【第2部】第11話
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「とりあえず俺もすぐソッチ行くわ。待っててくれ」

そう言って俺は電話を切った。電話ボックスを出ると、ついさっきまで夕焼けだった空がすっかり暗くなっていた。道の向こう側でバイクに腰をかけて煙草を吸うヒロが見えた。ヒロに近づいて一言、「カベ君の家に行くわ」と伝えた。ヒロは「おお」と言いながら即座に煙草を投げ捨てた。

頭の中はぐちゃぐちゃだったが、とにかくバイクを飛ばしてカベ君の家に向かった。部屋に上がると頭に包帯を巻いたカベ君と、カベ君の中学時代のツレだというヤツらが4人、そして床に正座して顔を腫らした男がいた。コイツが情報源のK商業のヤツか。

「直人が何で牧に拉致られんねん」

正座の男は俺の問いかけにビクッと身体を震わせた。そしておびえた目で俺を見上げる。

「さっさと答えろやコラ!」

カベ君がソイツの髪をワシ掴みにして怒鳴った。弱々しい声がソイツの喉から絞り出される。

「直人…のトコの親が、パチ屋やってて……牧さんが…使えるって言うて…」

牧のクソ野郎の魂胆がわかった。最初から目をつけていたのか、それとも成り行きなのかはわからないが、栗谷が牧を頼り、その栗谷を説得しようと動いた直人に対して、牧が金の匂いを嗅ぎつけた…そんなところだろう。

カベ君がパシッと正座の男の頭を叩き、勢いよく立ち上がった。

「よっしゃ。どっちにしろ俺らは栗谷をシバきに行くわ。タケシは直人をどうにかするんやろ? どないする? 今から八幡に…」

「ああ。行こう」

俺とヒロ、そしてカベ君、さらにカベ君のツレ…総勢7人、ニケツも含めて5台のバイクで国道1号線を駆け抜ける。冬の夜の寒さは肌を刺すほどだが、怒りで全身が熱くなっていた。

「あそこや」

カベ君が指し示したところにはスクラップ工場があった。周囲は暗く、工場の中からだけうっすらと明かりが漏れていた。

このスクラップ工場に来るのは2度目だった。去年の夏、牧と金子にボコボコにされ、その後すぐにリベンジしに来たのがココだ。敷地に隣接するようにあった黒田組の事務所だった建物もまだあるが、人の気配が絶えて久しいようだった。


俺もヒロも、そしてカベ君たちも皆一様に無言のままバイクから降り、そのまま正面から無防備に工場の入り口へと向かった。全員が腹を括っているのが雰囲気で伝わってくる。

敷地内の奥にあるデカいプレハブの扉を、先頭にいた俺が無造作に開ける。すぐにでも乱闘が始まってもおかしくない…そう思っていたが、目に飛び込んできたのは、後ろ手にされ、手も足もガムテープでグルグル巻きにされた直人の横たわる姿だった。

「直人!」

駆け寄ってみると直人の顔に苦痛と驚きが混ざった表情が浮かぶ。

「タケシ…なんでおるねん」

「なんでって…とにかくコレ剥がすで。大丈夫か…」

めちゃくちゃに巻かれたガムテープを引き剥がしていく。カベ君のツレの1人が直人の目の前に座り「栗谷は?」と訊いた。

「知らん……1~2時間前まではおったけどな……痛たたっ…口の中キレまくっとんなコレ」

「お前…小指も折れてるんちゃうか」

俺はキレそうになるのを必死で抑えていた。牧……アイツは絶対に潰す。拘束は解かれたものの、直人はさすがに憔悴した様子で地面に座り込んだままだった。そして、深いため息をついてから言った。

「牧いうヤツ、頭イカれてるわ。俺のオヤジのパチ屋から金を引っ張るのを協力しろやて…そんな話に乗るワケないやろ…」


その時だった、建物の外から数台のバイクの爆音が聞こえ、ドタドタっと足音を響かせた直後、入口のドアが乱暴に開かれた。

「誰じゃお前ら!!」

栗谷でも牧でもなかった。見たこともない男が2人、がなりながら近づいてくる。はぁ…牧の仲間か。気が立ってるのはコッチやぞ…。

「ココで何しとんじゃお前ら!!」

即座に立ち上がり臨戦態勢に入ったが、俺が動くよりも先に、向こうの2人に近かったカベくんが猛然と駆け出して殴り掛かった。それに加勢するようにカベくんのツレらもツッコんでいく。5対2の形となり、あっという間にカベくん軍団は2人を床に這いつくばらせていた。

うずくまっている1人の傍らに立つカベくんは、腹を踏みつけながら「栗谷はどこやぁ!?」と工場内に響き渡る大声で怒鳴った。

「知るか…ボケ…」

倒れている男は悪態をつくが、呻き声にしか聞こえなかった。カベくんの足がソイツの腹に真上から突き刺さった。

「ぐうっ」

その様子を見ながら、直人が口を開く。

「タケシ、アイツ誰や?」

「俺のツレや。栗谷に病院送りにされたんや」

「そうか…栗谷に…」

直人はうなだれた。

「…栗谷を袋にしたい気持ちはわかるわ。でもな、とにかくココを早よ出た方がええ。いつまた栗谷と一緒に牧も戻ってくるか…」

「戻ってくるなら好都合や。俺も久しぶりに牧の顔拝みたいしな」

俺がそう言うと、直人は目を見開いて俺の顔を見た。

「タケシお前…牧と知り合いなんか!?」

「知り合いっちゅうか、まぁー…」

牧との因縁をこの場で長々と話しても仕方ないしな…と思い適当な言葉を探す。

「まぁ敵や、敵。潰したろ……ってな」

その時だった。突然、背にしていた入口の方から聞き覚えのある声が響く。

「おいおい、誰や君たち。不法侵入罪やのー。死刑や死刑、ハハハ」

振り向くと、開いたままの扉の外に、複数台のバイクのライトに照らされた男の姿が見えた。逆光のせいで顔はまだ見えない。

だが。その悠々とした歩き方……おどけるように両手を広げる姿……そして何よりその声で確信できた。


――牧だ。