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- 大阪ストラグル第3部
【第3部】第10話
「タケシー、おはようさん。お前、最近珍しく学校来とるな。おっ、ヒロもおるやん」
「来たーて来てるんちゃうんやけどな」
「坂井、コイツ金欠やねん今」
「鉄筋屋のバイト辞めたんか?」
「なんか今、現場あんまりないらしいねん。坂井、フルーツ牛乳奢ってや」
「なんでやねん!」
「あっー、くっさんも遂に働きだしたからなー、行くところもないし」
「そらお前、俺らがいつも学校サボってアイツの家に入り浸って、定時の学校休ませてばっかりおったからな。お陰様で定時でダブっとんやでアイツ。さすがに昼間は働かな親キレるやろ」
「でも、アイツ。定時で機械科やのに、昼間も旋盤工場やろ? どんだけ旋盤好きやねん」
「誰やねんソイツ。お前らの地元のツレか?」
「そうや。機械めっちゃ好きな変わり者や」
「変わったやっちゃなー」
「そうや、タケシ。次の月曜な、この間、一緒に行った店、ほれセンチュリー打ったあそこ、新装やで」
「金ないって。貸してくれや、坂井かヒロ」
「俺は、彼女が誕生日近いからな、しょうもないのに金なんか使えんねや」
「パチスロとパチンコをしょうもない言うな、お前やらんようになったからって」
「まっ、俺は愛しのベイビーとの時間のが大事やからな」
「ハイハイ…」
俺らは適当に授業を乗り切り、昼休みへ。金もない俺は周りの奴らから一口ちょうだい作戦で小腹を満たし、午後の授業へ突入する。
「俺、やっぱ帰るわ。なんかオモロないし」
「お前、ここまできたらあと2つやんけ」
「坂井、なんか耐えられへん体が…」
「ヤバいなお前は」
「いや、さっきな。昼の時にベルはいって先輩に電話したら、土日に引越しのバイト手伝ってくれ言われてな。2万貰えるねん。デカない? だから俺は明日のために今から体力を温存せなアカンねや」
「わかったわかった。あっ、タケシ! ほったら月曜の新装行けるやんけ」
「そうや、そのためやないか坂井くん。シーユー!」
教室を颯爽と出て行った俺は赤井先生とバッタリ出くわしてしまった。
「おーう、お前どこ行くんやー。5時間目始まるぞー」
「あっ、先生。ちょっと腹痛いから便所、ほな」
土日に先輩の手伝いで引越しのバイトをしたが、想像以上に大変な引越しだった。途中で雨が降り、荷物は大量。正直、2日で2万貰っても割に合わないほどクタクタに疲れた。
日曜の夜、疲れ切った俺は部屋でただただゴロゴロしていると、坂井から電話が鳴る。
「タケシ、明日、お前どうせ学校けーへんやろ? 18時開店やけど、あそこ人多いから、俺は15時前には並ぼうと思うてんねん。来るやろ?」
「行くけどもやな、えらい早いの…」
「あそこはパチンコでもパチスロでも、新装初日は祭りみたいに出しよるからな」
「ホンマかいな。ほな早めに行くわ俺も」
疲れ果てていたはずの俺の体は、新装、祭り、と聞いてどこか元気になったように感じた。ワクワクしながら俺はいつの間にか眠っていたようだ。
「おはようー。あれタケシ、アンタえらい早起きやな」
「昨日、早よ寝てもうたからな。オカン、パートか?」
「貧乏暇ナシですわ。朝ごはん適当に食べや。ほなお母さん行ってくるわ」
我が家は色々あって裕福ではない。オカンも毎日のように朝から晩まで働いていたし、そういう家庭環境もあって俺は早く働きたかった。だから、学校なんて行く気はなかったが、「学校はヤメへん方がイイ」とオカンに言われ、どっちつかずの中途半端な生活を送っていたのだ。
パートに出掛けるオカンの背中を呆然と見ていた俺は、吸いたくもないタバコに火をつけ、体いっぱいに煙を吸い込み、なんとも言えない感情をため息混じりに大きく吐き出した。
飯も食わず、数十分、ただただそこに居座っていた。
坂井との約束は14時、時間はまだ10時過ぎ。ここから弁天町までは電車を乗り継いで約1時間ほどかかる。このまま時間をやり過ごすのも嫌だったので、適当に服を着てとりあえず家を出た。時間を潰す手段さえ考えるのがかったるく、何も考えず電車に飛び乗り、弁天町を目指した。
11時30分。
坂井に連絡することもなく、なんとなくこの間のホールを見に行ってみるも、さすがにまだ誰も並んではいない。ふと視線を横に向けると、古ぼけた喫茶店が目に留まる。
……カランコロン。少し開けづらい扉を開け、適当に空いている席に腰を下ろした。
「はいー、いらっしゃいー。お兄ちゃん、モーニングもう終わりやで」
「あっー、んー、アイスコーヒー」
「はいはいー」
声のしゃがれたオバさんが一人でやっているようだった。俺はアイスコーヒーをチビチビ飲みながら、ひたすらタバコを吸い続け、何冊も週刊誌を読み続けていた。気がつけば1時間ほど経過していたのだろうか、周りにはそれなりに客が入っている。その中に、カッキンと揉めていた二人組もいた。そりゃそうか、ココはアイツらの地元や。
「昨日、ちょっとやり過ぎたんちゃうか」
「あんなんで死なんやろ」
「でも、木村ムカつくからやり過ぎてまうねんな」
「アイツ、一丁前にもう関わるな、とか言うてきよったやろ。誰に言うてんねん、言うてな。ハハハ」
俺には気づいていないんやろう、アホ声で話をしているのが筒抜けやった。それにしてもカッキン、やっぱりそうなったか。嫌な感じはしてたんやけど…。ココで俺がコイツらをシバくのは簡単やけど、それでは意味がない。どないしたもんか。
……カランコロン。
「いらっしゃ…アンタ、学校は?」
「今日は早退や。夕方から新装やしな」
「アンタもお父さんに似てホンマ」
「あれ? 坂井?」
「タケシやん、何してんのこんなとこで」
「いや、えっ?」
「あっー、オカン。ココ俺のオカンの店や」
「なんやねんそれ! はぁ?」
「あっ、坂井さんこんちわっす」
「おっー」
ふと俺の方を見て、話を聞かれたと思ったのか、2人組は「こ、この間はすみませんでした。あの、僕らこの辺で」と逃げるように店を出て行った。
「しかしタケシ、めちゃくちゃ早いやんけ。やる気満々ってとこか。ハハハ」
「そりゃ、疼いて疼いてたまらんわ」
「オカン、俺もアイスコーヒー」
「アンタ、金払いや」
「ヘイヘイ」
「なぁー、坂井、アイツらここよう来るんか?」
「この辺のヤンキーはよう来よるで」
「そうか」
「なんかあったんか?」
「いや、まぁー、別に」
「…そうか」
「そうや坂井! 今日の新台、俺も聞いてないぞ」
「アメリカンドリームとかなんか長い名前のパチンコやったな確か。知ってるか?」
「いや、知らんわ」
「チラシ見る限り、一発台みたいやったけどな」
俺はこの日、初対峙となるアメリカンドリーム、通称「アメドリ」の攻略法でまた一悶着が起きるとはまだ予想もしていなかった。
「なんやらよう分からん台やけど、とりあえず大勝して肉や肉!」
「アイスコーヒーで前祝いや! 乾杯ー」