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- 大阪ストラグル第1部
【第1部】第12話
二人の警官と医者が病院で神妙な顔して話をしていた。
「この子ですか? 早朝に病院の前で倒れていたというのは?」
「ええ、看護師が偶然見つけまして」
「付き添いはいなかったのですね」
「はい。とりあえず全身に暴行を受けた形跡があるので警察に通報させて頂きました」
「重体ですか?」
心配そうに一歩下がっていたもう一人の若い警官が呟いた。
「骨に以上はないですが、全身打撲とカッターナイフのようなもので切られたような切り傷が酷いですね」
「そうですか、最近の若いのはむちゃくちゃやなホンマに。あっ、先生、この子の名前など、確認できるものはありますか?」
「はい。免許証が財布の中に…これです」
「…まだ16歳か」
「とりあえず私の方から、彼の家には連絡してお母さんに伝えてあります」
「そうですか。ご苦労様です。では先生、えー、彼…柿本くんの意識が戻り次第、署に連絡をお願い致します」
…
…
…
喉は限界まで乾き、体中から吹き出す汗。俺は耐えきれなくなりベッドから飛び起きた。数時間前に柿本たちと別れた後、俺はそのまま和美さんの部屋に泊めてもらっていた。
「どうしたんタケシくん、まだ6時やん」
寝ぼけまなこをこすりながら和美さんが言う。
「ハァー、ハァー、暑い。なんかよう分からんけどめっちゃ嫌な夢見た」
和美さんは冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎ俺に手渡した。
「ありがとう。ふぅー、なんやねんクソ」
「なんかあったん?」
「いや、まぁー、うん、たいしたことちゃうから」
「金子の弟のことやろ」
「………」
「タケシくん、金子の兄弟とは関わらへんほうがエエってば! 前にも言うたやろ」
「俺かて関わりたくないねん!」
「アイツらホンマにむちゃくちゃなんやで。タケシくんかて噂は聞いたことあるやろ」
「分かってるって!」
巻き込まれている側にとっては、和美さんの小言は鬱陶しかった。ベッドの脇にある小さなテーブルの上は乱雑としている。その中からショートホープの箱を手に取り、タバコで気持ちを抑えようとした。
が、タバコは入っていない。ショートホープの空き箱を握りつぶし、対面の壁に投げつけた。
「クソが!」
「なにしてんの!」
俺は大きなため息を一つつき、スウェット姿のまま外にでた。
「どこ行くん!」
振り向きはしなかったが、玄関の扉にかけた手が一瞬だけ止まった。ため息まじりに一言だけ投げ捨てる。
「タバコ買ってくるわ」
カンカンカンカン。ボロアパートの鉄階段を降りる足音だけが早朝の住宅街に虚しく響いた。
早朝、和美さんの部屋を飛び出した俺は、そのままバイクを適当に流し、目についたコンビニで飲み物を買ったり、漫画雑誌を立ち読みしながら時間をつぶした。
そのままタカラホールの駐車場に向かい、何本も煙草を吸いながら開店を待った。だんだんと日が高くなるにつれて、じわりと汗が滲んでくる。
俺はぼんやりと、昨晩から今朝までのことを反芻していた。そして、柿本とマナミに対してとってしまった態度や、和美さんに苛立ちをぶつけてしまったことを思い出す。すると、さらに苛立ちが募ってくる。
舌打ちをしながら、吸いかけの煙草を前方に投げつけた。その瞬間、視界の先に和美さんが立っているのが見えた。
「あっ、開店や」
和美さんは俺の後ろをぴったりとついてきた。そして無邪気そうに俺に問いかける。
「どれ打ったらエエの?」
和美さんが、早朝に自分の部屋を飛び出した、自分よりガキの男(つまり俺)を心配してくれているのは間違いなかった。それでいて、あえて明るく振舞っていてくれていることに俺も当然、気付いていた。
だが、今朝のことについては触れるだけ野暮な気もしたし、改めて謝るのも気まずかったので、俺も流れに乗るように今日をやり過ごそう、と思い始めていた。
「ん~、角はないから真ん中の方から攻めようか。コインはほら、シマの端っこに自販機みたいなこれ、ここに千円入れてコインを台まで持って行くねん。わかった?」
「なんとなく、かな?」
「はよ打たせて~な」
俺はわざと不満そうな声をあげた。
「そんな邪魔者扱いせんでエエやろ」
和美さんは、「昔ちょっと打ったことあるし」と言いながらコインをぎこちない手つきで投入口に入れた。とっくに回し始めてる俺を横目で見ながら、真似るようにレバーを叩き、停止ボタンを押していく。
「あっ!? 和美さんモーニング入ってるやん。1G目でズレ目出てるで!!」
「7が揃うん?」
「ほら狙って狙って」
「見えへん!! やってよタケシくん」
「バニーガールの7は他の絵柄よりも少し細いから、ほら、7のところだけキュッとなってるやろ、ハイ…ハイ…ハイ」
「もう~」
俺のタイミングに合わせて、首を大きく上下させる。時間はかかったが、左・中と7がなんとかテンパイする。
「うまいやん和美さん!!」
「えいっ!!」
7が揃う。和美さんは嬉しそうに笑った。
「やった!! 簡単やんこんなん。ウチの勝ちやな。どうや~」
「はいはい、凄い凄い。この店は1台しかモーニングがないから。実際、和美さんの勝ちっちゃー勝ちやな」
俺は現実に起きている様々な問題から逃げるように和美さんとパチスロを満喫した。頭の片隅にこびりついている大川問題……窮地にいるであろう柿本とマナミちゃんのその後……など、そういった全てを消し去ろうと必死だったのかもしれない。
「なぁーなぁータケシくん。これってズレ目ってやつちゃうん?」
「その出目は青リンゴのこぼしもあるけど、7狙ってみ」
「7、7、7、7、7…」
先ほど同様、首を大きく上下に振る和美さん。
「また揃った!! ちょろいなスロットなんて。毎日、ウチも打とうかな」
「アホなこと言いなやホンマ、ハハハ」
…
…
…
病院の廊下で「和也」と呼ぶ声を聞いた少年は、『アイツ』と同じ名前だな、と思い、何気なく病室を覗いた。すると、そこには少年が連想した『アイツ』が寝ていた。
驚いた少年は母親が退室すると同時にベッドの近くに駆け寄った。