【第1部】第21話
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「か、一馬くん!?」

何でここに一馬くんが来るんや? 一瞬混乱しながら、俺は運転席にも目をやった。すると、大柄な男が座っているのが見えた。以前に柿本と一緒に俺の叔父の組の事務所へ行った時にいた一馬くんの舎弟…浩二だ。

浩二は、運転席から勢いよく車から降りてくるやいなや目の前の階段を一気に駆け上がっていった。

「あーあ、事務所破壊されんちゃうかなー、ふふ」

後部座席の窓に肘をかけ、煙草に火をつけながら愉快そうに一馬くんは笑っている。

俺は状況を理解できなかった。ヒロも牧も呆然としている。煙草を燻らしながら一馬くんが口を開いた。

「タケシくん、この間、事務所に探りいれに来たやろ? あの時、あいつ……浩二が黒田組におる後輩から確認とったるわ、って電話したん覚えてるか」

「……覚えてる」

そう、大川を発端とする「フィーバーレクサスV攻略打法」の打ち子事件。この打ち子集団のバックに黒田組がいると聞きつけた俺と柿本は、その裏をとるために俺の叔父の組へ行ったのだった。

「ほんで『何も知らん』ってことになったやん? アレな、嘘やったらしいわ。浩二、地元の後輩に嘘つかれてガンギレや。殺されんちゃうかなー」

駆け出した浩二の表情は、確かにガンギレという言葉に相応しいものだった。前に事務所に行った時、俺がリクエストした「からあげくん」を買って来てくれた人間と同一人物とは思えなかった。さすがヤクザやな、と俺は妙な感心をしていた。

「いや、ちょ、一馬くん。止めてあげーな」

「めんどいわそんなん。それに俺は関係ないからなー。あっ、気にせんと少年同士、続きやり、ほれ」

「もうエエわ、なんか冷めてもうた」

「勝手に終わらせんなコラ!!」

俺の言葉にかぶせるように牧は叫んだ。

「お友達、血だらけやけどまだヤル気満々やで?」

一馬君は悪戯好きのガキのように笑っている。

「しつこいぞ、コラ!!」

俺は牧を一喝した。すると牧はフラフラと、俺と一馬くんの方に寄って来た。

「……一馬さんですよね。俺らの地元の伝説と、こんな形で会えるとは思ってなかったです……。俺、アンタに憧れてて、ア、アンタの下でヤクザやりたいんです!!」

「…ふーん」

一馬くんはタバコの煙をふかしながら、素っ気ない返事をした。

「おい、お前、何言うてんねん」

意外すぎる牧の発言に驚き、俺にはそんな言葉しか吐けなかった。一馬くんは黙ったままタバコの煙で輪っかを作り、素知らぬ顔をしている。牧はそんな一馬君を凝視している。

張り詰めた空気をかき消すかのようにバイクの轟音が鳴り響き、一台のバイクが駐車場に乗り入れてきた。勢いよくバイクを停めたその男は、地鳴りのような大声を出した。

「牧やんに何しとんじゃお前ら!!」

一馬くんは耳を片手で押さえ、うるさいな…と言わんばかりのしかめっ面をしている。

「え、ええとこ来た金子。コイツら片付けろ」

「コラァ!!」

金子はズンズン、と近づいてくる。

「んっ、この間のヤツやないか!! お前らまだ懲りてないんか!!」

金子は俺を標的に決めたようだ。金子が俺に殴りかかろうとしたその時、後部座席から見学していた一馬くんが金子に声をかけた。

「そうか、君が…。もう喧嘩は終わったらしいで」

「ヤクザか、アンタ!? 関係ないやろが!!」

「関係ないけどもやね、うーん、そんな事よりお兄ちゃんは元気か?」

「なに?」

金子の顔色が変わった。

「昔、可愛がっててな。漢気のあるエエ男やったわ。今は別荘暮らしみたいやけど、もう出てくるんか?」

「ら、来月や…、アンタ、何者や?」

その言葉を受けて、牧が金子に答えた。

「金子、この人は俺らの地元の先輩で一馬さんや…」

「一馬さんって、あの…」

一馬くんはここ、八幡で相当有名な男だったらしい。一瞬ひるんだような様子を見せた金子だったが、一度燃え上がらせた闘争本能を持て余しているようだった。

金子にしてみれば、ツレである牧の窮地を救いに来ただけ…するとそこには、兄が過去に世話になった男がいた…その状況にどういう態度をとればいいのかわからず、苛立っているようにも見えた。

金子は、どうすればいいかわからない、という戸惑いと苛立ちを混ぜたような表情で牧を見ていた。牧は変わらず一馬くんを凝視したままだ。

牧曰く「地元の伝説」である一馬くん――さらに、悪名高い金子兄弟の(今は少年院に入っている)兄の方をかつて可愛がっていた存在でもあったようだ。

「失礼な口きいて…すんませんでした」

おずおずと、金子は一馬くんに頭を下げた。一馬くんは少し優しい顔つきになっていた。昔、可愛がっていた男の面影を、その弟に見たかのようだった。

「…かまへんかまへん。それにしても浩二のやつ遅いな」

後部座席のドアを開け、一馬くんはゆっくりと車から降りた。

「ヨッコイショーイチ、と」

静かな威圧感というかオーラというか、その場にいた全員が、一瞬一馬くんに見惚れてしまっていた。

「タケシくん、ちょっと見てくるわ」

「暴れたらアカンで一馬君‼」

「せーへんせーへん」

一馬くんが笑いながら黒田組の事務所に足を向けたその時、階段からチンピラ風の男の首根っこを捕まえながら浩二が降りてきた。男の顔は腫れ上がっていた。

「兄貴、全部吐きましたわ」

「うわっ、痛そう…大丈夫か君? 痛いやろ? ホンマに浩二は無茶苦茶しよんな」

そう言って一馬くんは顔をしかめる。

「いや、兄貴にだけは言われたくないですわ」

冗談はやめてくれ、という感じで浩二も混ぜっ返した。チンピラ風の男は何も言えずにいるようだった。まぁこれだけ顔が腫れていればしゃべる気も失せるだろう。そんなことはおかまいなしに一馬くんはチンピラの顔を覗き込んだ。

「まぁー、とりあえず組に筋だけ通してくるわ。カシラか相談役おるんか?」

答えないチンピラのかわりに浩二が答える。

「いや、いてまへんねん」

そう聞いた一馬くんは、「フン」と小さく鼻を鳴らした。

「そうか。ほな、親父に連絡して黒川組のおやっさんに連絡しとくわ。よし、帰ろか」

「えっ!?」

浩二が目を見開いて驚いた。

「なんやねん。俺らの用事は済んだやろ、あとは……少年同士の問題や」