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- 踊る東京ギリギリス(鹿達ロクロウ)
なけなしの2万でハーゴン退治

何故……何故、俺は餃子セットとやきそばを一気に食うなどという暴挙に出てしまったのか…。満腹すぎて苦しい思いをしながら、俺は丸く膨らんだ腹を撫でていた。
レジで会計をする際に、厨房の餃子を焼くコーナーで働いている健さんの姿が視界に入った。心中で「今日の焼き加減も最高だったぜ」と賛辞を送ってから店を出た。
食ったばかりなので身体は温かい。だが、1月の風はその熱を容赦なく奪っていく。マルボロに火をつけ、なるべく風が当たらないように電信柱の影に入り、携帯でトゥンに電話をかける。何度かコール音が鳴った後に、「もしもし」と寝起き丸出しの声が聞こえた。
「よぉ、寝てた?」
「あぅ、ふぅああぁ~~、ハイ寝てたよ。寝てました……どうしたの?」
「どうもこうもないわ、今からお前ん家に行っても大丈夫? そして金ある?」
「金? ないよ」
「マジか。マジか~……やばいな」
俺は現在の自分の状況をトゥンに伝えた。
明後日までに「ふれんど電」に利子と一部の元金を返さなければならないということ。俺の持ち金が色々あって8600円しかないということ。ポイントカードのデザインが一新されたから、今後のさらなる偽造は難しいということ。今ある1105ポイントで打てるのはジャグラーの設定5だということ。
「詰んでるじゃん、それはもう」
そう言ってトゥンは爆笑した。
「ちょっと!? 何で爆笑してんの!? 笑い事じゃねんだよ!」
「ダハハハハ!! いや~ごめん。そうだな、いやマジで絶望的な状況すぎて笑っちゃったよ。でもさ、8000円じゃあダメなわけ?? ジャグラーっていうパチスロットルは?」
「いやダメっていうか怖いじゃん。そりゃ8000円もかからずにボーナスが当たってそのままたくさん出るとは思うけど…軍資金は多い方がいいワケだし」
「でも、さっきも言ったけど俺も金ないよ。手元に1万、銀行にはゼロだよ」
「何でそんなに金ないのよ。しっかりしろよ」
「どの口が言ってんだ。俺もバイト代入るまでコレで凌がなきゃいけないから、貸せても5000円かな」
「給料日いつ?」
「月末だから、あと10日あるね。オーガは? オーガには借りれないの?」
「あぁ、あとで電話してみる。とりあえずトゥンの5000円は貸してもらいたいから、今からソチラに向かいます。じゃ、30分後に」
コートのポケットに両手を突っ込んで、早稲田通りを歩いて30分。歩きながらオーガの携帯に2回ほど電話したが、留守電だった。
トゥンのアパートに到着し、ドアを手のひらでバンっと叩くと「開いてるよ!」と中から声が聞こえた。玄関を開けるとトゥンがキッチンで何かを炒めていた。「ネギ炒飯か」と言いながら俺はコートを脱ぎ、緑色のソファにぶん投げて、「だぁ~~~」と言いながら自分の身体もそこに投げ出した。
「もうすぐメン子も来るから」
「あぁ、メン子ちゃんも来るの」
メン子はトゥンの彼女で、2人は1年ぐらい前から付き合っていた。メン子ちゃんの方がトゥンより2つ年上なので俺の5コ上ということになる。フリーターで居酒屋とコールセンターでバイトをしていて、一言で言えば不思議ちゃん……それがメン子だった。
突然ドアが開き、「ぽろろ~~ん! へい!」と言いながらメン子が部屋に入ってきた。おそらくあいさつであろう奇声に対しては無視しておいた。他文化の生命体に対して知ったかぶりで間違った対応をしてしまうことはむしろ失礼だったりするので、無視である。
「おぉメン子ちゃん。お邪魔してるよ」
俺は片手を上げながらメン子に笑顔を向けた。
「メン子も炒飯食う?」
トゥンが炒飯を皿に盛りつけながら尋ねた。
メン子は目をクリンとひと回りさせながら答えた。
「ほひ~~食う! きっきき」
意味のある情報としては「食う」という部分だけで、「ほひ~~」と「きっきき」については日本語に対訳できる言葉がない。ので、無視しておく。
トゥンは幸せそうに頷きながらもう1枚の皿を棚から取り出して、2人分の炒飯をテーブルに置いた。メン子はその皿を手に取り、「うっまそぉ~! まっそぉる」と言った。「まっそぉる」は「筋肉」を意味する英語「muscle」の可能性があったが、文脈的に不自然なので無視するのがよかろう。
この子、コールセンターで働いてるって言ってたけど大丈夫かしら…と思いながら、俺はメン子が炒飯を食べるのを何となく見ていた。すると突然メン子が動きを止め、俺の顔をじっと見つめてきた。
「な…何? 急に」
「ロクくんは今日は何で来たの?」
そうだった。金を借りに来たんだった。忘れてた。
「いやさ、トゥンにちょっと金借りようと思って」と俺が言うと、「5000円しか出せないけど…足しになる?」とトゥンが申し訳なさそうな顔をした。
給料日まで10日で持ち金が1万しかなく、そのうちの半分を貸すというのに、そんな申し訳なさそうな顔をするなんて……どこまでお人好しなんだ、コイツは。
「アンタ、お金あるの?」とメン子は怖い顔でトゥンを睨んだ。
「あ……あんまりないけど、月末までは持つから」
メン子は再び俺の方に向き直り、「何のお金? ロクくんはお金を何に使うのです?」と訊いてきた。
俺は状況を洗いざらい話した。時々鋭い目で俺とトゥンの顔を見ながら、メン子は黙って最後まで聞いていた。
そして、話が終わると彼女は言った。
「よし、私もお金を貸してあげる。でも明日、私にも打たせて」
「えっ!?」
俺とトゥンは絶句した。それは想定外の申し出だった。
「え、それは別にいいけど……。メン子ちゃんパチスロ打ったことないでしょ」
「ないよ。でも打ってみたいとは常々思っていたのだよ。きっきき」
「きっきき…って。ってゆーか、そもそもメン子だってそんなにお金ないでしょ?」トゥンが心配そうに言った。
「7000円までなら貸せる」
メン子は満面の笑みでそう言った。
新喜劇だったら舞台上の全員がズッコケたであろう完璧な間だった。俺も、もう少しで左手を腰に当てて人差し指を立てた右手を空中ナナメ45度ぐらいに突き出しつつ「7000円しかないんか~~い!」とソファから立ち上がるところだった。
――――こうして、俺の8000円、トゥンの5000円、メン子の7000円……合わせて2万円の軍資金で翌日ジャグラーを打ちに行くことが決まった。もうこれ以上グダグダ考えても仕方がないので、そこから夜まで3人で酒を飲んだ。日中バイトをしていたメン子が夜の0時を回った頃にベッドにダイブしてそのまま寝息を立て始めた。俺とトゥンはさらに深酒をして、2時頃に寝た。

翌朝、目が覚めると洗面台でメン子が髪を乾かしていた。どうやら先に起きてシャワーを浴びたらしい。「おはよぉ」と一声かけて、起き抜けの一服をかましつつトゥンを起こした。
9時半になり、3人でアパートを出発した。今から向かう先で、俺たちは必ずや勝利をもぎ取らなければならない。男2人と女1人で歩いていると、何だかドラクエ2みたいな気分になってきた。俺たちはハーゴンを倒さねばならないのだ。
店へと向かう途中で俺のアパートに寄った。ポイントカードを持ち出すためだった。束になった221枚を両手でしっかりと持った俺は、2人の顔を改めて見た。2人ともいい目をしていた。俺たちは無言で頷き合い、再び店へと歩き出した。
店が近づくにつれ、だんだんと心臓の鼓動が早まるのを感じた。店が100メートルほど先に見えた時、俺は立ち止まって言った。
「いよいよ、偽造カードを店で使う時が来たぞ」
「ど…ドキドキするなぁ!」とトゥンは言った。
「いっしししし!」とメン子は無邪気に笑っていた。
「とりあえず、まずは俺1人で店のカウンターでポイントカードを渡して、台を決めるから。その間、君ら2人は知り合いじゃない感じで店をウロウロしてて」
2人は頷いた。
すでに開店時間を迎えていた店内だったが、相も変わらず客の姿はまばらだった。俺は真っすぐに店員がいるカウンターに行き、赤フレームのメガネをかけた天然パーマの男性店員に声をかけた。
「あの~…このポイントでアレ、ジャグラーの5打ちたいんスけど」と、俺は店員の背後に貼ってある張り紙を指さしながら言った。
「あ、マジっすか。どっちスか?」赤メガネはぶっきらぼうに言った。そうだった。ゴーゴージャグラーSPかハイパージャグラーVのどちらか、という一応の選択肢があるのを忘れていた。
「え~~っと、ゴーゴージャグラーSPの方で」
正直どっちでもよかった。そもそも俺はジャグラーシリーズなんてほとんど打たないのだ。パチスロを覚えてから約2年半、ジャグラーを打ったことなど3回もない。俺にとってのジャグラーは、年寄りが打っている機種だという認識しかない。
「まぁ、どっちでも機械割、一緒っスもんね」と赤メガネが言った。
機械割……? ハイハイそうそう機械割ね。そう、機械割が一緒だからさぁ、どっちでもイイんだよ。そう、その通り。知ってる知ってる。いいから、さっさと(偽造)ポイントカードを数えろ! こちとら緊張感で手汗がスゴイことになってるんだから。
赤メガネはカードを10枚ずつ山にして、それをカウンターに並べた。山の数が20個、つまり1000ポイントあることを確認すると、インカムで何やら話しだした。
その口から漏れ聞こえる声は「あ、店長います? あ、いない? マネージャーは? うんどっちでも」というものだった。
――――ぎ、偽造だとバレたのか。
ヤバいヤバい!!! ダメだったのか。俺は心臓が爆発しそうだった。どこかに真贋を見極めるための店側しか知らない印があったのだろうか。空気が薄くなった気がする。
顔を動かさないように横目で周囲に目をやると、少し離れたところからトゥンとメン子が俺を凝視していた。トゥンはクリスチャンのように両手を胸の前で合わせていた。メン子はトゥンの斜め後ろに立ち、トゥンの肩を噛んでいた。
(バカ野郎、そんな風に心配そうに俺を見るなボケどもが! 余計怪しいだろうが!)
俺が目を2人から逸らした時、ストライプのスーツを来たインテリヤクザみたいな男が現れて、「お客様、ゴーゴージャグラーの設定5でよろしいですか?」と言った。
柔和そうな笑顔を浮かべてはいるが、眼の奥が全く笑っていない。組織の中でも一目置かれている大卒のヤクザだろう。多分、名前は鮫島とかそんな感じだと思う。中野界隈のパチンコ・キャバクラはもとより、裏カジノ・薬物販売・人身売買までを一手に仕切る若手のホープ・鮫島――。
そんな男が俺の偽造カードに気付いていないハズがない。きっと今、俺は泳がされているだけなのだろう。ここはひとつ「あっ、すみません間違えました、そして用を思い出したので帰ります」と言って店から出るのが得策である。
しかし、そんな考えは俺がビビってるがゆえの妄想にすぎない可能性もある。それに何より、ココでただ帰ってしまったら全ての苦労が水のあわになる。
俺は、自分史上最大のキョドり具合で「はぁい、そっす」と答えた。
すると、鮫島は、「では、空いている台、どれでもお選びください。設定5に打ち換えますので」と言い、たくさんの小さな鍵が連なったリングをジャラリと揺らした。
どうやら、偽造カードはバレなかった……と判断してよさそうだった。俺はめちゃくちゃ長いため息を吐いた。カウンターを見ると赤メガネがカードを回収して何やら箱のようなものに閉まっているのが見えた。
最大の関門は突破した――。
あとは、出すだけだ。
【続く】