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- 大阪ストラグル第3部
【第3部】第3話
「ほっとけ、行くぞ」
そう言って、俺らは絡んできたヤツらを無視して再び歩き始めた。
轟音を上げながら道路をトラックが走り抜けていく。舞い上がる路上の粉塵に顔をしかめながら、ふとカッキンの顔を見ると、思いつめたような、泣くのをこらえているような表情をしていた。
視線は地面だけに向けられ、口を真一文字に結んでいた。顎のあたりに力が入っている――奥歯を噛みしめているのだろう。
「カッキン、お前やっぱり野球頑張ってたんやな」
俺は声をかけた。カッキンは、一瞬顔を上げて俺の顔を見た後、またすぐに視線を地に落とした。
「もうエエねん。ヤメてや」
前を歩いていた坂井がのん気そうにカッキンに問いかける。
「君は弁天中で野球やってたんか? アイツら弁天中のヤツらやろ。見たことあるわ」
「はい。そうです」
「あそこの野球部は強かったなぁ、確か。ちゃんとレギュラーやったんか?」
「一応。というかキャプテンでした。ショートで1番やってて」
「なんや君、すごいやないか。なんでまたS工業みたいな…」
そこまで言って坂井は咥えていたタバコに火をつけようとした。が、風のせいかライターのオイルがないのか、ずっと手元でシュボシュボしている。
なんで? 今、めちゃめちゃ話の途中やったやん? タバコ吸うんはええけど、吸うならスッと火ぃつけてや…。と俺は心の中で突っ込んでいた。カッキンも完全に反応に困っているので、坂井の話の続きは俺がすることにした。
「ホンマやで、カッキン。お前ちゃんとした高校行って野球やった方が良かったやんけ。こんなタバコもスッと吸われへんヤツしかおらんで、ウチは」
その言葉に坂井は顔だけで「やかましい!」と言い、カッキンも少しだけ表情が和らいだ。
「…うん。高校で野球したかったよ、俺も……でも、推薦で行ける筈やったんが途中で取り消されて…」
「取り消し? 何でや?」
「それは、まぁー、色々あって」
俺はそのまま次の言葉を待ったが、カッキンは押し黙ってしまった。これ以上は聞かないでくれ、という言葉の代わりに苦笑が口元に張りついていた。
「そうか、言いたないんやったらエエ」
カッキンは少しほっとしたような空気を出した。俺は、カッキンの背中をバシッと叩いてから、「よし、お前……パチンコみたいなもん覚えたらアカン。やっぱり帰れ」と言った。カッキンは驚きながら、抗議してきた。
「何でなん? タケシくん。俺も行きたい」
「アカンアカン。帰れ」
「……わかった」
カッキンはそこで足を止めた。
「ほなな」と俺は手を挙げて、カッキンを置いてそのまま歩く。俺とカッキンのことを気にせずに少し前を歩いていた坂井が異変に気付いて立ち止まった。
「おい、タケシ? アレ? どないしたん?」
坂井は俺の背後に取り残されたカッキンの方と俺の顔とを交互に見ながら、「彼、帰っていくやん。一緒に行くんちゃうの」と騒いだ。俺が振り返ると、カッキンはすでに肩を落としながらトボトボと来た道を戻っていた。少し可哀想な気もしたが、この方がいいと俺は思っていた。
「アイツはヤンキーじゃないやろ? 何があったか知らんけど、ヤケになって悪ぶってるだけちゃうか、多分。あんな格好してるけど、ヤンキーなんかなりたい訳ちゃうよ」
俺の言葉を少しの間は神妙な表情で聞いていた坂井だったが、すぐに軽薄な態度に戻り、「俺らもヤンキーちゃうぞ別に。ちょっと派手なパチスロ好きやぞ」と笑った。
「世間ではこんなナリしてるヤツは全部ヤンキーやろ」
俺も笑いながら返す。
「金盗むとか~タイマンとか~、俺はせんけどなぁ」
「何やねん、そのザ・ヤンキー像…」
「お前みたいに~」
「アホ! 誰が金盗むねん!」
「いや喧嘩はしてたやん…めっちゃしてましたやん…」
坂井が急に怯えてる演技をして俺をイジってきた。
「違うって! あれは巻き込まれただけ…」
「着いたで。ココや」
坂井はもう俺の話を聞いていなかった。坂井の視線の先にはパーラーの看板が見えた。
「遠いねんっ!! やっと着いたんか…」