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- 大阪ストラグル第3部
【第3部】第5話
電車を降り、アスファルトに映る短い影を見るともなしに見ながら学校へ向かう。校舎内に入ると、ちょうど昼休みの時間だったようで廊下にごちゃっと溜まっている奴らが大勢いた。俺はスルスルと避けながら教室へと進む。
教室へ入るなり坂井を発見し、接近して声をかける。
「坂井!! 昨日のセンチュリーってやつ、アレおもろかったわー」
机に突っ伏しながら坂井が「そりゃよかった」と眠そうな声を出す。
「なんやお前、眠いんか?」
俺はそう言いながら坂井の肩あたりをグッと掴む。
「タケシ…俺な、いま昼メシ食い終わったばっかで……お昼寝タイムやねん。お前は今来たから元気やろうけど」
坂井は顔を伏せたまま喋った。俺はその言葉を無視する。
「朝イチでバニーガールのモーニング取りに行って、そのあとマジカペ打ってたら、こんな時間になってもうたな」
お昼寝は諦めたのか、坂井は顔を上げた。
「お前、ホンマ自由やな。よう二年まで上がれたわ」
坂井が顔を上げたので机にスペースができた。俺はケツを乗せた。
「こんなとこ適当にやってたらイケるやろ、まぁー、俺はいつ辞めても構わへんしな。なんかオモロいから籍残してるだけや。で、今日も行こや」
坂井は首を回しながら。くあ~っと一発デカい欠伸をして、「エエけど」と言った。俺がさらにセンチュリー21の魅力について語り合おうかと身を乗り出したところで、坂井は続けて言った。
「エエけど、お前、そういや昨日の後輩くんどないなったんや?」
昨日の後輩くん、ああカッキンか。そう言えばパチンコ屋に向かう途中で帰したんやった。
「あー、アイツな。そうやな、ちょっと見てくるわ、俺」
そう言って、俺は坂井の机からケツを下ろした。
「1年のとこあんま行くなって赤井が言うとったぞ。お前ら2年はガラ悪すぎるからって」
赤井ってのは製図授業の担当をしているヒステリック・メガネのオッさん教師のことで、1年の時は俺もよう揉めた因縁の先生だった。
「うるさいのー赤井はホンマ。とりあえず見てこよ。何組で何科かも分からんけど、適当に聞いて回るわ」
「タケシ一人やと不安しかないから、めんどいけどついて行ったるよ」
坂井は席から立ちあがった。
「優しいやんけ、坂井♪」
「フルーツ牛乳奢れよあとで」
「好っきゃのー」
俺らは1年のクラスがある校舎へ向かった。廊下でたむろってあるヤンキー君に尋ねていく。
「なぁーなぁー、木村ってやつ何組なん?」
突然、上級生に声をかけられたヤンキー君はぎょっとしていた。取り巻きの連中も一様に緊張の顔つきだ。いやいやキミたち、普通の質問やないの、と俺は心中でツッコんだ。
「えっ!? 木村ですか、ど…どの…何科のですか?」
「知らんねん。木村で分からへんの?」
「何人かおるんで…」
「ほな、ちょっと何人かおる木村連れて来てや」
「えっ!? 俺らがですか?」
「当たり前やないか。木村頼むわ」
俺はそう言いながら、話し相手のヤンキー君と仲間たち全員の顔をぐるっと見回した。もちろん優しい笑顔で、だ。
「まぁー、はい…」
ヤンキー君たちは、「仕方なく」というニュアンスを出しながらも俺からの指令通り、任務についた。
複数人いるという木村を待ちながら、まだ欠伸をしている坂井に声をかける。
「なぁー坂井、お前の中学の後輩おらんの、1年に」
「おらんのちゃうか。タケシのとこは?」
「3人ぐらいおったな。挨拶されたけど、よう名前とか知らんねんな。クソヤンキーみたいな格好しとったわ」
「お前の地元中学、マジヤンキーしかおらんのな。ヒロもそうやし」
「ヤンキーちゃう言うてるやろ!? 少し派手なだけや俺らは」
その時、ヤンキー君の仲間の一人が戻ってきた。傍らに背が小さくて痩せた子が立っていた。
「あのー、木村ですけど…」
残念。カッキンじゃない。
「あー、ごめん。キミちゃうわ。人違いやすまんな」
その言葉を聞いたヤンキー君はあからさまにがっかりしていた。理不尽にも上級生から出された指令に従い、結果が出なかったら落胆するって……面白すぎるやろ。ヤンキー君と瘦せ型の木村君はすごすごと廊下を引き返していった。何故か2人とも肩を落としている。あかん、笑けてきた……。
「タケシ君!! なにしてんの」
ニヤニヤをかみ殺しているところに、カッキンが登場した。後ろにはカッキンを連れてきたヤンキー君がちょっとドヤ顔している。「俺が連れてきた木村こそがアナタの探していた木村のようですね…フフ」って顔をしている。だから何でキミたちそんな単純なの。
「おー、カッキン!! 2人目でビンゴや」
ご褒美を待つ忠犬のようなヤンキー君にも声をかける。
「ありがとうな、もうええで。他のツレにもありがとうって言っといて」
そう言いながら、坂井をぐいっと前に押し出した。
「キミら、なんかあったらコイツに相談するんやで」
「なんでオレやねん!! 巻き込むなやタケシ、おいキミ、ハイちゃうねん! オレは関係ないねん。オイ、去って行くな! 笑顔で深々と会釈すなコラ」
「坂井、深々と会釈はありえへんで」
「突っ込みに突っ込むな! そうやな!」
さて、坂井とのアホ話はどうでもええ。俺は坂井とカッキンを連れて、とりあえず中庭に向かった。自販機で金を入れて好きな飲み物のボタンを押せと促す。坂井はコーヒー牛乳を選んでいた。フルーツ牛乳ちゃうんかい。俺らはそのままブラブラと校舎の方に戻ろうと歩き始めると、カッキンが口を開いた。
「何か用あったん? タケシくん」
「いや、ちょっと顔見ようと思ってな。昨日、途中で追い返したし」
カッキンは無言で軽く何度か頷いた。頷いてはいるがよくわからない、といった感じだった。
「カッキン、お前、そもそもなんで野球ヤメてん」
カッキンはまたその話か、という表情を浮かべた。俺は構わず続けた。
「それに、なんでそんなヤンキーみたいな格好してんねん? 何かあったんか?」
「なんもないよ…別に」
昨日も同じだったが、言いたくないならまぁエエか、と俺は思った。別にカッキンのことが心配でたまらない、とかカッキンの事情を是が非でも知らなければ……なんて考えは皆無だった。
「まぁー、エエわ。おばちゃん元気か?」
「オカン?」
「そうや、あのジュリー大好きやったおばちゃんや」
「ハズいからヤメてや。まぁー、元気やで」
カッキンは照れながらも少し優しい顔つきになった。そして、ふと足を止めた。どうやらココがカッキンの教室らしい。
「そうか。まぁーまたゆっくり。教室戻ってええよ」
カッキンは「ジュースありがとう」と言って教室へと入っていった。なんとなくその様子を俺は廊下から見続けていた。カッキンの席は教室の最後方。自席に座るその姿から、カッキンが他の者たちとは圧倒的に浮いている雰囲気が感じ取れた。周囲は楽しそうにバカ騒ぎしているが、カッキンの方も周囲の人間も、互いにいないものとして扱っている。
坂井が、俺の肩を叩き、「俺らも戻ろうや」と言った。「そうやな」と返しながら、目線だけはまだカッキンに向いていた。カッキンの隣の席のアホそうなヤンキーがカッキンに話しかけていだが、カッキンはソイツを一瞥して黙る。軽蔑の眼差し……まさにそんな感じだった。
俺は廊下を歩きながら、コーヒーの紙パックを握りつぶした。
「なんやアイツ、おもんなさそうに…」