【第3部】第4話
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坂井は勝手知ったる、といった様子でホールの自動ドアをすり抜けズンズンと歩いた。俺はその後を着いていきながらホールの中をキョロキョロと観察。坂井の地元の何軒かのホールには遊びに来たことがあったが、この店は初めてだ。

ほどなくしてお目当てのトキオのシマへ辿り着く。台数は6台。先客はいなかった。坂井が言っていた『ごっついネタ』を今から試せる、そう思うとわくわくが止まらなかった……のだが。

ホールに入った瞬間から感じていた気配の正体に、俺は気づいた。シマの反対側で口髭を生やし、頭をビッチリとオールバックにした店員が腕組みをしながらコチラを凝視していたのだ。

見てる…めっちゃ見てるやん。見てるどころか、口髭店員は口元を「はぁ?」という形にして、驚きと呆れを俺たちに表明しているような顔をしていた。コレ、絶対あかんやん……。俺は小声で坂井に詰め寄った。

「坂井、お前……この店で"ネタ"やったことあるんか?」

坂井は悪びれもせずに頷いた。

「前に一度な。ネタは成功させたんやけど、店員が後ろに張りついててな…首根っこ掴まれたわ、ハハハ!」

ハハハちゃうねん……コイツ……。

「アホ! お前…」

俺は坂井の胸あたりを小突き、シマの向こう側にいる店員の存在を自分の体で隠しながら親指で指した。坂井は俺の肩ごしに店員の方を見て小さく「あっ」と言った。その反応からして、あの口髭店員こそが坂井の首根っこを掴んだ本人だろう、と推測できた。

「お前、アホ、首根っこ掴まれたヤツがどの面下げてまた来るねん! ネタどころちゃうやろ! イカれてんのか」

「この前と髪型ちゃうし……タケシおるからイケるかと思うたんやけどな」

ため息と笑いが一緒に出た。髪型ちゃうし……って知らんがな。俺と坂井が小競り合いをしていると、口髭店員がニヤニヤしながら寄ってきた。本気で怒っている、というよりは、俺と同様に坂井に対して「もはや笑けてくる」といった思いだろう。

俺と坂井の格好は、下は細めのボンタンで上はそれぞれ柄物のシャツだった。一見では学生の格好ではないため、店員や周囲の客が高校生だと認識しても黙認してくれるだろう、とは思っていたが、直で店員と絡んでしまってはまずい。「帰れ」という決定的な言葉が出る可能性がある。

そんな言葉を言わせるワケにもいかないので、俺たちは逃げるようにそのシマを去った。アホの坂井が"ネタ"を試したトキオさえ打たなければ、まだこのホールで遊ぶことはできるかもしれない……っていうか、そうでないと困る。こっちは結構な距離をわざわざ歩いてきたのだ。

どれどれ、この店はどんな台があるのかな~という演技を、我ながらアホらしいと思いつつもしながら、パチスロのシマへと移動。すると視界の端に、鮮やかな黄色と赤が目立つ筐体が映った。その堂々とした、初めて見る筐体のパネル部分には「CENTURY21」と書かれていた。

俺は興奮して坂井を呼んだ。

「おい、坂井!! なんやこの台!!」

「チェンチュリーにじゅういちな」

「いやセンチュリーな」

「うん」

「うん、ちゃうねん。まぁええわ。めちゃくちゃ7絵柄デカいやないか!」

「でも、今はもうモーニングサービスもやってないから全然人気ないで」

「違う違う! めちゃくちゃカッコエエやんか、この7!! 俺もう我慢できひんわ」

俺がその台に座ると、坂井は意外そうな顔をした。

「何や、パチスロ打つんかいな」

「どのみちトキオは打てへんねんからエエやろ」

俺は興奮していた。従来の2号機では考えられないほど7絵柄が大きい。そのインパクトのある絵柄のカッコ良さに一目惚れしてしまったのだ。

そんな俺を横目に酒井は呆れて適当にパチンコのシマへ消えていった。


俺は早速メダルを借り、逸る気持ちを抑えながら打ち始めた。まずは7絵柄を狙ってみる。すると、7絵柄が右下がりにテンパイした瞬間に、『コカカカカカ♪』と軽快な音が鳴った。

「えっ!? なんか音してる!! 何この台!!」

7絵柄がテンパイした時に音が流れる台なんて打ったことがなかった。事実、ボーナス絵柄テンパイ時に音が流れるのは業界初の仕様だった。そのまま右リールにも7絵柄を狙うが、揃わない。

「うわっ!! ハズれんのかっ!! 音が鳴るのは毎度の事なんやな、コレ」

絵柄のインパクトといい、テンパイ音といい、筐体全体から放たれる硬派なカッコよさといい、全てが俺に刺さった。下パネルの右下に貼ってある許諾証のシールには「ユニバーサル」という印字。俺は「やるやんけ、ユニバーサル……」と何目線かわからない賛辞を一人で呟き、そのまま打ち続けた。


3千円ほど回し、徐々に出目や滑りの法則を掴みだす。7がテンパイするが揃わない、つまりガセのパターンが見えてくれば、あとは違和感に目を光らせるだけだ。

「ん? 今、めっちゃ中リールの7スベってテンパイしたぞ!? コレは…」

ビシッと右リールに7絵柄を狙うと、見事に揃った。

「よっしゃ!! ビンゴ!!」

ファンファーレが鳴り、筐体上部のランプがピカピカと光り出す。狙い通りに7を揃えられた満足感に浸りながら、ビッグを消化する。一回交換(ビッグ終了ごとにメダルを流すシステム)だったため、5千円ほどに換金して、とりあえず酒井がどこで何を打っているのかを探した。

すると、(当たり前だが)トキオではないが、同じく羽根モノである『マジックカーペット』を打っていた。近づいてみると、小箱満タンほどの玉を出している。

チラッと周囲を見回してみると、先ほどの口髭店員がシマの端の方で欠伸をしていた。どうやらお目こぼしをちょうだいしているようだ。俺は坂井の横の席に座り、煙草に火をつけた。

「お前、羽根モノ上手いなホンマ」

「毎月のタバコ代のためにも羽根モノは真面目に打ってるからな」

真面目に……ってさっきトキオでネタやろうとしてたやん、とは思ったが口には出さないでおいた。それはそれ、だ。

「俺もマジカペ打とかな……」

そう言いながら俺は目の前の台の釘を観察した。

「なんや、釘あんまりやな。お前のめっちゃ開いてるやん?」

坂井は自分の台から目を離さず、真剣な表情をしていた。

「そうそう、ココはサービス台が羽根モノにあるからな。それを探しては、よう打つんや。出禁なるまで打ち続けたろ思うてな」

俺は羽根モノを丁寧に打つ酒井の姿を見ながら、こういうヤツがパチプロになるんやろうな、とぼんやり考えながら煙草の煙を燻らせた。