
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鮫島はその名に相応しくキビキビとした動作で、俺が指さしたカドから3台目のゴーゴージャグラーの前面をガチャッと開き、クレジットが表示されるセグの部分を左手で隠しながら何やら台の中でゴソゴソしていた。そして、何かのまじないのようにレバーをココココンと叩き、隠していたセグの部分を俺に見せた。そこには「5」という数字が表示されていた。

「ご確認下さい。こちら設定5です」

と、カッコイイ感じでメガネをクイッとやりながら鮫島は俺に微笑みかけた。その所作のスマートさはさすが我が組の昇竜、若手ナンバー1のやり手インテリヤクザ・鮫島、といった感じである。俺が勝手に名付けたわりには、もう鮫島には鮫島以外のどんな苗字も似合わない気がしたので思わず「ご苦労、鮫島」と言いそうになったが堪えた。

「あじゃじゃます」と盛大に噛みながら頭を下げ、俺は台に座った。鮫島はその場を去っていった。

トゥンとメン子が小走りで俺の後ろにやってきて、口々に「どうだった? 大丈夫だった? どうだった?」と喚いていた。その様は餌を待つひな鳥のごとき喧しさで、今から悠々と大空を舞い大量の出玉をせしめる大鷲たる俺にとっては実に愚かしく、しかしながら愛らしくも感じさせる、まさにか弱きものであった。

「落ち着け。最大の難関は越えた。俺の堂々とした態度が奴らをして砂粒ほどの疑念を抱かせしめなかったのだよ。いいか、あとは出すだけだから。君らは休憩コーナーで待っていなさい。さいとうたかを先生の『サバイバル』があるから。それ読んでなさい」

トゥンとメン子は休憩コーナーに行った。


その2人と入れ違いに、通路の奥から鮫島がコッチに向かって歩いてきた。「ニェッ」と俺の口から謎の鳴き声が漏れた。なぜなら、心臓が止まりそうになったからだった。

ヤバい。やっぱバレたのか。時間差でバレたのか。即座には見破られなかったけど、よぉく確認してみたら偽造カードじゃんコレ、ってなったのか。1回でも騙しおおせたと思った分、ガッカリが凄い。そしてそれは、騙された側の怒りのレベルがさらに上がることを意味する。

あぁ、俺は鮫島にシメられるんだなぁ、と無意識のうちに殉教者のように胸の前で両手を組んでいると、鮫島は手に持った札のようなものを俺が座っている席の頭上に刺した。

その札には『設定5確定!!』と書かれていた。

シマにいたほぼ全員の視線が俺の頭上に集まった。ある者はあからさまに羨望の眼差しを向け、ある者は興味がないということを表明するかのような表情の維持につとめていた。

あぁ。なんだよビビらせやがって……。俺はすでに疲れていた。朝から精神が緊張状態と緩和状態を乱高下しているので、なんか2歳ぐらい老けた気すらする。気を落ち着かせるために、俺はFIREの深煎り「贅沢」オレを買って一気に全部飲んた。勝つ前から贅沢をするあたりが俺の性根の豪胆さの証明である。


さて……と。やっと打てる。このゴーゴージャグラーの設定5でメッチャ出す。具体的には5000枚出す。

いくら根が楽観的にできている俺だとて、ジャグラーで万枚を狙うほどには夢見る少女ではない。そんなん聞いたことがない。ましてや設定5ですから。ここはひとつキリよく5000枚。それで手を打ちましょう。10万円を手にできれば一応の格好はつくだろう。ポイントカードの偽造までやっとんじゃから。ワシの手ぇはとっくに泥だらけなんじゃ。

と思っていたら、スゥッとGOGO!ランプが光った。何の音もなく。綺麗すぎる。使った金はたったの1000円である。さすがは設定5である。さすがは俺である。総投資1000円で5000枚出せるなんて、カードを偽造した甲斐があったってもんである。

まぁこれはREGだったけど、俺は去年末から、年をまたいで数日前までの日々を思い返していた。

カード偽造計画を思いついたトゥン、日雇いバイトでふれんど電の存在を教えてくれたタカギ君、カードのデザインをやってのけただけでなくバイト先のパソコンとプリンタを提供してくれたオーガ、何故かウンコを流さない長渕ファンのツヨシ、土壇場になって軍資金の一部を貸すと言ってくれたメン子――。そして、そんな日々を過ごす俺の胃袋を、めっちゃ美味い餃子で満たし続けてくれた健さん。

REGの分の出玉はすぐにノマれ、俺は2000円目をサンドに入れた。サンドからドヂャッと出たコイン50枚を下皿に移し、さっさとBIG当たんねぇかなぁ…と打ち続けていると上段に7・BAR・7が並んだ。問答無用のリーチ目である。

ジャグラーをほとんど打たないにもかかわらずクールなジャグラー打ちの立ち振る舞い方ってヤツを生まれながらに熟知している俺は、言うまでもなく右リールのストップボタンの指を離してはいない。この指を離すと同時にGOGO!ランプが点灯するわけで、光らせるも光らせぬも俺の思うがままなのだ。生殺与奪の権、我にあり。というわけだ。

このボーナスはBIGであることが望ましいので、そこらへんをこの台には理解させておく必要がある。機械といえども、いや機械だからこそ人間の意にそぐわない振る舞いをすれば酷い目にあう可能性もあるのだぞ、という威圧を感じさせるべく俺はボタンをギュムリとネジった。具体的には右手の親指を反時計回りに180度回転させた。ちょうど時計の針を12時から6時に逆行させるような感じである。その際の力加減としては、この摩擦で親指の指紋が消えても構わないというレベルにしておく。

まぁREGだったんだけど、何なの。疲れちゃうわ。まぁまだ2000円しか使ってないけど。トゥンとメン子ちゃんいるけど。できれば俺が持ってる8000円のうちにケリつけたいんだけど。REGとかイイからパカパカBIGだけを当て続けさせろや。ランプが光るだけでクソ面白くもねぇ台なんだからよ。せめてコインを吐き出して俺を笑顔にさせろ。イライラさせるな。


――という罵詈雑言が台に聞こえたのか、その後は何も当たらず光らず、俺の8000円は露と消えた。休憩コーナーに行くとトゥンとメン子が「サバイバル」を熟読していたので、ゆっくり優しくトゥンの頭をチョップして俺の存在を気付かせた。

「おもしろい?」

あえて余裕の表情を作りつつ、本題の前に世間話から入るのが金を借りる際のコツである。

「金なくなったの?」

うん、1発で見抜かれた。それもそのはず、このやり方で俺は何回も金を借りているのだから。

「なくなった、と言っていい」

トゥンは苦笑し、ため息をついてケツポケットから財布を取り出した。するとその時、メン子が読んでいたサバイバルから顔を上げて叫んだ。

「アタイの出番かえ!?」

メン子の瞳に、無邪気なやる気が燃えているのを見た。

メン子は今までにパチスロを打ったことがない。つまりビギナーである。そして勝負事にはビギナーズラックという、科学的には証明されてはいないがその名が人口に膾炙するほどには一般的な体験として認識されている現象があるのだ。

ここはひとつメン子のビギナーズラックに賭けてみるのもアリだ。ちなみに俺にはビギナーズラックってもんはなかったけど、今はその悲しい思い出を回顧する必要はない。


メン子を台のところに連れていき、まずはサンドに1000円を入れさせる。サンドから50枚のコインが出てくる様を見て、メン子は「わぁ~」と小さく言いながら拍手をしていた。コイン投入口にコインを入れさせて、レバーを叩かせる。回り出したリールを見ては拍手。ボタンを3つ止めてサイ(リプレイ)が中段に揃ったと同時に「サッイッ!!!!!!」とシマにいる客全員がコッチに振り向くぐらいの声量で絶叫。

湿地帯をブラブラしてて疲れたからちょっと休憩しようかなと思って、近くにあった手頃な岩に座ったらそれが岩じゃなくてサイだった時しか、そんなデケェ声でしかもサの直後に声を詰まらせて小さい「ッ」を挟む方法で「サイ」と叫ぶことはあるまい。

俺は恥ずかしさと面白さを堪えるために奥歯を噛みしめながら両目をギュっとつぶった。メン子ちゃんの近くにいるということは魂の修行なのだ。耐えるしかねぇ。

「サッイッ!!!!!!」と叫んだ数ゲーム後、メン子はレバーONでGOGO!ランプを光らせていた。何故か無言で点灯しているランプを指さし、俺の顔をじっと見ている。白く細長い指がGOGO!ランプに美しく照らされていた。これはBIGだろう。俺の直感がそう告げていた。

まさしくそれはBIGであり、さらにその後、メン子のビギナーズラックを用いてジャグラーを討ち取るという俺の策は大成功の様相を呈し始めた。噂に聞くジャグ連というヤツなのか、とにかくポコポコと当たり、あっという間にBIGが8連チャン、多分2000枚あるかないかぐらいの出玉をゲットしていた。ただし、初心者特有の打つスピードの遅さと、メン子特有の謎のリアクションの多さにより、時間はそこそこかかっている。

メン子は途中までは満面の笑みで打っていたが、だんだん無表情になっていった。どうやら飽きてきたらしい。

「メン子ちゃん、気分転換にメシ行こうか。美味い餃子、食えるから。近くの店で」


休憩をとる宣言を店員にして、俺とトゥンとメン子は店の外へと出た。当たり前のように餃子の王将に入り、健さんが餃子を焼いている様を確認して餃子定食を食うようメン子に強く勧める。メン子は頷き、トゥンも俺も餃子定食を頼んだ。

俺たちのテーブルに健さんの手による餃子36個(1人前12個×3)が運ばれ、俺たちは無心でそれにありついた。餃子をほおばりながら、俺は心底安心していた。カードの偽造もバレず、いっぱい出るのか不安だったジャグラーですでに2000枚前後の出玉を手にしている。この調子で出し続ければ最終獲得枚数5000枚は決して欲張った数字ではない。6000、ないしは7000枚を視野に目標を上方修正しておいてもよかろう、と。

「もう私は飽きたわ。ロク君変わって。私はブロードウェイをブラブラブラしてくるわ」と普通の人より1回多く「ブラ」を言って、メン子は野郎2人を置き去りにして行った。トゥンは「俺はサバイバルの続きを読む」と真剣な顔で言って再び休憩コーナーへと足を向けた。




俺はメシ休憩の終了を店員に伝え、さらなる出玉を求めて一心不乱にジャグラーを回し始めた。心の中で、確定している今日の勝利と、その後のことを考えながら。

首尾よく7000枚出た暁には、勝った金のうち、まずメン子ちゃんにご祝儀として1万あげよう。そんであの、オーガが買収したツヨシに口止め料としての2万を払わなくちゃだな。そして残った金、10万ちょいを俺とオーガとトゥンで山分けしよう――つまり1人3万ちょいの実入りか……。

ちょっと前までは勝ち分の内の50%を俺が持っていこうかと思っていたけど、もうそれはイイや。なんだか色々あったし綺麗に山分けの方が後腐れもないし。労力の割に少ない気がするけど、まぁしゃあない。そもそもが偽造ポイントカードで得た金なのだ。

それにこう言うのもアレだけど、偽造計画が今回限りになってしまったのも、ある意味でよかったのかもしれない。この手口が上手くいって計画を持続させて莫大な金額をせしめるなんてことがあったら俺たち本物の悪党になっちゃうし、被害額がデカくなった後にコトが露見したらと思うと普通に怖い。俺の心臓は犯罪者用にはできていない。やわなハートが震えるアーティストタイプだから。



などと考えながら打っていたら、出玉が全部ノマれた。

出玉が全部ノマれた。

デダマガ・ゼン・ブノマレタ(1290~1341)、シャルハーン朝で3人の王に仕えた伝説の麺打ち職人。彼の打った麺は決して途切れることがなく、噛んでも噛んでも噛みきれないそのコシは当時の人々に「神にのみ噛み切れる麺」として称揚された。なお、本人は麺類を嫌っており、理由は「なんか細長くてキモい」からとのこと。


「なんでだよ!!!!?」

俺は店内が煩いのをいいことに、まぁまぁデカい声でキレてみた。

どうして俺が打ち始めた途端にREGが6連もするのか。どうして俺が打ち始めた途端に700Gハマった後に500Gハマったりすんのか。どうして俺が打ち始めた途端に両隣が爆連して俺の出玉をサクッと追い抜いていくのか。どうして麺打ち職人のくせに麺が嫌いなんだよ。

理不尽が過ぎる。理不尽が過ぎる。つーか、馬鹿が。デダマガ・ゼン・ブノマレタなど存在しねンだよ!!!! 馬鹿か!!!


俺はトゥンのもとへと走り、ヤツから3000円を――。

「あれ? 5000円持ってるって言ってなかった?」

「さっき餃子定食、メン子の分も払ったから……ってゆーかコインなくなっちゃったの? あんなにいっぱいあったのに?」

「ブノマレタんだよ!!!!」

「どゆこと?」

トゥンから借りた3000円は光の速度より速くなくなった。これにはアインシュタインもびっくりである。そんなアホな現象を引き起こしてしまうジャグラーとかいうこの宇宙の忌み子は、俺が後ほどしっかりと滅さねばなるまい。だがその前に設定5のポテンシャルを吐き出し尽くしてもらわねば困る。俺はトゥンにメン子ちゃんに電話させた。

台の前に座り、打ちもせずに眉間にしわを寄せ、目をつぶりながら腕組みをしている俺。メン子の持つ軍資金6000円が頼みの綱なのだ。俺にできるのはただひとつ。金が届くまでの間、この台に対して、一体誰がご主人様なのか、ということを知らしめるべく威容を崩さずに鎮座していることだけだ。


トゥンとメン子が俺のところへと姿を見せた。メン子の手元には、朝には持っていなかった大きなビニール袋があった。そこには「まんだらけ」と書かれており、中野ブロードウェイにある古本屋・まんだらけで何かを買ったのであろうことが見てとれた。

「ごめん、漫画に4000円使っちゃった…あと2000円しかない」

うふふ。

謝るこたぁない。

メン子ちゃんの金の使い道はメン子ちゃんが決めることなんだから。

まんだらけに行っちゃったら漫画が欲しくなるのは自然の摂理だよ。なんか随分重そうだけど、何の漫画を買ったのだい? よかったら教えてくれないかい?

「サバイバル愛蔵版、全6巻」

「なんでだよ!!!!!!!!!!?」

俺は絶叫した。休憩コーナーで無料で読んでたヤツ欲しくなっちゃったの???? う~~~ん、そっか!!!!!! わからなくもない!!! わからなくもない!!!!!

でも、どーすんだ残り2000円で。

2000円、使い切ったらどーすンだ。


【続く】