人生最大の大勝負!?
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※2016年8月16日夏の特別企画公開分です。


今回は編集部から決められたテーマ「人生最大の大勝負」でコラムを書くことになったのだが、これまでの人生を振り返ってみると、これといった大勝負はなかったように思う。

自分の偏差値では到底受かりっこない志望校を滑り止めナシで受験したこともなければ、安定した仕事を捨ててライターになったワケでもない。結果的に「フリーライター」という風変わりな仕事で飯を食っているが、それまでの過程はごくごく平凡だった。

いや、単純に自覚がないだけで、他人から見た俺は大勝負の連続なのかもしれない。思い当たるシーンはいくつかある。

前職をヤメて編集部に入るときも、家内との結婚を決めたときも、思えば家族からの反対があった。俺が度を超えた楽観主義者ゆえ、大勝負を大勝負と思っていなかっただけかもしれない。

そんなわけで今回は、前述した家内との結婚について書いていこう。あまりに私的なことなので、コラムにするような内容ではナイのだが…。


家内との出会いは、俺が20歳の頃。当時の俺は映像の専門学校に通っており、その卒業制作でミュージカル映画を撮ることになった。家内はそこに振付師として外部から参加することに。

家内の当時の職業は振付師…ではなく役者、言い方を変えれば女優だった。普通の舞台や映像にも出演していたが、得意分野はミュージカル。ウチの専門学校の俳優コースに、たまに特別講師としてダンスや歌などを教えに来ていたらしい。

第一印象は、まさに高嶺の花。

170cmを超える長身、ピンと伸びた背筋、品の良い喋り方に立ち居振る舞い。ひと目で育ちの良さが窺える。

そして驚いたのはその年齢。見た目は23~24くらいだが、実際には俺よりも9つ上の29歳だった。ちなみに当時の俺は全身ダボダボの服にドレッドヘア、ドレッドヘアである。


正直なところ、はじめは恋愛感情すら湧かなかった。だって、無理だもの。彼女からすれば俺なんてただのガキだし、俺から見れば彼女は年上の綺麗な女優さんだ。土俵に立つ気すら起こらない。

当時の俺はイケメン(※残念ですが事実です)でモッテモテ(※残念ですが真実です)だったが、さすがの俺も「これはムリ、落とせない!」と判断。それゆえ自分からアプローチすることはなく、真剣にミュージカル映画の助監督を務めていた。が、この頃すでに彼女は俺をロックオンしていたのである。年下イケメン(※事実です)の俺を…。


無事に卒業制作を作り終え卒業したあとも、彼女とはしばしば会っていた。デートと言われればそうかもしれないが、俺からすれば年上のお姉さんなので、就職先のグチを聞いてもらったり、進路相談などをしていた。

交際がスタートしたのは、俺が編集部員になって2年目くらいだろうか。まず「お付き合いを始める」という段階から度胸が必要だった。なにせ彼女は9つも上。当時は32歳くらいだったので、付き合い始めたら「やっぱり遊びだったわ、すまんな」では済まされない。訴訟モノである。

今は30代の女性でもノビノビと恋愛できる時代になっているように思えるが、当時は「30代の女性とお付き合い=結婚前提」という時代だったのである。いや、時代とか関係ないかもしれないが、俺の倫理観ではそうだったの!


そんなワケで結婚を前提とした交際がスタート。そこから約2年後、俺がライターになった直後に入籍することに。

しかし、1つ問題が。さて、お互いの両親になんて言おう。9歳年上の彼女と、9歳年下の彼氏。反応は…案の定だった。



俺の父親「お前が40になったら、彼女はもう50だぞ。これは父親としてではなく、同じ男としてのアドバイスだ。女性は若いほうがいい」

俺の母親「お前…ダマされてるんじゃないの?」

俺「…とりあえず会ってみて」



両親と初顔合わせの料亭にて――

彼女「すみません、お手洗いに…」

そして彼女がいなくなった途端…

俺の母親「なんていい娘さんなの!」

俺の父親「ホントに34なのか? 全然そうは見えないぞ」

両親「ぜひ結婚しなさい!」

俺「……(は? この前さんざん文句言ってたのに? 手のひらを返しすぎだろ! 手首捻挫するぞ!) 」



その夜。彼女はホテルに泊まって、俺は実家で親子水入らず。

俺の父親「いや~、お前が『映画監督になる!』って言って東京に出てった日の夜、母ちゃんと話したんだよなぁ。『なんとなくだけど、アイツ女優と結婚するんじゃないか』ってね」

おそるべし親の勘! まあ、映画監督には全然なれなかったけどね。

こうして俺の両親は楽々クリア。問題はもう1軒のほうだ――。


「もうすぐ終点、金沢です。お忘れ物のないようご注意ください」

車内アナウンスで目が覚めた。乗り慣れない長距離バスはやはり疲れる。バスを降りると、すでに彼女が待っていた。

彼女「ヒドい顔だね。バス移動で疲れた?」

俺「いやいや、これからアレですもの…」

よくドラマで見るアレ。「娘さんをください!」→「貴様のような輩に娘はやらん!」のくだりが頭をよぎる。

お義父さんの前情報…やり投げの元国体選手で某連盟の偉い人。イメージはラオウだ。

彼女の実家へ向かう道中、いったい何本のタバコを吸っただろう。その手はきっと震えていたに違いない。

そして実家を見て足が止まる。家デカっ!! 豪邸じゃないですか。



居間に通されると、お義父さんはベッドの上に居た。

お義父さん「高いところからスマンな。一緒に酒でも飲みたいところだが」

お義父さんはしばらく前に身体を壊しており、居間のベッドの上で生活していた。寝たきりではなく、会話も食事もできるのだが、厳しい食事制限があった。闘病生活が長いせいで身体は痩せているものの、やり投げの元国体選手然としたオーラというか、凄みは十分。

ダラダラと世間話をしても仕方がないので、自己紹介ののち、スグに本題に入る。

俺「お義父さん、本日は結婚のお許しを頂きたく参りました」

お義父さん「ん~、もう子供じゃないし、本人が結婚するって言うんだから、どうこう言ってもしょうがないでしょ」

俺「ありがとうございます!」

お義母さん「大丈夫? やっぱり若い女性のほうが良いとかってならない?」

俺「大丈夫です!」

お義父さん「雑誌の記者って聞いてるけど、食っていけるの?」

俺「贅沢はできませんが、苦労はさせません」

お義父さん「まあ頑張りなさい。よろしく頼むよ」



思いのほか大変なことにはならず、こうして無事に入籍する運びとなった。

こんなにあっさりお許しが頂けたのは、彼女の年齢のせいもあるだろう。ご両親は、もう結婚できないんじゃないかと心配していたらしい。そして、お義父さんの身体が弱っていたというのもある。これが現役バリバリの頃であれば、絵に描いたようなシーンになっていたかもしれない。

そしてお義父さんとお会いできたのは、この日が最初で最後だった…。

彼女の花嫁姿をお見せできなかったのは悔やまれるが、結婚が決まり、少しは安心して頂けたのかもしれない。

順風満帆とは言えないが、ごくごく平凡な我が人生。その中で1番の大勝負といえば、やはりこの挨拶に伺ったときであろう。あっさりしすぎて、みなさんにとっては面白くなかっただろうけど。


最後に1つ。

よく「結婚は墓場だ」と言われるけど、俺は結婚をオススメしよう。たしかに責任が増えるし、出費も増える。自由な時間もお金も減るだろう。でも家族がいるという幸せに比べれば、そんなの些細なものだ。

結婚は契約である。でも、こんなに前向きな契約がほかにあるだろうか。自分が想った人と、一生一緒に過ごせる契約なのだ。

そしてなにより子どもの存在が大きい。この子のこの人格は、この相手とあのタイミングじゃないと形成されなかった。そう考えると、パートナーがこの人で良かったと心から思える。

結婚を迷っている人も大勢いるだろう。でも「この人しかいない」と思うのなら、金がなかろうが結婚してしまえばいい。俺だってどうにかなってるんだから、きっとどうにかなるさ。

おい、業界中のライターも見てるか? みんなもっと結婚せえ!!