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- 大阪ストラグル第3部
【第3部】第9話
カッキンは、次に言う言葉を探しているようだった。何か言いづらいこと…その内容も俺には何となく想像がついた。しかし、それにしても。
「アホやアホ。何を万引きなんかやらかして挙句の果てに捕まっとんねん。そんで推薦取り消されたんか。アホやな」
俺は思わず毒づいていた。
「なるほどな。つまり、野球部の監督に洗いざらい言ってもうたんやな?」
坂井がそう言うと、カッキンは頷いた。
「そんで、さっきの奴らのことも、うたってもうた…と」
「そうです…。アイツら常習やったし、俺は一回しかやってないのに捕まったことが、納得できひんくて、ついつい」
アホくささが度を越えてきてイライラしてきた。遊び半分で万引きに参加した、いざ捕まってみたら共犯者を軽々と白状する……そんなカッキンにもイラついたが、それを根に持っていまだにカッキンに絡んでくるあのヤンキー2人組にも怒りを覚えた。登場人物がアホしかいない。
「あのアホども2人に関しては完全に逆恨みやんけ。そんでお前もな、中途半端やねん。チクったのは納得がいかんかったから? そのくせ、絡んでくるアイツらに罪悪感があるんか知らんけど言いなり? 支離滅裂やねん」
「べ…別に言いなりちゃう…」
「ほんなら何で中学卒業して高校に上がった今でも絡まれてんねん。お前が対処してこなかったっていう証拠やんけ」
「タケシ君、助けてや」
俺は衝撃を受けた。何で今の会話の流れでそんな発言が出てくんねん。思わず、「はぁ~?」と大声で反応してしまい、焼肉屋のおっちゃんが驚いてコッチへ振り返った。
「アホかボケカス! 何でそうなんねん! お前がケリつけんかいそんなもん。しょうもな。帰るわ。坂井、金おいとくぞ」
坂井は一瞬ぽかんとして、何か言いかけた。
「え…おお。タケシ、お前……」
「何や」
「いや、アホかボケカス…から金おいとくぞ~まで流れるように言うなぁ…と思って」
「どこに着目しとんねん!」
ちょっとだけ怒りのボルテージは下がったが、このままココにいたらカッキンの甘さにキレて殴ってしまうかもしれない……俺は店を出た。
翌日。
俺は学校へは行かず、朝からホールに行っていた。昨晩食った焼肉は美味かったが、カッキンのことを思い出すとイライラする。しかし、よくよく考えると何故俺がアイツに対してこうまでイラつきを覚えるのか不思議な話だ。小学校の時の野球チームで一緒だった、仲のよかった1コ下の後輩。突き詰めればそれだけのヤツだ。そんなヤツと、たまたま高校で再会しただけ。
…そうだ、カッキンは野球が強い弁天中でキャプテンだったと言っていた。ショートで1番…。そこが俺のイラつきの根本なのかもしれなかった。要は――こないだまで頑張ってたヤツが、今とてつもなくダサくなっていることにムカついているのだ。
気づけば、お目当てのモーニングにはスカっていた。ビッグパルサーのシマを抜けホールをあとにしようとしたその時、1台の出目に目がとまった。
オレンジの大V字だ。リーチ目である。ユニバーサルのベル大V字など、今でこそお馴染みのリーチ目だが、当時はまだまだ浸透していないので、気づかずに席を立つ客は多かったのだ。
「マジかっ!! 鉄板目やん!! ラッキー」
俺は一枚のコインを拾い7を揃えた。そのまま流そうかと思ったが、今さら学校に行く気分でもないし、かといってどこか遊びに行くような気分でもない。時間を持て余すようにそのまま打ち続けていると、ラッキーなことにボーナスがポコポコと当たってくれる。
こうなると時間を忘れてパチスロの面白さに没頭できた。夢中で打っているうちに、朝から何も食っていないことに気づき、空腹感が襲ってくる。2万ほど浮いているし、そろそろ退散するか。
俺はホールから出て、帰り道の途中、コンビニで弁当を買う。時間は21時を過ぎ。そして、暗い夜道を歩いていると、自分の家の門に誰かがいた。ここからでは暗くて顔が見えない。近づきながら俺は声をかけた。
「誰や」
「あっ、タケシくん」
カッキンの声だった。
「なんやカッキンか」
カッキンはケツの埃を払いながら立ち上がった。街灯の光はここまで届かず、カッキンの表情はよく見えなかった。だが、カッキンが何かを言い淀んでいる間があり、きっとバツの悪そうな顔をしているのだろうと想像がついた。少しの沈黙の後、カッキンが口を開いた。
「ごめん、いきなり家まで来てもうて…坂井くんにベル番教えてもらってベル打ったんやけど……返信なかったから」
そう言われて、自分が持っているポケベルの電池が切れていたことを思い出した。
「あー、電池切れたわ今日。で、どないしたんや」
「昨日のこと、謝ろうと思って…ごめん」
俺はその言葉を聞いて、自分でも不思議だったが何というか「ほっ」とした気持ちになった。それは、カッキンが芯までしょうもない奴じゃないと思えたからだった。
「なんで俺に謝るねん。いらんよそんなん」
「いや、ホンマに自分が情けなくて……タケシくんに、しょうもないお願いしてもうたなって反省してる。あのあと、坂井くんにも怒られてん」
「そうか」
「うん」
「で、どないするねん。アイツらと話つけんのか」
「うん、今日な、話してきた」
おお、なかなか動きがはやい。昨日、パチ屋の駐車場で軽い乱闘をし、その後に焼肉屋に俺と坂井に説教されて、今日になってもうアイツらと話をしてきたのか――反省は形だけじゃないみたいやな。
「ほんで?」
俺は続きを話すよう促した。こうなったらコンビニの弁当が冷めるのは仕方ない。地面にコンビニ袋を置き、タバコを取り出して火をつけた。一瞬だけ手元が明るくなる。
「監督に共犯だと言ってもうたことは…素直に謝った」
「そんなんで済まんやろ。そんで?」
「うん…そんで……俺にもう構うなって。そんだけ言って帰ってきた」
「そんだけ言って帰ってきた?」
「うん。あ、あとお前らももう万引きとかヤメろ、とは言うた」
「え? あのヤンキー君たち、今でも万引きやらしとんのか?」
「めっちゃしてるわ。色んなもんパクって、それを売って…」
「なかなかのクズやなぁ~、ほんならカッキン、お前がそんなこと言うたところで…」
「そうやねん。お前には関係ない、いちびるな、ってキレられたわ。俺は言うだけ言うて帰ったけど」
カッキンはけじめをつけたような気持ちになっているかもしれないが、俺は問題が解決していないと思っていた。「構うな」と言ってそれで済むほど簡単な話ではないハズだ。
そもそも、事の発端である万引き事件はカッキンが中学3年の夏の大会よりも前、つまりちょうど1年ほど前にもかかわらず、昨日のような小競り合いが起きるがいまだに起こる。……ということは、あのヤンキー2人組がかなり粘着質な性格の持ち主だということじゃないのか。
そんなヤツらに「万引きをやめろ」と言うことは、カッキンの思惑とは裏腹に、むしろ燃料を投下した可能性すらある。俺は、アイツらの顔を思い出していた。初めて遭遇した時の言動や顔つき……どう考えても小物、という印象しかない。
「アイツらって、どんなヤツらやねん?」
「えっ?」
俺の質問はカッキンにとって少し意外だったのかもしれない。
「どんなヤツらって…ヤンキーやで」
「そんなん見ればわかるわ! アホちゃうか!」
俺は思わず爆笑してしまった。どんだけ間の抜けた返事してくんねん。俺の笑い声につられて、カッキンも笑い出した。
「え? なんでそんな笑ってるん? ヤンキーやからヤンキーって…」
カッキンの笑い声を久々に聴いた気がした。自分も笑い、カッキンの笑い声を聞きながらも、俺は腹の底の方に嫌な予感を覚えていた。