【第2部】第7話
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直人はご機嫌でコインを流し、「よっしゃ、約束通り王将フルコースと行くか」と言って、俺をバイクのケツに乗せた。

王将に到着。つい4日前、栗谷たちと遭遇し揉めた店。俺にとっては"敵地に単身"という形だし、直人にとっては"敵を招待"という形になる。どっちも栗谷やK商業のヤツらに見つかったら再び面倒なことになるのは確定的のはずだった。だが、だからと言って「この店はやめておこう」と言うのも違うよな…と思っていたのだろう。

直人は、店員に料理を注文した。

「炒飯と、餃子2人前……ほんで唐揚げ、あとラーメン」

「嘘やろ?……あっ、俺は天津飯で」

店員は注文を繰り返し、厨房へと消えていく。直人はコップの水をグイっと飲むと、「嘘やろ……って何が?」ときょとんした顔で俺に訊いた。

「いや、食いすぎやろ。前回来た時も思ったけど。どんだけ食うねん」

「いやセットやん。炒飯餃子2人前唐揚げラーメンセットやん」

「いや、そんなセットないねん。直人が勝手にセットにしてるだけやねん」

「タケシは天津飯だけか。そんなんじゃー、背伸びひんぞ?」

「もう伸びるか!! 175センチの俺に言うセリフちゃうぞ」

「さーせんっ!!」

アホな話をしていると料理が続々とテーブルに並ぶ。直人はそれを豪快に口に放り込んでいく。


直人は餃子の最後の1個をパクリと飲み込み、箸を置いた。パンと手を合わせ、「ごっそさん!!」と元気よく言う。

「ペロリやな……。見てて気持ちエエぐらいやわ」

あれだけの量のメシが綺麗になくなっていた。俺は無意識に、食い終わって空いた皿をドンドン重ねる。

「腹一杯夢一杯!!」

「なんやねんソレ…」

「わからん!! あっ、タバコあるタケシ?」

「ショッポ(ショートホープ)で良かったら。ほれ」

「顔に似合わずオッさんみたいなん吸ってるな」

「ほっとけ!!」

「男はセッタやでタケシ」

「それを言うならショッポやろ?」

「いや、譲れんな」

「どっちゃでもエエわ!!」

飯も食い終わり、くだらない会話をしながら、店を出た。俺は栗谷の話をあえて意識しないようにしていた。コンチⅢや直人とのやりとりの楽しさを曇らせたくなかった。


外に出てタバコに火を点け、煙を吐き出したその時、直人が俺に強烈な一言を放ってきた。

「俺な、K商業ヤメたんよ」

「えっ!? マジで直人!? なんでや」

「なんでや、って。栗谷と揉めたあの日に決めたんよ」

俺は黙って直人の次の言葉を待った。

「アイツとは…俺個人でケジメつけようかなと思ってな…そもそもはこの喧嘩、タケシのとこのツレとアイツが電車で揉めたのがきっかけやろ?」

「あぁ…そうやな」

「それが気がつけば学校対学校にまで膨れ上がってる…。無関係のヤツらが巻き込まれたり、私服警察が出動するわで、正直、これ収まりつかんと思うねん…」

だからと言って何故、栗谷と直人のケジメの話になるのか。直人1人が身体を張って栗谷の暴走を止めるということなのか。そして何故、直人が学校を辞める必要があるのか、俺にはわからなかった。

「俺はタケシ達を助けるとか関係なく、単にケジメつけたいねん。まっ、学校辞めんのはどのみちダブるのも確定してたし、オマケみたいなもんや」

直人個人の栗谷に対する因縁や、K商業でのそれぞれの立ち位置などが複雑に絡んでいるのかもしれない。事情はわからないが、直人の真剣な表情がそう物語っている気がした。

「まぁー、お前ら地元の事は俺には分からんけど、直人一人にケツ拭かすのは納得できんなぁ、俺は」

俺はわざとふざけたような大声を出した。意表をつかれた顔の直人の目の前で、芝居がかった動きでタバコを投げ捨てる。直人はすぐにニヤリとしながら、こう返してきた。

「なんやなんや、カッコつけさせろってか? アイツ平気でエグってきよるで? いつも持ち歩いてる小さいナイフで」

「ナイフ? やっぱイカれてんなー。」

「まぁー、今回は直人に譲るかー」

「分かりやすいビビり方やなオイ!」

ククク…と楽しそうに直人が笑う。

「冗談や。ここまできたら毒を食らわば皿まで…や」

そう言って俺は直人の肩を叩いた。

「毒? んっ? なんて?」

直人がきょとんとして聞き返してきた。

「いや、エエわ…もう言うのハズい」

直人は駐車場に停めてあるバイクの方へと歩き出した。地面の砂利石がこすれる音が冬の乾いた空気に響く。

「まぁーそうやな! 毒はそのうち成敗するっちゅうことで!! ほれ、家まで送ったるわ、乗りや! タケシ!」

なんやねんコイツ、聞こえてるやないか…そう思いながら俺は直人のバイクのケツに乗った。


2月2日。

コンコンコン。

21時を回った頃だった。直人は1人、古びた木造アパートの2階にある部屋の扉を叩いていた。最後にココに来たのはいつだったか……その頃から壊れている呼び鈴は今も直っていない。

「はいー」

部屋の中から優しい返事が聞こえ、ほどなくしてドアが開く。

「あれー、直人くんかー、久しぶりやねー、元気にしてるかー?」

「オバさん、ご無沙汰してます。ハイ、元気です。栗谷いますか?」

「祐介おらんねん」

「そうですか、ほなまた来ます」

直人はそう言ってオバさんに会釈をし、その場を去った。

携帯電話なんてものは当然持っておらず、ポケットベルも普及し始めたばかり。約束のない相手に会うには、直接家を訪ねるしかなかった。


あてもないまま直人は歩いた。2日前の夜、タケシと交わした会話を思い出す。

――直人一人にケツ拭かすのは納得できんなぁ、俺は――

「気のええ奴やな、タケシは」

直人は少し微笑んだ。タケシは助太刀する気みたいやったけど、巻き込めるワケない。俺がケリをつけんと…。

そんなことを考えながら暗い路地を歩いていると、向こうから現れた人影に声をかけられた。

「直人」

声の主は栗谷だった。冬だというのにペタペタとサンダル履きだ。上下真っ黒のスウェットのせいで、闇に溶けているようだった。栗谷が目の前まで近づき、そのニヤケ面がよく見えた。王将で揉めてからしばらく顔を合わせていなかったが、その間に栗谷は坊主頭を金髪に染め上げていた。

栗谷は直人の肩を掴み、「何や? 今日はお友達はいないんか? ホラ、あのS工業くん…タケシとか言ったっけ?」と、ぐぐっとその手に力を入れていく。

圧力が増し、肩に痛みを感じながらも直人は冷静に語りかけた。

「栗谷…ちょっとエエか」

「何の話があんねん!」

栗谷は突然激昂した。血走った目で直人を睨みつける。

それでもなお、直人は落ち着いて声をかける。

「頼む。話だけさせてくれ」