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- 大阪ストラグル第1部
【第1部】第2話
パチスロの新装開店時のトラブルなんてものは当時、さして珍しい話ではなかった。
その理由はやはり、全台BIGボーナススタートという破格の条件にあった。それに加えて、初日限定の18時開店ともなれば、全台高設定なんてのが当然。通常営業では勝ちにくい時代だからこそ、新装開店の恩恵に打ち手も血まなこになっていたのだ。
パチンコ側の入り口となる駐車場にも長蛇の列ができている。パチスロの新装と店が宣伝した日は、パチンコもかなり甘い釘となるのだ。逆に、パチンコの新装の時でもパチスロに全台モーニングを仕込んでくるホールもある。常連らは俺らに対して気まずい雰囲気を持っていたのか、沈黙して開店を待っている。
俺はといえば、さっきのいざこざが尾を引いて、まだ少しイライラしていた。そんな俺のイラつきは無関係とばかりにヒロが能天気な声を出す。
「くっさん、昨日の浅香唯のTV観たけ?」
「あっ、忘れとった!! ヒロ、お前ビデオ録ってんか?」
「録ってるに決まってるやろ!!」
「マジかっ!! ビデオ貸してや」
「エエで」
気の抜けるような会話。ついさっき、ツレが起こした乱闘にスムーズに合流してきた人間とは思えない。「お前ら浅香唯好っきゃなー」と、ここで乱闘開始のきっかけである俺もバカ話に混ざる。
「めっちゃカワイイやん、浅香唯!! なぁ、ヒロ?」
「C-Girlやで、タケシ!! シー~♪シー~♪ガール♪」
「知ってるわ。化粧品のアレやろ? てか、歌うなよヒロ。恥ずかしいねん」
この頃の青少年が支持していたアイドルは、まずはおニャン子クラブ(夕焼けニャンニャンはすでに放送を終了していたのにも関わらず、その人気は凄まじかった)。そして、浅香唯。彼女は3代目スケバン刑事として抜群の人気を博していたのだ。
「タケシは工藤静香やもんな?」
「そうや。あの大人の色気がイイんやんけ」
俺のイライラしていた気持ちは、コイツらとバカバカしい話をしているうちに、どこかへ消えていた。
ーー開店。
「押さないでください!! 押さないでください!! オイ!! 待てっー!!」
店員の怒号が鳴り響くも、我先にとスロットのシマへ走っていく。場所は分かっている。俺の後を必死に付いてくる2人。スロットのシマへ辿り着くと、俺はどこでもイイから目に入った空き台へタバコを投げ入れた。俺を挟む形で3人全員が無事に台を確保することができて、とりあえず一安心の一服をかます。
初めてのパチスロに興奮気味のくっさんが俺に声をかけてくる。
「タケシ、この台知ってるん?」
「いや、知らんな」
「オイ!! 大丈夫かホンマに!!」
「任せとけって」
何も根拠はない。だが、強引に連れてきた手前、俺にはさも秘策があるかのように言うしかなかったのだ。
"ミラクル"……尚球社(現・岡崎産業)から発売された3号機。
いざ開店し、真新しいパチスロ台を目の前にすると、俺の顔には自然と笑みが浮かんできた。台を舐め回すかの如く凝視している俺に、ヒロとくっさんがそれぞれ声をかけてくる。
「オイ、タケシ! 話聞いてんのか?」
「この台のこと知らんって、大丈夫なんかホンマに? タケシが絶対勝てる言うから…」
そんな中、一瞬の静寂を経て、当時流行っていたF-1のテーマソング、T-SQUAREの「TRUTH」がホール中に響き渡った。パチスロのシマにいる全員が一斉に、そして無我夢中でコインを入れ、取り憑かれたかのように7を狙っている。新装初日は全台モーニングスタート。このことはすでに常識だった。
俺が周囲の連中同様、1Gでスパッと7を揃えると、それを見たくっさんが鼻息荒く言う。
「おい! 7揃ってるやん! 当たりやろソレ!」
俺はわざと少し自慢げな感じで、「そうや。どの台も当たりが仕込んであんねん。くっさんのも当たってんねんで。7狙ってみ?」と返す。
「おい~、揃ったで、7!! 俺も!」
見ると、ヒロも7を揃えている。どうせ偶然揃ったのだろうが、満面の笑みでこちらを見ている。一方、目押しに苦戦を強いられているくっさんの台は、俺が目押ししてやり、ようやく3人揃ってのBIGスタートとなった。
1時間後。
俺以外の2人の出玉はとっくに消滅。さらに持ち金の少なかった2人は「もうエエわ…」と席を立った。どうも面白さがイマイチ伝わらなかったようだ。これ以上無理に打たせるワケにもいかないので放っておく。もちろん空いた新台は他の客に即座に取られた。
ヒロとくっさんは、パチンコの「マジックカーペット」を打ち始めた。新台として全国に導入されるやいなや瞬く間に羽根モノの1番人気となった台である。どうやら、少し負けを取り戻した2人は、俺のところにやってきて一言、「帰るわ」と先に帰ってしまった。
ツレが先に帰ったことなどすぐに忘れ、俺は初めて触るパチスロ台を堪能していた。左リールにプラムやオレンジが停止しない『旗・ニコちゃん・7』の出目が1確目だというのはすぐに気付いた。
さらに、プラムとオレンジ、その他の小役のテンパイ形が崩れれば全て2確目だというのも、すでに初代バニーガールをよく打っていた俺には早々に察知できた。もちろん中段チェリーもだ。出目を存分に堪能できるこの台は言わずもがな、俺を秒速で虜にした。レバーを叩いた時の「バーン♪」というスタート音は、忘れたくても忘れられないほどだ。
チンタラ出てはノマレを繰り返していたその時、隣のオッチャンが突然、「兄ちゃん、目押ししてくれてありがとうな。この台打ちぃや」と、台を譲ってくれた。
「えっ!? オッチャン!! エエの!?」
遠慮の欠片などもない15歳は「ありがと~」と速攻で隣へスライドする。なぜ俺が喜んだのかというとオッチャンの台が『小役の集中状態』だったからだ。BIGを引くまで延々と8枚役が落ちる、いわばAT状態。願いはただ一つ、BIGを引くな、である。
その願いはもちろん大量出玉を手にしたいがゆえのものだが、もうひとつ理由があり、このホール独特のルールとして「BIGを引くと出玉を流さなくてはならない」からだった(交換率は7.6枚)。つまり、この集中状態が続けば続くほどコインを流さなくても良いので、箱を大量に積める大チャンスとなる。一躍ホールのスターにのし上がれるのだ。
俺は無我夢中でレバーを叩き続けた。願いが通じたのか、小役の集中は1時間ほど続き、コインを3千枚近くまで吐き出す事に成功した。しかし、「このまま閉店までいったれ!!」と浮かれ気分になったところであっさり7が揃う。そしてその時はじめて、先に帰った2人のツレのことを思い出した。
大金を手にした俺は、ヒロとくっさんに飯でも奢ってやろうとポケベルで2人を呼び出した。場所はよく行くボロボロの中華屋だ。店に入り、先に座っていた2人の様子がおかしいことに気づく。何やら異様な空気。どうも拗ねたような、クソ面白くもなさそうな顔のヒロとただ押し黙っているくっさんを前に、俺も別段機嫌をとるわけでもなくほとんど会話もないまま、適当に頼んだ飯を口に運ぶ。美味いワケがない。
沈黙に痺れをきらした俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「なんやねんお前ら」
すると正面に座っていたヒロが箸を止め、俺をにらんだ。