【第3部】第11話
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「おばちゃんごちそうさまー。また来るわー」

「はーい。ありがとねー」

18時の新装開店に備え、俺は少し早めに目的のホールに到着していた。時間潰しがてらホールの近所をウロウロしていると、古ぼけた喫茶店が目に留まったので足を踏み入れてみると、そこは偶然にも坂井のオカンがやっている喫茶店だった。

「坂井、お前のオカン、めっちゃ美人やな」

「キモいこと言うなよ、お前…」

実際、坂井のお母さんは本当に美人だった。

「ぼちぼち並ぶか、タケシ」

「まだ3時間前やけど、そんなはよ並ぶの初めてやわ、俺」

「2時間前やとこの店は厳しいで」

「ほな並ぶか」


俺らは喫茶店からホールに直行し、店裏の駐輪場あたりに腰を下ろした。1番だと思っていたが、すでに2名の先客がいる。

「おいおい、もうおるやん」

「だから言うたやろ、早めに並ばなヤバいって」

「まっ、でもこの位置やったら余裕やな」

「ちなみにパチスロは反対側やけど、まだそっちは誰もおらんな」

「坂井、チラシ見してや」

「持ってきてへんわ」

すると先客2人のうち、片方の兄ちゃんが俺らのほうに振り向き、チラシを渡してくれた。

「これよかったら。そこに落ちてたわ」

「あっ、ありがとう」

チラシに目を落とすと、筐体の真ん中にはマリリンモンローのような女神がいる。丸に囲まれたそれは、赤色の役モノのように見える。



「タケシ、お前この台、知らん言うてたけど、見たこともないんか?」

「ないなー。ホンマやな、一発台やなコレ」

厳密には一般電役なのだが、当時、若造だった俺らにはどうみても一発台にしか見えなかった。出玉的にも一発台と遜色なかったのだ。

「筐体を見る感じやと、この女神の上にあるスルーから役モノを抜けて右打ちって感じちゃう?」

「まぁー、せやろな。この真ん中の役モノがどういう動きをするか、めちゃ気になるな」

俺らはチラシを凝視しながら永遠と妄想を膨らませる。開店まで3時間という長い時間も、パチンコの話をしていたらそれほど苦痛ではなかった。


「おいおい、気がつけばえらい人が並んでるぞ」

「このチラシには書いてないけど、台数以上はもうおるやろな」

「ホンマ、期待できそうやな、ココ」

「俺はココの新装で、いまだに負けナシやからな」

「ホンマかいな」

「ホンマやっちゅうねん! あっ、そういや、お前の後輩の…ガッチャンとかいう子は元気かいな?」

「誰やねんそれ。カッキンや。まぁ、元気ちゃうか、知らんけど」

「こっちの地元のヤツと揉めてたやろ? お前が話つけるなら俺も動いたるけど。てか、そっちのがほうが早いぞ」

「ほっとけほっとけ。ガキの揉め事やろ」

「1個しか変わらんやんけ! まぁ、でもこの間まで中坊やったことを考えると、ガキに見えるわな」

「坂井、俺な、中学のときから去年まで、結構色々やってきたやん。まぁ、巻き込まれる事も多々あったけど」

「俺には、お前ら地元のヤツらは率先して喧嘩してたイメージやけどな」

「アホか! もうなんかダサない? 喧嘩とか暴走とか」

「そういや、お前、今は普通のバイク乗ってるらしいやんか。ヒロが言うてたわ」

「散々好き放題やってきたし、17にもなったらそういうのはさすがにもうエエやろ…って思ってな」

「なんやお前、結婚でもするんか?」

「なんでやねん!! いや、金貯めたいと思ってな。理由はないけど」

「ほったらパチプロになれよ」

「アカンアカン。ゴトとかそんなんするヤツらやろ? アホやんそんなヤツら」

「お前はスレスレやと思うけどな」

「ちゃうって。俺のは攻略やんけ」

「俺にはよう分からんわ、そこらへん」

「まっ、とりあえず学校も辞めて働こうかと思うてる」

「辞めてるようなもんやんけ、今でも」

「行ってへんけど、まだ辞めてへんわ」

「なんか怪しいな急に…女やろ」

「ちゃうわ」

「いや、女できたなお前」

「おらんって。パチンコ・パチスロばっかりしてるのに、そんな時間あれへんがな。金なくなったら鉄筋担いでるやろ」

「確かにそやな。まぁ、これからはマジメに生きろ、タケシ少年よ。ただ、学校はお前みたいに適当でも2年に上がれるようなとこやし、別に辞めんでもエエとは思うけどな」

「まぁ、ホンマ適当なとこやな、あそこは」

「あと、さっきの話やけど、お前の後輩も俺の地元やし、なんかあったら俺は助けたろ思うてる。エエか?」

「…エエんちゃうか」

「なんか見ててイラつくねんなアイツら。何があったか知らんけど。だからさっき聞いたんよ、動かんのかって」

「とりあえずその話はエエよ。なんとかなる」

カッキンは俺が少年野球をしていた頃からの後輩で、そのうえ家も近所だったこともあって、弟のように可愛がっていた。4、5年振りに再会したら中途半端な男になっていたから、俺はそれにイラついていたのかもしれない。

心配はもちろんしているし、何かあれば助けてもやりたい。ただ、甘やかしたくもないという感情を強く感じていた。


「おい、タケシ。ぼちぼちやぞ」

「ちょっと待ってや。まだカメレオン読んでるとこやねん」

「マガジン全部読むやん、お前。金額以上の元取ってんぞ、それ」

「当たり前やんけ! おもんない漫画も読んでるうちにオモロなってくるねん、不思議と」

「エエからはよ動けって。入場やぞ」

俺と坂井は3番、4番とホールに流れ込んだ。新台へ先導する店員さんと前の2人について行き、難なく新台へ辿り着く。台数は10台ほどだろうか。

俺は余裕で腰を下ろし、盤面をマジマジと見ながら一服していると周囲は大騒ぎになった。

「こっちや」「あっちや」「取れたか? 何取れてん?」とドタバタ騒がしく、新台の『アメリカンドリーム』は埋まっているのに、台の後ろやシマの端にはなぜか人が集っていた。この辺りでも珍しい台だったのだろう。

安物のスピーカーから軍艦マーチの音が流れてくる。……ゴングは鳴った。


俺と坂井はどこら辺を狙えばスルーに通しやすいかを試行錯誤しながら銀玉を弾いた。すると、たったの300円ほどで俺の玉は天井のスルーを通過。

「おおっー!」

思わず奇声を発してしまうほどあっさりと通ったので、周囲も俺の台に注目している。

玉はアルファベットのZのような動きで下まで辿り着き、見事、大当たり。このZの途中で2段階ほどハズレへ落とされる関門があるが、そこをスルリスルリと通り抜けたのだ。

不思議とギャラリー達からも「おおっー!」という声が漏れるほど華麗な当たりだった。右打ち中に流れるチキチキバンバンのアップテンポなメロディーと、玉が払い出されるその光景はどこか気分を高揚させてくれる。

「タケシ、お前早いって! でも、これフィーバー機ちゃうから100円めっちゃ入れ続けなアカンな。メンドいわ」

「頑張れ、お前も。とりあえず1番ノリや。坂井、はよ当てろ…ってオイ! 入ったぞ!」

「よっしゃイケ!! あっ…」

「速攻、ハズレてるやん」


その後、打ち続けていた俺はこの台のある特徴に気がついた。

「坂井、お前の台、めちゃくちゃスルーに通るけど、一向に下の大当たりまで届かんやろ、その台ヤメた方がエエぞ」

「なんでやねん。こんなに通るねんから数打ちゃ当たるやろ」

「いや、お前の台、傾きか役モノの中の風車か知らんけど、だいぶクセが悪いぞ。俺のは通ったら3回に1回ぐらいは大当たりに繋がるけど、お前の台はまだ当たってないやろ? 周りも明らかに当たってる台と当たらない台が際立ってきてるやんけ。諦めろってその台」

「3時間も並んでこんな通る台やのにヤメられへんって! 運が悪いだけや、今は。俺は絶対、当てたる」


結果からいうと、坂井の台は大ハズレで3万近く負けた。逆に俺は8万ほどの大勝となったが、明らかに個体差はあった。それを見抜くのは、ほぼ不可能なだけに打って調べるしかない…という厳しい現実を体感した台だった。

後にこの台は、1回交換となったり、攻略法も出たりしたが、一発台に規制がかかった当時は、まさに救世主的な存在だったのだ。

ちなみに俺はこの日以降、アメリカンドリームを打ったのは生涯で片手で数えられるほどだった。