【第2部】第6話
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「なんやねんそれ、アイツなんなんマジで」

トシユキは顔全体で嫌悪感を表現していた。

「栗谷って言うらしいわ。俺らと同じ一年や…とにかく危ないヤツやから近づくなって警察も言うてたわ」

「ああ、それは警察も言ってたな…その…栗谷って言う…ただの喧嘩狂か」

「トシユキ、お前と喧嘩になったあの電車の中でも、いきなり髪の毛掴んできたやろ」

「そやったな。理由もよう分からんまま喧嘩なったけど、でも、あそこからこんな無茶苦茶なんのか!? 同じ工業っちゅうだけで関係ないヤツの骨まで折るか普通!?」

「そうや、アイツは関わったらアカンヤツやったんや」

トシユキは黙って聞いていた。

「さっき駅前でヤラれてた二人、今病院おるけど、怪我の具合から喧嘩ってのは即バレや。医者が警察に通報してるかもな。アイツらが上手いこと口裏合わせてお互いに喧嘩したって嘘をついてるかもやけど」

「まぁー、警察動いたら面倒やからな」

「トシユキ、どないしよか」

俺はトシユキの方に顔を向けて言った。トシユキは自分の足元を見つめたまま顔をあげずに言った。

「…わからん」


それから3日ほど俺はS工業へは行かずに、直人がいないかと数軒のホールを回り覗いていた。しかし直人には会えなかった。直人のことが心配なのもあったが、栗谷をどうするべきか……直人に会えば状況が変化するかも、という考えもあった。


1月30日。

俺は直人に会うこともできず、打開策も見つけられないままこの日も学校へと向かった。校門を抜け教室へ入るや否や、ヒロが俺のとこに飛んできた。

「タケシ、K商業のヤツら暴れまくってんぞ」

俺は黙って頷いた。ふと、周囲から視線を感じた。見渡すと数人がさっと目を逸らす。ヒロが少し声を落として俺に言う。

「ウチのヤツらも何人もヤラれてる……しかも、それが俺らのせいや、って話になってんねん」

俺は衝撃を受けた。栗谷たちK商業は、S工業の生徒を襲撃しつつ、非は俺たちにあると触れ回ってんのか。何で俺らのせいやねん…!! 何やねん!! 何やねんアイツは!! 栗谷!!

学校には俺たちの居場所がないように感じた。4日ぶりの学校だったが10分ほどで退散することにした。


「タケシ、俺もふけるわ」

教室を出た俺の横を歩きながらヒロが言った。

「ああ、なんかこのままやと四面楚歌やしな」

「しめんそか? なんやそれ?」

「んっ? えーと、八方塞がり的な」

「タケシ、お前隠れて勉強してんか? えらい賢いこと言うやないか」

「アホかお前は!!」

「どないすんねん今日」

「決まってるやろ、パチスロや」

「え? お前は呑気やのー」

「どうする事もできひんねんから、考えてもしゃーない。むしろアイツを思い出したらイライラしてまうしな、なるようにしかならん」

ヒロはそれもそうやな、といった顔つきで俺の顔を見た後、「そうか、ほな俺は女のとこでも行こ」とニコニコしながら言った。

「お前まだ付き合ってんのか? あのヤンキー娘と」

「ヤンキーちゃうわ!! アホか!!」

言葉とは裏腹にヒロの顔は嬉しそうである。

「ゴリゴリやろアレ…」


ヒロの彼女の話を聞かされながら駅についた。電車に乗り、四條畷駅に着いたところで俺はヒロと別れた。

「ほなヒロ、俺はココで降りるわ」

「おお、ここアイツらの地元駅やからな気をつけろよ、お前。ほなまたー」

改札を抜けて、そのまま直人と出会ったホールに足を向けた。もしかして、という気持ちがどこかにあった。重厚感のある透明の扉を力強く押し、ホールに足を踏み入れた。木の床のワックスの匂いとタバコの匂いが混じり合い、鼻をつく。

と、その時、鼻歌交じりにトイレから出てきた直人を見つけた。

「直人!!」

「おっ、タケシ、デカい声やな。ビックリしたやないか」

「お前、大丈夫なんか!!」

「何がやねん、落ち着けってタケシ。大丈夫も何も今日は絶好調やで、俺」

「パチスロのことちゃうがな!! 栗谷や!!」

「あー栗谷か……まぁー、色々あったなー。そんな事より、俺の隣エエ台やから打ちぃや、タケシ」

俺も大概、呑気な方やけど、直人はそれを超越してるな、と笑いが込み上げてきた。「よっしゃ、打とうか!!」と、シマに足を踏み入れると視界の先にコンチネンタルⅢが見えた。俺は思わず台に駆け寄った。

「コンチネンタルⅢが入ったんか、この店!! 俺まだ打ってないから打ちたかってん、コレ!!」

「ちょうど今、俺もこの台打っててん。めっちゃオモロいで。集中に入ってまえば…めっちゃ出るしな」

「直人、結構、打ってるん? この台」

「今は毎日コレや。なんでも聞いてや」

直人はそう言いながらわざとらしく胸を張った。とりあえず俺も隣の台に座った。直人はおもむろに打ち始める。その様子を見守りながら、俺は質問を始めた。

「リーチ目どんなんなん?」

「大きい7と小さい7の一直線が基本や」

「えらいシンプルな出目なんやな」

「と、思うやろ!! ちゃうねん、中リールのスベりもかなりアツいから。深いんやで」

「おーっ、なんや出目もスベりも集中も…そしてこの絵柄、ホンマ、そそられるなー」

「せやろせやろ!!」

話ながらふと直人の台の出目を見ると、先ほど聞いたばかりのリーチ目(大きい7と小さい7の一直線)が止まっている。次の回転でもリーチ目が止まっていた。

「あれ、直人の台、さっきからリーチ目止まってない?」

「タケシ、データ上のパトランプ見てみ、回ってるやろ? 集中やねん俺の台」

「リーチ目は何で出てるん?」

「このリーチ目は『まだ集中が継続してるで』、『まだパンクしてないで』っていうサインや」

「へ~! なんやこの台、めちゃくちゃアツいやないか!!」

直人の台を見ているだけで、耳目に入るその情報だけで、胸の高まりが止まらなかった。そそくさとシマの端っこにあるコイン貸出機へ走り、千円を50枚のコインに変え、一打一打噛みしめるように打った。

「タケシ、めっちゃゆっくり押すな、どうしたん?」

「いやいや、スベリとか出目とか最初はじっくり味わおうかなって」

それを聞いて直人は爆笑した。

「狂ってるな!! パチスロジャンキーやん!! ヤバいでタケシ!!」

「褒めてくれてるんか、直人」

「いや、褒めてないけど…」

急に真顔になるので、今度は俺が噴き出してしまった。その時、ふと自分の台に違和感を感じた。

「あれ、この目…?」

「んっ? 珍しいな中段テンパイ」

「これ絶対に2確やで、直人。蹴ってたからな、さっきまで」

「またまたー」

俺は右リールに7を狙った。

「ほら」

綺麗な7・7・箱7の一直線が中段に完成した。

「ホンマや! タケシ、そんなすぐ分かるん!? オイオイ気持ち悪いで!! 2確とか…」

直人は感心してるのか、けなしているのかわからない発言をする。

「気持ち悪いって……やかましいわっ!! でもこれ7蹴ったし、バーやろな多分」

次ゲーム、バー絵柄を狙うもテンパイすらせずまたリーチ目が出る。

「おいタケシ!! 集中やそれ!! 千円で集中とかマジかっ!!」

「よっしゃ!! 店中のコイン出したろ!!」


大はしゃぎでコインを軽快に吐き出させていくも、下皿半分ほどでリーチ目が出なくなる。

「…な、直人くん? これ、もしやパンクしたかな…?」

「俺も隣で見てて思った。リーチ目出てないしボーナスでもないから…パンクやな。チーン」

そう言って直人は両の掌を拝むように合わせる。

「なんやチーンって!! 早い!! 早すぎる!!」

俺は八つ当たりに直人の肩あたりをバシっと殴っておいた。俺の初集中は300枚にも満たないショボいものだった。――余談だが、その後もこの台は事あるごとに打ち続けた。愛して止まない思い出の一台だ。

「なんやねん腹立つわーっ」

直人は愉快そうに笑っている。

「まぁーまぁー、俺はまだ順調に継続中やから、今日の晩飯は王将フルコースやで。奢ったるわ」

「メニュー全部食うたろ」

「食えるかっ!!」

俺たちは栗谷と揉めている件を忘れようとしていたのかもしれない。隣で打っている直人に何度か栗谷とどうなったのかを聞きたいとも思ったが、直人もどこか吹っ切れているような、誤魔化しているような雰囲気を醸し出していた。