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- 大阪ストラグル第1部
【第1部】第22話
「でも、コイツが一丁噛んでましたんやで」
浩二くんが顔を腫らしたチンピラの頭を小突いた。
「はぁー、ややこしいのホンマ。おい、君。ぼちぼち喋れるか?」
問われたチンピラは絞るような声で、ハイ…とだけ答えた。
「君、なんでこんな高校生使ってたんや」
「…そ、それは……店の店長とツレでして、人がおればおるほどアガリもあったんで…」
その時、牧が突然チンピラに向かって叫んだ。
「ショージさん!! 100万納めたら一馬さんを紹介してくれる言うてたやないですか!! 俺もう300万は渡してるはずやっ!!」
チンピラは一瞬、牧の方に顔を向けたが、またすぐにうなだれた。
「なんや君、俺の名前使って……こんな未来ある少年をたぶらかしてたんか?」
「こ、こいつが勝手に近づいてきただけで…」
「ショージさん!!」
牧の声には哀れさが混じっていた。その瞬間、座りこんでいたチンピラの顔面を一馬くんが思いっきり蹴り上げた。そのまま吹っ飛び、うめきながらのたうち回る。一馬くんの怒声が響く。
「コラカス!! こんなガキ一人庇うこともできんやつが何をのうのうと息しとんねん、おぉコラァ!! 浩二、コイツ、トランクに押し込め」
俺はとっさにヤバい! と思い、一馬くんに詰め寄った。
「ちょ、一馬くん!! 殺すことないやん!!」
「殺すなんか言うてへん。ここからは俺らの世界の話や。タケシ君は口出さんでエエ」
「………」
俺は何も言えなかった。牧が、意を決したように一馬くんの方へ一歩だけ近づいた。
「か、一馬さん…俺…」
「言うな。ええか君、ヤクザなんかに憧れるもんやない。真っ当に生きろ。今はまだ社会にも出てないから好き勝手やっててもエエ。でもな、人生これからやぞ。俺みたいになるな」
「俺は……」
牧はまだ何か言いたそうだったが、言葉は続かなかった。
「浩二」
一馬くんの声に反応して、敏速に車のトランクを開ける浩二。ああ、あのショージとかいうチンピラ、今からどうなってしまうんやろ……と俺はぼんやり考えていた。すると、一馬くんが笑いながら浩二に声をかける。
「アホ! 冗談や! 後部座席につっこんどけ!!」
「オラっ、入れ!!」
浩二はチンピラのケツを蹴って後部座席に押し込む。一馬くんは助手席に乗り込んでから、俺の方に向かって顔を向けた。
「タケシ君、また事務所遊びにおいでや。オヤジ喜ぶやろし」
いつもの一馬くんの顔だった。少年のような悪戯っ子のあの顔だ。
「嫌や、ヤクザ嫌いやし、俺…」
「ハハハ、ヤクザ目の前にしてそんなん言うんタケシ君ぐらいやで」
「あっ、オッちゃんにこの事言うん?」
「んっ? いや、このチンピラにはケジメつけさすけど、少年同士の事は言わんよ。なっ、浩二」
「ハイ」
「ほな出してくれ」
浩二に対し、顎をクイっとしながら一言放ち、「あっ、言い忘れた」という感じで一馬くんはウィンドウから顔を出した。そして、
「タケシ君、悪さばっかりしてたらオヤジに言いつけるで。くくくくっ」と愉快そうに笑った。
「ちょ!! 一馬くん!!」
「ほなさいなら~」
笑いながら静かな鬼は去っていった。残された俺たちは誰が喋るわけでもなく、誰一人、誰とも目も合わさず、時間が止まっているようだった。
駐車場に残されたのは俺、ヒロ、牧、金子の4人となった。目の前にある黒田組の事務所から、この騒ぎの最中も、そして今も、誰も出てこないところを見ると、ココには今、「大人」はいないようだった。俺たちガキだけの場だ。すると、牧が突然、不敵に笑い出した。
「くくっ…憧れの…伝説の男っていうても…あんなもんか」
どうやら一馬くんのことを言っているようだ。
「説教くさいこと言いやがってよ」
牧は一馬くん本人に、「アンタの下でヤクザをやりたい」と言っていた。しかし、『黒田組が高校生(つまり牧のことだ)を使って攻略法のアガリをとっていた』事実に対して、一馬くんは激怒した。
その一端を担っていた自分のダサさ、それを最も知られたくなかった憧れの一馬に知られたうえに、諭された。そういった諸々に対する羞恥心…のようなものが牧にはあったのだろう。
俺には、牧がそれらに正面から向き合いたくないからこそ、一馬くんへの憎まれ口を叩き、怒りの感情で自分を鼓舞しているように感じられた。
牧は自分の服についた土ぼこりを払いながら、「伝説の男とかヤクザとか…もうどーでもええわ」と、吐き捨てるように言った。そして、金子に向かってこう言い放った。
「それよりも金子、コイツらだけは許されへんなぁ。大川も連れてこんで……昨日の今日でリベンジやて……完全にナメとんぞ」
その言葉を聞いて、金子の顔にも凶暴さが戻った。
「ナメとんな。…そもそも俺は暴れられればそれでええねん」
金子が首をコキコキと鳴らしながら近づいてくる。
「ナメてるヤツがいたら潰す、それだけや」
そういって金子はヒロの方へ詰め寄り、胸ぐらを乱暴に掴んで頭突きを一発いれる。なすすべもなく鼻から血が吹き出した。金子はヒロを離さず、そのまま腹部へ強烈なブローを放った。ヒザから崩れ落ちるヒロ。
「ヒロ!」
俺は思わず叫んだ。鮮やかすぎるケンカ…いや一方的な暴力。あらためて金子の強さを再確認した瞬間でもあった。牧は狂気を孕んだ笑い声をあげた。
「ハハハ!! さすがや! ええぞゴリラ!」
そして、俺を指差し、こう絶叫した。
「コイツも殺してまえ! お前の兄貴がやったみたいに!!!」
牧の言葉に金子が一瞬、固まった。