【第3部】第8話
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「坂井、美味くて安いとこやぞ。俺ら3人で一万円しかないんやからな」

俺はポケットの中に突っ込んである1万円札を確かめるように掴み、坂井と歩いた。後ろからはカッキンがついてくる。

「任せとけ。弁天町のことなら隅から隅まで網羅してる地元民やぞ」

大通りから角を曲がると、だんだんと人手が増えてきた。仕事帰りのサラリーマンのおっさんや、ネギが飛び出たスーパーの袋をチャリの前カゴに乗せたどっかのオカンを横目に、俺たち3人は焼肉屋を目指して進んでいく。

「おっ、着いた着いた」

坂井は躊躇せずに引き戸を開き、店内に入った。焼肉と書いてある赤い暖簾は油まみれで文字がかすかに読み取れるレベルだった。俺も坂井に続いて店に入る。

「おいおい、油まみれやけど大丈夫かココ…」

床も油まみれ。靴の底がペタペタと音を立てている。

「おっちゃん、3人」

何かの準備をしていたおっちゃんがコチラを一瞥した。

「なんや今日は友達と来たんかいな。昨日、オトン来てたぞ」

「そうなんやな。相変わらずガラガラで落ち着くわー」

客はゼロだった。おっちゃんはテーブルに置いてあるタレの位置を整えながら、元気よく返す。

「アホか、開店と同時に満席なってたらこんなボロ店出て行ってるわ!」

「ハハハ、言えてる」

どうやらこの店は坂井の小さい頃からの顔馴染みのようや。席に着くや否や、坂井が適当に何品か見繕くろう。ほどなくして銀の皿に乗った肉達が運ばれてくる。

「ここのバラ(カルビ)はホンマ美味いで」

そう言いながら向かい側に座る俺とカッキンの顔を覗き込む坂井。

「バラが一番好きやから楽しみやわ」

俺は次々と肉を網の上に並べた。食欲をそそる香りと音が胃を刺激してくる。焼きあがった肉を片っ端からトングで坂井、カッキン、俺のタレ皿に配る。坂井はそれをパクッと口に入れ、「美味い!」と悶絶している。

俺が味に感動し、それに対して何故か坂井がやたらと偉そうに返す。さらにその坂井に対して店主のおっさんが突っ込む。和気あいあいとした雰囲気で焼肉を堪能していたが、カッキンだけはほとんど喋らない。時々、坂井がそれを気にして「ほら食えよ」と声をかけると、小声で「ハイ」などと言い、遠慮がちに肉を口へ運んでいた。

「おい何やねん、カッキン。ちゃんと食えよ。さっきからずっと下向いて」

「…うん、ごめん」

カッキンの表情は晴れない。美味い焼肉を食ってる時にする顔ではなかった。「暗いなぁ~」という顔を作って坂井を見ると、坂井も無言で「かなわんなぁ~」という顔をした。坂井はカッキンに向かってあらためて声をかけた。

「えーと、俺もカッキンって呼んでエエか?」

そう言われたカッキンは、スッと背筋を伸ばして応えた。

「あっ、はい」

「そんじゃ、カッキン…聞くけど。自分、なんで野球ヤメたんや。あと、さっきのヤツらも野球部ちゃうか」

「…そうです」

俺は思わず口をはさんだ。

「いやいや、カッキンよ。ほななんでお前がイジめられてんねん。キャプテンやったんちゃうんか!?」

「そうやけど…」

「タケシ、そう怒鳴ったるなよ。なぁー、なんかあったんやろ、言うてみ」

「はい」

カッキンは語り始めた。内容はこうだ。


中学3年の夏、最後の大会に向けて汗を流していたカッキンたちのチームだったが、それと並行してタチの悪い遊びが部内で流行していた。万引きである。なかでも野球部所属のヤンキー2人(これがカッキンを囲んでいたヤツらだ)が中心となり、適当な店に入っては万引きをしまくっていた。

そこにカッキンも遊び半分で参加した。初めてだったという。カッキンと2人のヤンキー、3人は服屋をターゲットにした。非常にありがちだが、万引きは失敗した挙句、カッキンだけが店の人間に捕まった。学校へ連絡が行き、カッキンは監督に呼び出された。そこまで話し、カッキンは目をこすった。